第37話 確信へと至る会話
自分の仕事を遂行するために他者を犠牲にすることを躊躇しないカレン。
そんなカレンにこびを振り続ける役人たち。
彼らに死体を処理しろと言われ、クランはそれを拒否しようとヤオに告げた。
しかしヤオは言うのである。
「彼らが手伝ってくれたら仕事も早く終わると思いますけど、あの人たちは絶対そんなことしません。だから、俺たちがやらないと」
「誰もやらないから、あなたがやるしかないと?」
「そういうことですかね」
「そんなことを許したら、この世界は弱者という名の奴隷であふれてしまいます」
静かに怒るクランは、なぜ破壊の女神と呼ばれていたのかを、ヤオに少しだけわからせることを言った。
「やりたくないこと、めんどくさいと思うことを、自分より弱い立場の人間になすりつけることが支配だとお金持ちが勘違いしたとき、崩壊が始まります。弱者が悲鳴を上げ、今が辛いと言葉に出しても、お金と権力を勝手気ままにコントロールすることでそれをねじ伏せる。それなのに、彼らは偉そうにこう言うのです。弱者があふれかえるこの国は破滅寸前だと。自分たちのやり方が弱者を生んでいるというのに彼らは気づかず、わかったような口だけ叩いて、それ以上何もしない」
しかしヤオは言った。
「ま、それはそれってやつです」
「ヤオ……、それではあまりにも」
二人の会話に森田が割って入った。
「そういう文句は三十年前に言わないとな。今さら何言っても無駄ってことよ」
「……」
「それになあ、ねーちゃん。自分で捨てたゴミは自分で捨てろなんて法律ができあがっちまったら、俺たちの仕事がなくなって飯が食えなくなるぞ。それが今の世界の仕組みになっちまったからな」
「……」
黙りこくるクランにヤオは近づき、言った。
「三日後に冒険者が来ます。彼らが死に物狂いで戦って、新宿から悪魔を追い払ってくれる。彼らのために仕事をするんだって考えることにしませんか。彼らが全力で戦えるように、俺たちが良い環境を作るってことで」
「だとしても彼らはあなたにありがとうの一言もいわないでしょう。そういうのがクランは嫌なんです」
ヤオは苦笑いするしかない。
「そりゃまあ、しょうがないですけど、聖戦が終わってまたぐちゃぐちゃになったこの国を、冒険者が立て直してくれたんです。おっかないダンジョンに飛び込んで、便利な素材をいっぱい拾ってきてくれたから、この国の価値が下がらずに済んだ」
ヤオは生まれて初めて、自分が掃除屋でいる意味を人に話そうとしている。
「ダンジョン掃除屋は、部屋の隅っこの埃まで取り除いてピカピカにするのが仕事じゃない。道に落ちてるゴミや、床にこぼれた血で冒険者が足を滑らせて転ばないように綺麗にしておくのが仕事なんです」
クランは笑った。
「そんな漫画みたいなドジ、起きるはずがない」
「俺は真剣ですよ。どうしようもない仕事と言えばそうなんですけど、全部、繋がってるんです。自分の仕事が冒険者を助けて、冒険者が俺には救えないくらい大勢の人を助けて、冒険者に救われた人が、また違う人を助ける。そうやって続いていくとしたら、掃除屋の仕事はその最初です。俺たちがやらなきゃ何も始まらない。だから今日も俺は掃除をします」
ここまで黙っていた立花詩織がおそるおそる口を開く。
「私はこの仕事を始めてそれほど日が経っていないのですが、この仕事の大事さにすぐ気づきました。亡くなった冒険者の遺体や、彼らが食べきれずに捨てた食料をモンスターが食べるのです。彼らはドンドン大きくなって、頭もドンドン良くなって、しまいには外に出るようになって、冒険者じゃない人たちが犠牲になる。必要な仕事だと思います。その辛さや大変さに見合った報酬やリスペクトをもらっているとは思えないけど、決して途切れさせてはいけないものだと」
この時、ヨナがワンと吠えた。
そんなに大勢で責めたらクランが可哀相よと言ったのだが、それを聞き取ったのはヤオとクランだけだったので、二人とも同時に笑った。
「ありがとう。大丈夫ですよ」
ヨナの頭を撫でるクランに、ヤオがそっと近づく。
「こんなに大勢の人たちが亡くなって、悔しくないと言えば嘘になるし、カレンの物言いも正直めちゃくちゃイラッときたけど、それはそれです。腹が立ったからあんな女の言いなりになるのはいやだ。仕事を拒否するって事にしちゃいけない。仕事が終わって、ある程度時間が経ったら、インターネットに匿名で書き込んでやります。カレンってのはクソだって」
「そうですか」
クランは苦笑するしかなかった。
「まあ今の話は、給料くれたらっていうのが大前提ですけどね。最後まで仕事して、お金くれなかったらここの要塞をぶっ壊しましょう」
それを聞いて森田は手を叩いて喜んだ。
「ガハハ! そりゃ当然だろ!」
そして森田はクランを見た。
「でもな、ねえちゃん。文句を言っていいのは、ちゃんと仕事やってる奴だけだぜ」
クランはまた笑った。
「その通りのようですね」
こうして掃除が始まった。
倉庫から道具を取りに行く途中、森田は、仕事のできない風間さんがひっくひっくと泣いているのを見たので、心配になった。
「おいおい大丈夫か? こんな有様を見たら無理もねえが」
風間こと立花詩織は鼻水を垂れ流しながら泣きじゃくる。
「生きてで……、いぎででよがっだ……」
「そうかそうか。そうだな、間一髪だったな俺たち」
しかし森田は勘違いしていた。
詩織が泣いていたのは自分が死ななくて良かったという意味ではない。
さっきのやり取りを見て確信したからである。
あの本上さんは、やっぱりあの風間ヤオさんだ。
自分を犠牲にしてでも人を助けた人だ。
偽りの自分をこしらえたとき、風間という名前にしたきっかけを作ってくれた人なのだ。
どうして彼が生きているのかそんなのわからない。
だけど間違いない。
風間さんならこう言うだろうな、こうするだろうな、ってことを、本上さんは全部やっている。
そう、彼は生きていたんだ。
「いぎででよがっだよう……。うううう」
ここまでのすべての苦労が報われた気がする、立花詩織である。
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