第23話 バトルの果てに

 ヨナの記憶を、ヤオは一瞬のうちに知った。

 わずかな時間だったが、打ちのめされていた。


 おそるおそる、クランに近づく。


「あの、何というか……、やっぱりやめませんか」


「何を?」


「その、修正を」


「なぜです? このまま放っておいたら犬たちがたくさん外に出て、大勢死にます」


「外に出なけりゃいいってことで、地下でじっとしているなら、もうそれ以上、俺たちがどうこうすべきではねえんじゃねえかなと、そんな風に考えております」


 クランは溜息を吐いた。

 流されやすい性格のヤオに若干呆れていることと、ヤオが魔法使いとして着実に成長していると確認できた喜びが混ざっている。


 なぜならクランはわかっていた。


「見たのでしょう。ヨナのことを」


「実はそうです。どういうわけでそうなったのか……」


 クランは悲しげに目を閉じた。


「同調です。濃い魔力を身にまとっている同士、時々、相手と重なり合って、互いの記憶や感情を同期してしまう。クランもオリーやレメと戦っていると、時々自分が誰なのかわからなくなってしまったことがあります」


「そんなことが……」


「特にヨナは同調抵抗の訓練など受けていないから、なおさら同調しやすかった。昔の記憶、垂れ流し状態です」


「じゃあ、あいつにも俺のことが……」


「いいえ。あなたの場合、百鬼が自動的に同調を防いでくれるから、ヨナには何も見えていないはずです。よかったですね」


 確かによかった。それはホッとした。

 けれども、


「このままだとヨナは……」


 ヤオが何を言いたいか、初めからわかっていたクランは強い調子で言った。


「レメの悪い癖です。それしか言えません」


「……」


「可哀相です。それはそう。しかしそれ以上何が? ああなってしまった以上、あの犬はもう死ぬまで一人で生きていくしかないのです」


「オリビアのようなことを言いますね」


「クランも外に出て、すこしずつ年をとっていますから」


 ヤオは頭をかきむしり、そして言った。


「俺の好きなようにさせて貰えますか」


「ええ、もちろん」


「よし、じゃあ話をしよう!」


 両手を広げて、学生、老人、犬に話しかける。


 リアクションは薄い。


「君たちのことはなんとなくわかった。大事なのは話すことだ! 何とかして今の状況をよくしていこうじゃないか!」


 我ながらなんてうさんくさいんだと思うが、着地点は必ずあると思っていた。

 このダンジョンは恐ろしい魔物の巣窟である。都市の真ん中にこんな恐ろしいダンジョンをそのままにしておくわけにはいかない。

 まして、ダンジョンにいるおっかない野良犬たちを外に出すなんて論外。


 かといって、ここにいるヨナやゴンさんたちの怨念を綺麗にしないとこの状況は打開できない。

 

「自分でこんなこと言うのもあれだけど、結構強かったよね俺! そんな俺が偉い人に今の状況を説明するからさ! イケそうな気がするよね!?」


 返事は無い。ならばと、激しいアクションでクランを見ろと訴える。


「それにこの人! この人はもっと強いから! わかるでしょ!? 話がお上に通るまでダンジョンをいじるのも止めるから!」 


 いきなりそんなことを言われてクランは驚いたようだが、ヤオの言うとおり、心柱から手を離して修復作業を中断する。


 それらの動きを見て、学生は浮いたまま何かを囁きあう。

 いまも苦しそうなヨナの両目をゴンさんが撫でる。 


 ヤオはずっと待った。

 いい返事が来るはずだと期待した。


 しかし、邪魔が入った。


 楠木ひきいる部隊がぞろぞろやって来たのだ。


「ご協力感謝します! 離れてください!」 


 ヤオはこれ以上ないくらい失望の溜息を吐いた。

 来るんじゃないよ邪魔なんだよと、面と向かって叫びたいくらいだった。


 あの雨宮が、楠木を押しのけて銃を構える。


「動けないなら伏せろ! 後は俺たちがやる!」


 そして雨宮は三年の思いを叫びに乗せた。


「この時を待ってたんだ!」


 知らねえよと言いたいし、動くつもりも無い。

 クランも動かないでいてくれる。


「だからどけってんだよ!」


 がなる雨宮。

 楠木以下、全隊員がヨナに銃を向けている。

 どうやら、ゴンさん含めた三人の亡霊は見えていないらしい。


 三年間の恨みを、死んでいった仲間達の無念を、この場ですべてヨナにぶつけようとしているのだろう。


 しかしヤオは言った。


「お願いします。攻撃を止めてください」


 楠木は当然驚く。


「どうしてそんなことを?」 


「相手はもう動けません。目が潰れてる。俺がやったんですけど」


「あ」


 本当だと、真っ黒いゴーグルをガチャンと外す楠木たち。

 目を見たら死ぬことは知っているので、その対策もしっかり取っていたらしい。


「だったらなおさら攻めませんと!」


 銃を構え直す楠木。


 今度はクランがダメを出す。

 

「坊やたち。悪魔化した相手に普通の弾丸は効きませんことよ?」


 雨宮がいきり立って反応する。


「んなこたわかってる! ちゃんとゴーレム弾を用意したさ!」


 ゴーレム弾とは魔力で作った銃弾のことで、とにかく固いことで有名。

 強い悪魔を倒すのに最も適した銃弾とされているが、それでもクランは笑うのを止めない。


「ただの十三発しか無いのに? それでは用意したと言えません。坊やたちはいつもそう、自分の力を過信する」


「なっ……」


 怒りを通り越して、呆気にとられる雨宮。なんで持ってる銃弾の数がわかるのか、それだけで相手がただならぬ魔術師であることに気づいただろう。


 しかし雨宮も下がれない。


「もういいっ! 射てっ! 射っちまえ!」


「し、しかし!」


 動揺する楠木に雨宮は怒鳴った。


「警告はしたんだ! こんなチャンス逃せるかよ!」


 その叫びに呼応するかのようにヨナが吠える。

 やれるもんならやってみろと言わんばかりだった。


 向かい合って攻撃を繰り出そうとするヨナと兵隊。

 

 まさに一触即発の状態で、真っ先に動いたのは、破壊の女神だった。


「いけない子ばかり」


 吐き捨てると、あの汚いオブジェに再び手をかざす。

 触れてもいないのに、くるくると回転を始めた。


 強い地響きと共に、ダンジョンが激しく動き出す。


 天地が逆になっていく。


「なんだこれ!?」


 ヤオが叫んだ。


「まじかよっ!」


 雨宮も叫んだ。


「わおーん!」


 ヨナも吠えた。


「う、うそだろ……?」


 宙に浮きながら、死霊たちも驚いた。


 クランが立っている場所だけが不動だった。

 彼女のそばにいたおかげでヤオは普通に立っていられた。


 しかし雨宮やヨナにとって、今の状態は福引きの抽選器に入った玉である。

 抽選器が回っている間は、何もできない。


 壁に貼りついて転がり落ちないように踏ん張る雨宮たち。

 とうとうヤオに叫んだ。


「お前らはどっちの味方なんだっ!」


「お、おれたちは……」


 視線がヨナに向く。

 爪が足場に引っかかって抜けないらしく、どんどんと高い場所に引き上げられ、宙づり状態になっている。


 苦しそうに鳴くヨナを見たあと、ヤオは雨宮に向かって言った。


「俺はことなかれ主義です!」


「大声で言うことかよ!」


 天地が完全に逆転して、移動は止まった。


 天井に吊された状態のヨナを、雨宮が見逃すはずが無い。


「射て! 射ちまくれ!」


 そうはなるかと、ヤオは近くにあった石を天井に向かってロケットのように打ち上げた。

 

 さっきまで床だったはずの鉄板に石が命中し、激しく震える。


 その弾みでヨナが落下する。

 人と違い、ずば抜けた身体能力を持つ犬である。

 高所から落ちても見事に着地するが、


「アアアっ!」


 絶叫。 

 完全なぶち切れモードでクランに突っ込んでいく。


「だからダメだって!」


 合間に飛び込んだヤオ。

 突っ込んでくるヨナを肩車して、ぶん投げる。

 それでもヨナは起き上がる。


「射て!」


 とうとう銃声が鳴り響く。

 あんな大勢に射たれたら、避けきれない。

 まして目が潰れてる。


 ヨナの白い毛が銃弾を浴びて赤に染まっていく。

 悲鳴を上げ、壁に吹き飛ばされるヨナ。


「射つなってのに!」


 苦しそうに息を切らして逃げるヨナ。

 銃を撃ちまくる兵隊。


 元はといえば両目を潰した自分が悪い。


 ヤオは覚悟を決めた。


「ぶち当てる!」


 ダンジョンに転がっていた石という石を浮かせ、それら全部で天井をガンガン叩く。叩きまくる。


 元々は床に敷きつめられていた鉄板だが、クランが天地を逆さまにしたことで天井にびっちり張り付いていた。


 そんな鉄板をガシガシ殴ればどうなるか。


 雨宮と楠木は青ざめた。


「おい! そんなことしたら!」


 天井に敷きつめられていた鉄板が一枚一枚剥がれ、真っ逆さまに落ちていく。

 

 鉄板が床にぶち当たる度にごう音が耳を貫き、破片が飛び散る。

 こんなのに当たったら即死である。


 足下に落ちてきた鉄板を間一髪で避けながら雨宮は叫んだ。


「殺す気か!」


「射つの止めないと全員死にますね!」


 鉄板が雨のように大量に落ちてくる。


 ヤオは一枚の鉄板を魔力でつかみ、傘のようにして落下をしのいでいる。


 不思議とクランには鉄板が降ってこない。

 クランはヨナを引き寄せ、その体を拘束した。

 ヨナは逃れようともがくが、クランの魔力は強く、逃れられない。

 

 クランに抱きかかえられているうちに、体に食い込んだゴーレム弾が痛みも無く抜け落ち、血の流出もピタリと止まっていくから、ヨナは抗うのを止めた。

 

 こんな強い魔術師見たことがないと驚いているようだった。

 

 兵隊さんだけが被害者だった。

 ぎょえーっと避けるので精一杯。


「わかっだ! 射たねえよ!」


 雨宮が叫んだ。そして楠木も吠える。


「こんな状況じゃ撃てませんから!」


 確かにその通りだ。

 もう逃げ回ることしかできない。


 しかし降り続ける鉄板の雨を見てヤオは呟いた。


「どうやって戻すんだろう……」


 感覚で全てをこなす魔術師がたどりがちな悲劇であった。


「おい、今なんて言った!?」


 雨宮は叫びすぎてもう声を枯らしていた。

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