第46話
「うわぁ……」
:うわぁ……
:エグゥ……
口の端が引き攣った状態の奏の目の前に広がるは、一面蒼銀の世界。瑠華が展開した魔法によって、
「ふぅ」
ここまでの大規模な魔法を展開しておきながら、薙刀を引き抜いて一息吐く瑠華には疲労の色が一切見えない。
「瑠華ちゃん…凄いね」
もう奏はそれしか言えなかった。美影に至っては尻尾を下に巻いて、完全に怯えてしまっている。
「この程度ならば造作もない」
「……瑠華ちゃんの本気って街吹き飛ばせそう」
御明答である。ただし、本気でなくとも国程度なら軽く吹き飛ばせる。瑠華の本気は、世界の処分に相当するのだから。
「兎も角パペットスパイダーは全滅させたが…どうするのじゃ?」
「どうするって?」
「ここは恐らく渋谷ダンジョンでは無い。ランク帯も、かなり上の場所と推定出来る。このまま攻略を続けるのは、正直に言って厳しいぞ?」
出現したモンスターから考えて、ここはEランクダンジョンでは無いだろうと瑠華は考えていた。
一応ダンジョンから直接情報を得る事も可能ではあるが、その為には角や翼といった感覚器官を顕現させる必要があり、現状取れる手段ではなかった。
:転移が別ダンジョンに繋がってた系か。
:渋谷ダンジョンから近い高難易度ダンジョンってどこだ?
:東京第一ダンジョンは有り得る。Bランクだし。
「東京第一ダンジョン…」
「であればここは三十四階層以下という事になるのう」
:さす瑠華。
:ちゃんと知ってるんだ。
:ならボスモンスター倒した方が現実的か?
:一先ず階段探さないと進まないね。
「そうじゃの」
「そっか。ところで瑠華ちゃん転移使える?」
「使えるぞ」
「………ノリで聞いたらサラッと返ってきて困惑してます」
:草。
:ノリwww
:いやでも転移使えるってやべぇぞ。
:やっぱ空間属性使えるんだ……
:じゃあ帰れる?
「いや、ダンジョンはダンジョン内部しか転移範囲指定できん」
:そうなんだ。
:そうなのよ。
:だから行った事ある階層にしか飛べないのよ。
:つまり?
「どの道歩かねば帰れん。それに転移はそれなりに危険が伴う魔法じゃ。使うのであれば最終手段じゃの」
:危険?
:転移した所に物とか人があると……ね。
:あー……
瑠華だけであれば例え何かにめり込もうとも問題ないが、奏も共にとなると話は別だ。
「美影」
「キャウンッ!?」
「…何をそこまで怯えておる。妾との実力差など今更であろう」
:いやあれ見れば誰だって怯えますわ…
:モンスターを氷漬けに出来るって事は、自分もそうなる未来があったって事だから……
「……まぁ良い。奏を頼むぞ。何があっても護れ」
「ワ、ワウッ!」
「…あれ、美影の主って私だよね?」
あまりにも瑠華に従順な美影を見て、奏が思わず首を傾げる。
:それはそう。
:奏ちゃんが店長で瑠華ちゃんがオーナー的なね?
:明らかに瑠華ちゃんに怯えてるよねwww
「…美影。瑠華ちゃんは確かに強いけど、怖い子じゃないよ?」
「ワウゥ…」
まるでそういう事じゃないと言うように美影が首を横に振る。何が言いたいのか分からない奏は眉根を寄せるが、瑠華は苦笑を浮かべた。
「成程のぅ…美影は妾の“格”に怯えておるようじゃ。これは魔も…モンスターの本能と言えるもの故、仕様が無いのじゃろうな」
「……待って。瑠華ちゃん言葉分かるの?」
「分かるぞ」
:さす瑠華。
:もうそれ言ったら何でもありだと思ってるだろwww
:だって…ねぇ?www
「私にも分かるようになる?」
「長く連れ添えば自ずと分かろう。それに聞こえぬからこそ、その関係を愛おしく思える事もある」
:いい事言うなぁ…
:ペットとか分からないからこそ些細な仕草を気にして、それでもっと可愛く思えるようになるんだよね。
「そっかぁ…美影の事、もっと理解出来るようにならないとね」
「クゥン…」
奏が手を伸ばせば、尻尾をブンブンと振りながら体を摺り寄せて、甘えた鳴き声を上げる。自身に対する対応とはまるで違うそれにどこかモヤモヤとした気持ちを抱えつつ、ふとある事を思い出してウエストポーチへと手を伸ばした。
「奏、今のうちに食べておくかえ?」
「あっ、食べるー!」
瑠華が取り出したのは、出る直前で作ったおにぎりだ。ラップに包んでタッパーに入れたそれを取り出すと、奏の目の前に魔法で水球を作り出した。
「わっ」
「食べる前に手を洗わねばの」
:お母さん。
:魔法って便利ね…
:ていうかやっぱり瑠華ちゃん詠唱してない…
:あ。
:確かに。
「魔法の詠唱かえ? [詠唱短縮]や[詠唱破棄]というスキルはあるが…[魔法制御]というスキルがあると詠唱破棄が可能になるぞ」
:[魔力制御]じゃないんだ。
「[魔法制御]は[魔力制御]の上位互換じゃよ。[魔力制御]を極めれば自然と獲得出来るスキルじゃの」
:へぇ〜
:久しぶりの瑠華先生きちゃ。
:極めるってどれくらい?
「そうじゃのぅ…」
「瑠華ちゃんお腹空いた!」
「おっと。待たせてすまぬの」
使い終わった水球を消して、タッパーを奏の方へと向ける。
「何があるのー?」
「左から塩昆布と焼き明太、鮭に唐揚げじゃ」
「唐揚げ…昨日の残り?」
「そうじゃよ。他に思いつかなかったでの」
:最早親子の会話。
:てぇてぇ…
:流れたけどいいやもうwww
:草。
安全地帯では無い為座って食べる事は出来ないが、瑠華が展開した魔法の余波によってモンスターは離れていたのでそこまで警戒する必要も無いだろう。
「いったっだっきまーす!」
と、奏が選んだ塩昆布おにぎりにかぶりついたその瞬間。ブーブーっと腕に着けたDバンドが震え始めた。
「む?」
:お、Dバンド着けてるんだ。
:二回振動だから救難信号かな?
Dバンドには小さな液晶画面も付いており、そこには『救難信号受信』の文字が流れていた。そして次に流れたのはその詳細。どうやら瑠華達の居る階層で救援を求めている探索者が居るようだ。
「……奏」
「行くよ」
その後に続く言葉が何か分かった奏が、力強い眼差しで瑠華を見返す。それに対して、瑠華はただ溜息を吐いた。
「……救援は、義務では無い。救援に向かった探索者が返り討ちにあった事も少なくない。それでもか?」
「瑠華ちゃんなら見捨てないでしょ?」
「………」
:難しい判断だよね。
:助けに行っても手遅れで、そのまま二次被害に繋がる事もあるからね。
「…無理はするでないぞ。妾の前には出るな」
「分かった」
奏がおにぎりを急いで詰め込み、瑠華がDバンドで救難者の居場所を確認する。しかし詳しい位置情報までは届かず、救難信号が発信された時の方向しか把握する事が出来なかった。
(……不味いやもしれぬ)
それが意味するのは、情報を随時送信するはずの装置が壊れたという事。
「奏、急ぐぞ」
「うんっ」
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