第53話

「うぅ…酷い目にあったのじゃ……」


 宣言通りスーパーにて大量にセロリを買ってきた奏が、凪沙と共にセロリ尽くしの料理を作り上げた。それをわざわざ【柊】の子供たちの前で食べさせたのだから、奏の怒り度合いが図れるというものである。


 そしてそんな料理を何とか食べ切った瑠華は、皆に断りを入れて一人で自室へと戻っていた。今日は疲れたので一人で寝かせて欲しいと。


「………やはり、か」


 ベッドに腰掛けて服の袖を捲くった瑠華が、そう呟いた。その眼差しの先にあったのは、皮膚に同化した。瑠華の龍としての姿が、意図せず現れてしまっていた。

 それに対して特に驚きもなかったのは、瑠華自身最近の自身の行動を省みて思うところがあったからだ。


「…難儀な物よの」


 そもレギノルカは人知の及ばぬ存在。その力を人間の器に留めておくには、些か無理があった。これまでは誤魔化し誤魔化しで過ごしていたが、どうにもそれが限界に至ってしまったようだ。

 その反動は瑠華の身体だけではなく最近の行動にも現れており、奏を少し過激に弄んでいたのはその反動の一つだ。


「ふぅ……」


 息を吐いて意識を集中すれば、鱗は次第に肌へと沈みその姿を隠した。だがこれでは露見してしまうのも時間の問題だと気付いている。ならば、どうすれば良いか。


「……少し出掛けるかの」


 自身に強めの〖認識阻害〗を行い、瑠華が窓から飛び出す。その背中には、一対の翼。数度羽ばたけば、その身体はあっという間に空へと昇る。

 雲を突き抜け、そこで一息。見下ろせば、【柊】が豆粒のように見える。


「…かつての妾は、普段からこの視界だったのぅ」


 巨大な身体を持つレギノルカは、首を上げれば雲を貫く程であった。思えば随分とその視界が懐かしく感じる。


 感傷に浸るのもそこそこに、瑠華が羽ばたく。向かう先は特に決めていない。ただ、少し発散をしたい気分であったのは確かだ。


「……ここは」


 そうして無意識に辿り着いたのは、とあるダンジョン入口の上空。普段瑠華の生活圏から掛け離れた場所にあるそれは、いやに警備が物々しい状況であった。


「ふむ…時に人間を手助けするのも一興かの」


 今の瑠華は、レギノルカとしての面が強く出てしまっている。――――つまり、人間が可愛くて仕方がないという状態だ。だからこそ、奏を少し弄び過ぎてしまったのである。


 自身に〖認識阻害〗がしっかりと掛かっている事を確認し、翼を閉じて一気に急降下。その後地面スレスレで翼を開き、土埃一つ立てずに着地する。

 そうして近くの茂みに降り立った瑠華に聞こえてきたのは、少々慌ただしい人の声。


「協会へ探索者の要請は!?」


「あと十分後には到着するそうです!」


「ふむ…」


 聞こえてきた内容からして、何やら不穏な様子である。兎に角ダンジョン入口へと行ってみようと瑠華が慌ただしい人の間を歩き始める。この時使っていたのが姿を透明化するものや、気配を希薄化させる類いのスキルであった場合、通行人に何度もぶつかられてしまっていただろう。〖認識阻害〗はあくまで認識を阻害しているだけであり、そこに居る事自体は把握出来る。なので無意識下で周りの人が勝手に避けてくれるのだ。


(この様な時に便利なスキルではあるのじゃが、元は母君が暴走して作った過保護スキルである事を考えるとのぅ……)


 実はこのスキル、レギノルカの生みの親が自分以外に勝手にレギノルカに触れる存在が出ないよう作ったスキルなのだ。なので素直に喜べなかったりする。

 閑話休題。


 ダンジョン入口に近付いた瑠華の視界に飛び込んできたのは、モンスターのだった。


「これは……」


 瑠華はこの世界のモンスターは死体が残らないと認識している。であれば、この目の前の死体は何なのか。


「なんでこんな田舎で“ダンジョンブレイク”が起こるんだよ…」


「田舎だからだろ。人が居ないダンジョンほど起きやすいらしいからな」


 ダンジョンブレイク。ダンジョンが内包出来るモンスターの数を超過する事で起きる、モンスターの氾濫だ。ダンジョンが初めて出現した際にも発生し、その当時の政府中枢機関が壊滅した事でも知られている。

 特に現代では人気が低いダンジョンで起きやすいとされ、その様なダンジョンには協会職員が定期的に間引きを行っているそうだが……。


「…手が足りんのじゃろうな」


 ダンジョンの数は年々ほんの僅かだが増加している。中には消滅したものもあるそうだが、それでも今は増える数の方が多いのだ。特に交通整備がされていないダンジョンは人が集まりづらく、結果としてダンジョンブレイクが起きやすくなってしまっている。


 ダンジョンブレイク発生の兆候が認められた場合、ダンジョン協会は探索者に呼びかけを行い、特別報酬手当を用意する事を条件に対応して貰うのが一般的だ。しかしダンジョンブレイクに対抗するには、当然の事ながら危険が伴う。好き好んで行きたいという探索者は多くなく、結果として集めるまで時間を要してしまっている、というのが現状である。


 そして瑠華の前にあるモンスターの死体についてだが、これは実はダンジョンブレイクとは直接的に関係が無い。では何故、倒せば消えるはずの死体がこの場に残っているのか。それはこのモンスターがだ。


 倒されたモンスターが消える理由は定かではないが、今のところの仮説としては実体としての身体を持っていないからだとされている。ならばもし、そのモンスターが血肉を得たならば…?


「……成程。つまりこれは、人間が犠牲になった証という訳か」


 残ったモンスターの死体。それはその代わりに無くなったものを示す証左。


「これは中々厳しいものがあるのぅ…」


 命が一つしかない以上、後込みするのは当然だ。


 生き残る覚悟を持って、恐怖を抱えながらもなお挑む意志を勇気と呼び、命を失う前提で挑む意志を蛮勇と呼ぶ。叶うことならば前者を持って欲しいとは思うが、それが難しい事であるのも十分に理解していた。


「……どれ。全てをやってしまっては成長を妨げてしまう故、少しばかりの間引きならば引き受けるとするかの」




――――――――――――――――――


次回、瑠華大暴れの巻(´▽`)

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