第5話

「か~な~で~…」


「悪かったって。でもこうしないと瑠華ちゃんは頷かないと思ったし」


 ぶすっとした表情を浮かべる瑠華はベッドに腰掛ける奏の膝の上で抱きしめられているが、全く不機嫌な様子が治る気配が無い。


(あー…これはまぁ私のせいだしなぁ…)


 何だかんだ付き合いの長い奏は、何故ここまで瑠華が機嫌を損ねているのかは理解出来た。


「折角妾が真剣になったというのに…」


「いやまぁ…それに関してはごめんね? でも嘘でもないんだよ」


 奏が不安を感じていたのは本当の事だ。だがその事を深く気に病んでいた訳でも無い。それは奏が何かとキッパリ割り切れる性格であったが故だ。


「瑠華ちゃんはほんとに私の事好きだよねぇ」


「当然じゃろう」


「ふぇっ!?」


 てっきり茶化すなとでも言われるかと思っていた奏は、その真っ直ぐな気持ちに完全に不意打ちを食らって変な声が飛び出した。


「何を驚く。妾に最初に話しかけてくれたのは奏じゃろうて」


「そ、れはそうだけど…」


「それとも奏は妾が嫌いかえ?」


「そんな訳ないでしょ」


「ならば良い」


 穏やかな笑顔を浮かべて頷く瑠華を見て、取り敢えずは機嫌が治ったと思いほっと胸を撫で下ろした。


「それで探索者になるという話じゃが…詳しい事は知らぬぞ?」


「大丈夫! ちゃんと調べてたから!」


 元々将来の夢が探索者であったのだから、情報収集は怠っていない。


 探索者は正確には、ダンジョン協会と呼ばれる世界規模の組織に所属する調査員の総称になる。


 全世界においてダンジョンが出現した事で、全てに通ずる規則を定める必要があった。その為に創設されたのがダンジョン協会であり、今や全ての人に義務付けられているダンジョン適性の調査もダンジョン協会が行っている業務の一つだ。

 その調査によって高い適性を見出された者には、直接ダンジョン協会がスカウトを行う事もある。測定不能を叩き出した瑠華は勿論のこと、適性Aである奏にもスカウトの話は来ていた。……全て瑠華が握り潰していたが。


「スカウトされると何かあるのかえ?」


「特には無いよ。ただ試験免除だったかな?」


「試験?」


「筆記試験と実技試験で、確か実技試験を免除だったかな。ただ実地試験はあるって」


 今迄命のやり取りなどして来なかった者達だ。いきなりダンジョンに入っても満足に戦える訳が無い。それ故に、最初だけはダンジョン協会の職員が付き添って潜る事になっている。心配ならば何度か職員の付き添いは受けられる。


「…妾は恐らく筆記試験は大丈夫じゃろうが、奏は自信があるのかえ?」


「うーん…まぁ探索者になる上での心構えであったり、最低限のルールやマナーの話だから、そう難しくは無いみたいだよ。というか今日まで勉強して来たから多分大丈夫!」


「…何時試験は受けるのじゃ?」


「善は急げで明日!」


 ───部屋にスパン! と小気味良い音が響いた。


「あたっ!」


「阿呆か。妾は何も知らんのじゃぞ」


 頭の良い瑠華だったとしても、知らぬ知識は捻り出しようがない。


「…瑠華ちゃんならパラパラ捲るだけで覚えられるでしょ?」


「妾を一体なんじゃと思っておるのか…」


 ……まぁ、出来なくは無いのだが。


「ごめんごめん。でも取り敢えず冊子は渡しておくね。常識ばかりだから、実際瑠華ちゃんなら直ぐに覚えられると思うよ」


「さよか。まぁやれるだけの事はするかの」


 受け取った冊子をパラパラと奏の膝の上に座ったまま眺める。


 中に刻まれていたのは、奏の言う通り今迄瑠華が学んできた人間としての常識ばかり。だがその中でも『モンスター』という項目に関しては、少々首を傾げざるを得なかった。


「のう奏」


「なぁに?」


「モンスターとは…残らないのかえ?」


 モンスター。瑠華の前の世界で言う魔物に当たるその存在は、ダンジョンから現れた未知の生物だ。

 魔法やスキルを使う彼らの脅威は高く、それでいて金になる。どのようにして換金を行うのかといえば、モンスターからドロップ・・・・するアイテムを換金するのだ。


 然しながらこれは、瑠華の常識には無かったものであった。瑠華にとって魔物の素材とは剥ぎ取る物。決して倒せば姿を消し、アイテムだけを残す存在ではなかった。


「そうみたい。研究によると実体としての身体を持っていないから、倒されると姿を保てないみたいだよ」


「身体を持たぬもの、か…」


 そう言われれば少しばかり心当たりのある魔物が居る。それが幽霊、若しくはレイスと呼ばれる魔物だ。彼らは実体を持たず、魔法によって消滅する。となればこの世界のモンスターは全てその類いなのか?


(…否じゃろうな。しかし如何せん情報が少な過ぎる)


 判断するには早計だと結論付け、思考を断ち切る。どの道、会えば自ずと答え合わせも出来るだろう。


「…ねぇ瑠華ちゃん」


「なんじゃ?」


「…もう覚えたとか、言わないよね?」


「……さて。そろそろ夕餉の時間じゃな」


 パタンと冊子を閉じて奏の膝から降りる。


「……やっぱり狡い」


「仕方なかろう。妾はそういう存在なのじゃから」


 力は人並みまで制御出来ても、処理能力に関しては瑠華としてもどうしようもない部類の力だ。


「まぁそちらの方が奏も安心するじゃろ?」


 全てを極短期間で会得してしまう程の瑠華だからこそ、その覚えた情報には一つとして誤りがない。そしてそれは何時何を聞かれたとしても、必ず答えが返ってくるという事だ。


「…私も瑠華ちゃんに頼られたい」


「頼っておるよ。妾は人付き合いが苦手じゃからの」


 瑠華の口調は人を寄せ付けない。そんな瑠華を輪の中へと引き込んでくれる奏が居なければ、瑠華は早々に人間で居る事を止めていただろう。


「…でも私だけの瑠華ちゃんが良かった」


「およ。ヤキモチかの?」


「そうだよ」


「……奏も大概ド直球じゃの」






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