第13話
「…あれ。これは何?」
「ん? …浮遊カメラの事かえ?」
凪沙が目を留めたのは、黒い球体。それは
「浮遊カメラ?」
「うむ。どうにもダンジョン内部で犯罪に巻き込まれる事を抑止する、という目的で使われるらしいの。後は配信でも使われておると聞いた」
「配信…」
ダンジョン配信は今ではかなりの人が参入している。なので浮遊カメラは今ではかなりの需要が有り、それに伴いバリエーションも豊富になっている。
「凪沙も見ているのかえ?」
「ちょっとだけ。瑠華お姉ちゃんはしないの?」
「する必要性を感じんのう…」
奏が危険な事に巻き込まれるのは嫌だが、その程度ならばわざわざ撮影するよりも瑠華自身で対処した方が何かと楽なのだ。
「私は見てみたい」
「妾達を見たいのかえ?」
「うん。カッコイイところ見たい」
「カッコ良いかは分からんが…ふむ」
だが確かに武器を使って戦う様子は、子供達には人気があるかもしれない。元々【柊】には娯楽が少ない事も考えると、子供達の為に撮影するのも有りだろうかと思う。
「かな姉は絶対やりたがる」
「……否定出来んのう」
そういえば昨日梓沙が取り出した浮遊カメラをキラキラとした眼差しで見ていた…様な気がする。
「……買ってみるかの?」
売り場に近付いて値段を見れば、そう高い物でも無いようだ。であれば買ってみるのも一興だろうか。
瑠華が少し悩んでいる様子に気付いたのか、瑠華の元へと店員が近付いてきた。
「浮遊カメラをお探しですか?」
「うむ…予算としては五万程なのじゃが」
「それでしたらこちらは如何でしょう。初めて配信を始める方向けのモデルでして、AIによって自動的に登録者以外の顔にモザイクを施してくれる優れ物です」
「成程…」
確かにカメラに写りたくない者も居るだろう。特に【柊】の子供達を不注意で写したくは無い。
「ではこれにする」
「お買い上げありがとうございます。併せてこちらの商品などは…」
「必要無い」
「そ、そうですか…ではこちらだけで」
商魂逞しく関連商品を勧めようとした店員であったが、瑠華によってにべもなく断られてしまった。相性が悪かったとしか言い様が無い。
浮遊カメラを購入した後少しだけ使い方を店員から教えて貰い、瑠華達は店を後にする。浮遊カメラ自体はそこまで大きくは無いので、瑠華の持つトートバッグに収まった。
「すまん。待たせたかの?」
「ううん。それよりお腹空いた」
「む? もうそんな時間か」
壁に付いたデジタル時計へと目線を向ければ、既に十二時近くになっていた事に気付く。瑠華は空腹感によって時間を把握する事が出来ないので、凪沙に言われなければ気が付かなかっただろう。
「何か食べたいものはあるかえ?」
「うーん…じゃあハンバーガー」
「…妾が作らん料理じゃの」
「だって瑠華お姉ちゃんの料理美味しいから、今更外で食べる気にならない」
「作り手冥利に尽きる言葉じゃのう」
人間になった今の瑠華の趣味は料理作りなので、凪沙のその言葉は何よりも嬉しい賛辞だ。……料理が趣味になるとはきっとレギノルカの母親も予想していなかっただろう。
食事時という事もあり二人が向かったフードコートはそこそこの人が居たが、瑠華達は二人だけという事もあり席の確保は比較的簡単に済んだ。
「瑠華お姉ちゃんは座ってて。私が注文してくる」
「では頼むのう」
瑠華の元を離れ、凪沙が足早にファストフード店へと向かう。その後ろ姿を眺めた後、瑠華がぐるりと視線を周りへと巡らせた。
(…皆楽しそうじゃの)
元々人を見守る事を使命とし、それ自体を好いていた瑠華は、今でも自然と人の営みを観察してしまう。こればかりは無意識なのでどうしようも無いが、まぁそのお陰で【柊】の子供達を効率良く見守れていたりする。
「お待たせ」
暫くしてトレーを二つ持った凪沙が帰ってきた。そこで瑠華は漸く、自分がどのバーガーを食べたいかを言っていない事に気付く。
「あ、瑠華お姉ちゃんは私の独断で決めちゃったけど…駄目だったかな」
「いや、告げなかった妾が悪いのだから気にするでない」
瑠華はたった一つの食べ物を除いて基本何でも食べられるので、どのバーガーであったとしても問題は無い。
「セロリは入ってないから安心して」
「……うむ」
流石と言うべきか、凪沙は瑠華が食べられない物は把握していた。───そう、瑠華はどうしてもセロリが無理なのだ。
身体能力は龍とほぼ同じ状態になっている瑠華は、当然の事ながら嗅覚も優れている。なのでどうにもセロリの独特な匂いを身体が受け付けないのだ。……因みに瑠華がパクチーに出会うのは、まだ少し先の話である。
「無難にチーズバーガー買ってきた」
「ありがとうのう」
凪沙が買ってきたのはチーズバーガーのセット二つ。サイドはポテトで、ドリンクはオレンジジュースだ。これは凪沙が炭酸が苦手だからこその選択である。
「「頂きます」」
二人で手を合わせ、チーズバーガーを頬張る。
(ふむ…偶になら良いが、【柊】の子らに出すならば栄養が心配じゃのう…)
舌鼓を打ちながら、ふとそんな事を思う。…考え方が親のそれである。
「美味しい?」
「うむ。偶にはこの様な物も良いのう」
瑠華は基本買い食いをしないので、ジャンクフードはあまり口にする事がない。なので良い機会を貰ったと凪沙に感謝していた。
その後チーズバーガーを食べ終えると、凪沙が次は甘いものが食べたいと言い出した。
「甘い物か」
「瑠華お姉ちゃんそういえばお菓子作らないよね」
「凪沙よ、知っておるかの? 菓子は自作する方が高く付くのじゃよ」
「…思ったより世知辛い理由だった」
結局のところお菓子作りというのは趣味であり、自作したからと言って買うより安くなる訳では無い。そして瑠華が使えるお金は限られている為、今迄作ろうという気にはならなかった。
「プリン程度ならまぁ…と言ったところかの」
「プリン! 食べたい!」
「お、おぉ…では一緒に作ってみるかえ? そこまで難しくは無かったはずじゃ」
今時レシピなどはネットで検索すれば簡単に出てくる。瑠華は休日の夕食担当である為にレシピを調べる事が多く、その時にプリンのレシピも少し見た事があった。
「作りたい、けど…まだ帰りたくない」
「ふふ…ではまだ少し遊ぶかの?」
「うんっ!」
凪沙が満面の笑みを浮かべて瑠華が差し伸べた手を取る。それを見て、今後は他の子達とも時間を作ってみようかと思う瑠華なのであった。
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