第12話 短いお別れ
ダンジョンの最奥にふらりとやって来た白い犬。
立花詩織の魔術によって金縛り状態に陥っていた四人の学生に興味を抱いたようだ。
その犬がとてつもなく危険な存在だと気づいた詩織は自ら仕掛けた魔法を解除し、学生に叫んだ。
「逃げろ!」
しかし遅かった。
一人の青年の体が見る見るうちに真っ赤になり、爆発四散した。
花火のように血肉が飛んで、そばにいた三人の学生に降りかかる。
悲鳴が響き、詩織はもう一度叫んだ。
「早く逃げろ!」
詩織の剣から繰り出したエネルギー弾が犬の横っ腹を打ったので、犬は吠えながら地面に転がる。
その隙に三人の学生は走り出す。
犬もすぐその後を追う。
「なんなんだよ、こいつはっ!」
上野が後ろを振り返るのを見て、ヤオも叫んだ。
「眼を見ちゃダメだ!」
さっき死んだ学生の体が木っ端微塵になる直前、白い犬の両目がキラッと光ったのをヤオは見ていた。
「下を向いて逃げろ! 早く!」
言われたとおりに動く女の子。
もう一人の学生も目を閉じて走り去っていくが、上野は途中でつまづき、尻餅をつき、おまけに失禁しながら絶叫した。
「掃除屋が俺に指図するんじゃねえよ!」
この期に及んでつまらないことを抜かす上野を無視し、ヤオは走った。
来た道を戻るのではなく、あの刀の元へ。
犬から逃げようとしても、追いかけっこで勝てるはずがないと考えたヤオは、ほとんど反射的に、自分がここに居残って犬を惹きつけるしかないと考えてしまった。
だから武器が必要だと思った。
だから刀の元へ走った。
詩織がダメだと叫んでも、刀をつかんだ。
刀を握った左手が激しく燃えた。
凄まじい熱と痛みを感じて、ああっと叫んだ。
このままだと刀の熱で全身焼けると気づいたけれど、それでもヤオは怒鳴った。
かつて聞いたことがある詠唱を、意味もわからずそのまま真似した。
「第三の腕よ! 炎となって敵を射貫け!」
握った小刀が手から離れて、犬めがけて飛んで行く。
凄まじい熱波を浴びた犬はこれは耐えられないといわんばかりの情けない声を上げながら逃げていく。
役目を終えた刀はまたヤオの手に戻った。
「よ、よし……」
左腕が熱くて痛くて、目まいがして、全てが二つに見えて、頭の中が真っ白になって、もう動けない。
「だめだ……」
終わったと気づいた。
これは死ぬなと。
しかし死因は焼死ではなさそうだった。
地面が激しく揺れる。
足場が崩れていく。
迷宮に必ず存在する心柱を奪い取ったことで、大黒柱を失ったダンジョンが崩壊していく。
ヤオの周囲がサラサラと砂になって下に落ちる。足場が無くなっていく。
ヤオと立花詩織の間に大きな崖が出来た。
詩織は来た道を戻れる。
しかし、ヤオに関して言うと、無人島に一人残された形になった。
その島もゆっくり崩れている。
詰んだな、と素直に思った。
「参ったな」
この期に及んで騒いでも意味は無いと、悟りを開いた坊さんのような境地に達したとき、諦めが麻酔のようになって全身の痛みと熱を消してくれた。
「早くこっちに飛び移りなさい!」
そう言いながらこちらに向かって届きもしない手を伸ばす詩織を見て、ヤオは首を振った。
「行ってください。俺はもうダメです」
「い、今、助けを……!」
顔を真っ赤にしてスマホを取り出す名も知らぬ美少女にヤオは微笑んだ。
「もう無理です」
割と早く諦めが付いた。
「助かってもこの火傷です。地上に着くまでに熱にやられて灰になるだけだ」
「だ、だけど……」
詩織は真っ青になっていた。
なさけない。自分があまりにも無力だった。
「早く行ってください。あなたまで巻き込まれる必要はない」
その言葉に詩織は激しく頭を振る。
「わたしのせいで……」
「さっきも言ったけど、あなたは別に何もしてない」
それでもヤオは言った。
「お願いがあります。俺は風間ヤオと言います。今日の給料は亡くなった権堂って爺さんの遺族にやってください。他に家族もいないんで、貯金も全部」
その言葉に詩織はがく然とする。
「……あなたは」
こんな人、初めてだと感じていた。
なのに、もう二度と会うことがないなんて。
激しく動揺する詩織とは真逆に、風間ヤオは無情を受け入れていた。
今誰よりも俺は穏やかだと思っていた。
「元々とっくに死んでた身です。ここまでこられてラッキーでした」
そして笑顔で言った。
「それでは」
小さく会釈をしたあと、ヤオは底の見えない闇の中に落ちていった。
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