第16話

 次の日。目を開いた瑠華の傍らには、いつも通り奏…ではなく凪沙が寝転がっていた。何故こうなっているのかは、昨日買い物から帰ってきた時まで遡る。


 昨日帰ってきてから瑠華がこれからは他の子とも寝てみると言い出すと、当然の事ながら奏からの猛反対を食らった。しかし他の【柊】の子達にその意見は突っぱねられ、結果ジャンケン大会が勃発。その勝者に立ったのが、凪沙だった。


「まさかあそこまで揉めるとはのう…」


 好かれている自覚はあれど、ただ添い寝するだけで全員が揉めるとは予想していなかった。

 ちなみに奏もジャンケン大会には参戦していたものの、【柊】の子達の結託によって早々に敗退していた。結構ガチめに泣いた。憐れ。


「おねぇ、ちゃん…んふふ……」


「幸せそうじゃのぅ…」


 嬉しげな笑みを隠すこと無く浮かべる凪沙に苦笑しつつ、まだ朝早い為に起こさぬよう起き上がる。


「……」


 すると床に直接寝転がった状態の奏の姿が目に入った。昨日の夜寝静まった時間に忍び込んできたのだ。当然瑠華は気付いていたが、一緒の部屋で寝る事自体を禁止した訳では無いので、取り敢えず放置していた。


「風邪を引いてしまうぞ、奏」


 まぁ実際は瑠華が【柊】全体の気温を保っていたので、風邪など引きようもないが。

 軽く揺すっても起きる気配のない奏に溜息を吐きつつ、ヒョイと持ち上げて先程まで自分が寝ていた場所に横たわらせる。


「さて。朝餉を作るかの」




 いつも通りの朝の工程を終えて、食卓に朝食を並べ終える。その間に起きてきた子は1人としていない。だがそれ自体を予想していなかった訳では無いので、瑠華は慌てること無くゆっくりと掌に魔力を集めて……それらを強く打ち合わせた。


 ───パァンッ!!


 静かな朝に突如として響き渡る炸裂音。それから一拍置いてドタドタと二階が騒がしくなる。


「やれやれ…」


 瑠華が行ったのは気付けの魔法の応用だ。音と共に広がる魔力の波が意識を叩き起こすというもので、目覚めは……まぁお察しの通りである。


「おはよう瑠華お姉ちゃん!」


「おはよう。朝餉は出来ておるでの」


「うんっ」


 バタバタと慌ただしく洗面台へと向かう子達を1人ずつ眺め、その中に特定の人物が混じっていない事を見抜く。


「はぁ…何故これで起きんのじゃ…」


 瑠華が部屋へと戻れば、未だに夢の中の二人の姿が目に入る。気付けの魔法を持ってしても起きないとは、どれだけ肝が据わっているのかと呆れてしまう。


「───起きんかッ!!」


「「ぴゃいっ!?」」


 滅多に無い瑠華の怒鳴り声に、二人仲良く妙な悲鳴を上げて跳び起きた。


「下の子らはもう起きていると言うに…」


「ご、ごめん…」


「ほれ。謝っとらんで早うせんか」


 怒鳴り声ですっかり眠気が覚めた二人がテキパキと動き出すのを後目に瑠華が一階へと戻る。そして食べ終えた子達の皿を回収してテーブルを掃除しつつ、三人分の朝食を温め直す。


「行ってきます!」


「うむ。気を付けてのう」


 先に出る小学生の子達を見送る。【柊】には現在小学生が四人に中学生が七人の計十一人が居るが、中学生七人のうち四人は朝練でもう【柊】を出ている。なので残っているのは瑠華、奏、凪沙の三人だけだ。


「おはよぉ〜」


「早う食べんと間に合わんぞ」


「えっ!? もうそんな時間っ!?」


 小学生と中学生に登校時間の違いは殆ど無い。瑠華達の通う中学校は小学校よりも近いので少し遅く出られはするが、それでも誤差でしかない。


 慌ただしく朝食を食べ終えると、歯磨きをする間もなく出る時間になってしまった。


「戸締りは?」


「大丈夫じゃよ」


 瑠華は【柊】の状態・・を把握している為、窓が開いて入れば直ぐに気が付く。その上遠隔で施錠も出来るので、戸締りに関しては何ら問題が無いのだ。


 時間としてはギリギリだが走る程でも無いので、瑠華と奏が手を繋いで歩く。その時瑠華の空いていたもう片方の手を凪沙が取ったので、瑠華は両手に花状態になっていた。何時もの事である。


「そろそろ夏休みだねぇ」


「そうじゃの。献立を考えるのが大変じゃのう…」


「なんかそれお母さんっぽい」


 まぁ実際のところ、瑠華は【柊】のお母さん的ポジションに居る事は間違いない。

 これにはもニッコリです。

 

(…よ。何故居るのだ)


「瑠華ちゃんどうしたの?」


「……なんでも無い」


 いつの間にか消え去っていた“母君”に思わず溜息を吐きつつも、まぁ見られるのも今更かと思い直す。かつての世界でも、数年に一度は覗きに来ていたのだから。


「夏休み、瑠華お姉ちゃんとお出掛けしたい」


「あっ! 抜け駆け狡い! 私も行きたい!」


「…奏はまず計画的に課題を熟せるようにならんとのう」


「う…」


 奏は典型的な後回しタイプである。対して瑠華はこつこつと終わらせていくタイプであり、去年も奏の課題を手伝ったという経緯がある。


「しかしもし出掛けるのであれば、【柊】の皆で遊びたいものよの」


「それもあり。海とか?」


「海はのう…」


 瑠華が難色を示すのも無理は無い。人が多いというのもあるが……一番はやはり危険だからだろう。【柊】の最年少は小学一年生なので、波に飲まれてしまう可能性が高い。無論瑠華であればそこから助け出す事も容易ではあるが、当人が感じた恐怖までを無くせる訳では無いのだ。


(精神干渉は出来ん事も無いが…それは悪手じゃろうな)


 最悪の場合人格が破綻する可能性がある。そんなものを【柊】の子達へ使うのは憚れた。


「じゃあ遊園地とか? 確か小さい子でも楽しめる所あったよね?」


「水族館とか動物園もある」


「ふむ…今日の夜にでも聞いてみるかの?」


「そだね。サプライズもありだけど、折角ならみんなが楽しめる場所が良いもんね」


「…非常に癪だけどかな姉に同意。非常に、癪だけど」


「凪沙? 流石に傷付くよ?」







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