ダンジョン底辺職「掃除屋」のおっさん。奈落にて女神を拾う、魔犬を拾う、新妻を拾う。そして新世界を蹂躙する!

はやしはかせ

第1章 きみは掃除屋

第1話 冒険者と掃除屋

 名うての冒険者しか入ることが許されない高難度のダンジョンで、生きるか死ぬかの激しいバトルが繰り広げられていた。


 一つ目の巨人、サイクロプス。

 身長三メートルを超える巨人で、大きな棍棒をやけっぱちに振り回しているから、ダンジョンのあちこちに棍棒がぶつかって、マシンガンから放たれた銃弾のように破片が飛ぶ。


 対する冒険者は四人組。

 いずれも重装備、いずれも高レベル。


 巨人の攻撃をすれすれで避けながら、筋肉質の男が杖を突き出して叫んだ。


「うおおっ! ライトニングっ!」


 杖の先端から強烈な閃光が放出され、そのまぶしさに巨人はうろたえた。

 一時的に視界を失った巨人は苦しそうに足を止めた。


 その時を待っていた二人の戦士。


「行くぞっ! 重力百倍!」


 一人が斧を豪快に振り下ろして巨人の左足にダメージを与えると、もうひとりは長剣で巨人の右足をめった刺しにする。スプラッシュグレネートとかいう技らしい。 


 両足に大ダメージを喰らったサイクロプスは立っていることができず、膝を突いて地面にビッタンと倒れた。


 巨人の両足から緑の血液が噴き出す。

 あまりの出血量に床は水浸しならぬ血浸し状態。

 冒険者が動くたびに緑の血液が飛びはねる始末だったが、サイクロプスが動けないこの瞬間こそが勝利のチャンスだ。


 女魔術師が、えいやと短刀を宙に投げ、詠唱する。 


「第三の手よ! 炎となりて我が敵を射貫け!」


 短刀が炎に包まれ、ロケットのような勢いでサイクロプスの頭部目がけて飛ぶ。


 頭を割られて、ぐわわあっと叫び狂う巨人。

 トドメを刺すんだとばかりに躍りかかる四人の冒険者。


 ここから先はただのリンチだった。

 

「よし勝った!」

「やった!」


 流れる汗もそのままに喜び合う四人。


「上手くいったな!」

「ああ、最初の目潰しが効いたよ」


 お互いを褒め称え、達成感で身を震わせる冒険者たち。

 

 そのかたわらを、武器も防具も身につけていない紺の作業着の男がモップ片手にすーっと横切っていく。


「掃除屋で~す。失礼しますね~」


 彼の名は風間ヤオといった。


「今から掃除しますんで、よろしくどうぞ~」


 床に拡がる大量の血をリズミカルに拭き取っていく。


 四人の冒険者はヤオの存在を完全に無視し、サイクロプスの死骸を検分していく。サイクロプスの体内には高値で売れる素材が埋まっている場合が多く、倒しがいのあるモンスターなのだ。


「最近、こいつら強くなったよな……」


 かっさばいた巨人の腹部に手を突っ込みながら冒険者が呟く。

 隣にいた女魔術師がその意見に大きく頷いた。


「クラスAの冒険者がこれの亜種と戦って腕折られたって話聞いたよ」

「まじで? それは油断しすぎじゃねえの?」


 しかし魔術師は首を振った。


「破壊派が作ったモンスターは出来が良いから、確実に成長して、やがて悪魔化するっていう立花将軍のレポート知ってる?」


 初めて聞く言葉の連発に冒険者たちは動きを止めた。


「知らねえよ。なんだよ悪魔化って……」


 ならば教えてしんぜようと胸を張る女魔術師。


「聖戦で使われた魔法兵器の副作用で変異を遂げた動物がモンスターでしょ。そいつらは刺激しなきゃこっちには向かってこないわけ。で、そいつらと違って、私らを確実に殺しに来る連中が悪魔と呼ばれていると。そこまではいいよね」


「こんなところまできて講習はやめてくれよ」


 厳しかった訓練を思い出して苦い顔になる仲間であったが、魔術師は話を続けた。


「で、あの忌まわしき破壊派が作りだしたモンスターが立派に成長しちゃって悪魔になっちゃう事例が世界中で起こってんだってさ」


「ほんとかよ……」


「東京はもともと破壊派の本拠地だったから、破壊派印の兵器やらモンスターがうじゃうじゃ残ってるでしょ。このままほっといたらそいつらみんな悪魔になっちゃって、いずれ日本は悪魔の国になるってあの立花将軍が政府に警告したのよ」


「おいおい、そんなやばい話、聞いたことないぞ」


「そりゃそうよ。そんなのあり得ないって政府に無視されたんだから。だけど立花将軍って西郷さんみたいにやたら人気あるじゃん。だから立花信者だけはずっとその話を覚えてたわけ。で、ここに来て悪魔化って言ってもいいようなことが世界中で起きたから、ほらみろって信者がドヤ顔で叫び始めてるわけさ」


「は~、おっそろしいなあ」


 わざとらしく体を震わせる冒険者たち。


「破壊派の奴ら、ホントにろくな事しねえな。全員処刑された後も相変わらず世の中をかきまわしてやがる」


「ほんとにね」


 とりあえずは調査を進めましょうと、魔術師は照明器具を取り出して巨人の体内を照らしていく。

 金目になるものはないか四人の冒険者が鋭い眼差しになる最中、掃除屋が呑気にフロアを磨いていく。


「目の前通りま~す、左通りま~す」

 

 冒険者たちを囲むようにゴシゴシと床をふく。

 まるで冒険者を煽るような接近なので、だんだん四人の顔が渋くなっていく。


「まるでハエだな……」


 ぽつりと一人が呟くが、ヤオは無視して掃除を続ける。


 見違えるように綺麗になっていくフロアとは逆に、冒険者たちの調査は芳しくない様子。


「どうだ……?」

「いや、使えそうなのは何も……」

「これは、ハズレね……」

「マジかよ……」


 全財産はたいて買った宝くじがかすりもしなかったときの失望に似た感情に襲われ、四人はうなだれる。


 そんな中も、


「は~い、ちょっと前を失礼しますね~」


 床にこびりついた巨人の肉片を特殊洗剤を使って綺麗にこそぎ落とす清掃員。


 なんだこいつと言いたげにヤオを睨む冒険者。


 ヤオだって冒険者を刺激したくはない。

 命がけで戦ったのに実りがまるでなかった四人の失望を不憫に思うけれど、こっちにもタイムリミットがある。

 あと一時間以内に周辺を綺麗にしないと、報酬を削られてしまう。

 

 歌いながらリズミカルに掃除すると進みが早いと思っているので、とうとう歌いだす始末。


 おまけに選曲もわるくて、沢田研二の勝手にしやがれを口ずさんでしまった。


「寝たふり~してる間に~、出て行ってくれ~」


 出て行ってくれの部分で冒険者も我慢の限界を迎えたらしい。


「あ~、へこんでてもしゃーない! もう一匹行こうぜ!」


 やけっぱちに大声を出して歌声をかき消すと、残りも「おうよ」と気持ちを奮い立たせる。

 

 暑苦しい友情を見ていたヤオはモップ掃除をあえて止め、床に落ちていたゴミを拾う作業に切り替えた。

 巨人の流血で緑まみれになっていたゴミの一つには、冒険者たちが投げ捨てた回復薬の空瓶もある。

 ヤオは自分が運んでいた清掃用台車めがけて空瓶を投げた。

 

 コトンと音がした。

 その音で女魔術師は思い出したのだろう。 


「回復しなきゃ!」


 ああそうだったと苦笑しあう冒険者たち。

 それを見て小さく頷くヤオ。


 冒険者は持参していた回復効果のあるパンやドリンクを一斉に取り出し、がっつき始める。

 包装紙や空き瓶、ストロー、さらには食べ残りを、ぽいぽい床に投げ捨てる。

 ゴミを持ち帰るような冒険者はいない。


 それどころか悪意のある奴が一人、巨人の血液が溜まって水たまりになっていた場所にわざわざゴミを捨てた。

 それを見て他の冒険者も次々同じことをする。


「ほら、おっさん、早く片付けてよ」


 からかわれてもヤオは無言でモップ掃除を再開する。

 こういう嫌がらせはもう慣れていた。


「よし、行くか!」


 回復を終え、気力を充実させると四人は細い通路を進んでいく。


 ヤオはつい口を開いた。


「そっちには行かない方が」


 しかし冒険者は叫んだ。


「ゴミが指図すんじゃねえよ!」


 やがて見えなくなる冒険者たち。

 ヤオは溜息をつく。


「そっちに行くと、ネズミが……」


 遠くから冒険者の悲鳴が聞こえてきた。


「なんだこいつら!」

「殺せ早く!」

「数が多すぎて詠唱できないよ!」

「ひけっ! いったんひけっ!」


 真っ赤な顔でヤオの横を駆け抜け、どこかに逃げ去って行く四人。

 

 静まりかえるダンジョン。


「だから言ったのに……」


 ヤオは掃除用具を運搬するためのマイ台車から毛布を取り出し、それを頭からかぶって壁に貼りついた。


 細い通路から大量のネズミが駆けてきた。

 どいつもこいつもデカい。

 口から伸びる牙が異常に鋭い。


 三十年前に起きた聖戦で使われた魔法兵器の副作用で異常発達したバケモノ。


 ヤオが使っている毛布はモンスター除けの魔法がかかっていて、これで身を隠せばバケモノネズミのような知能の低いモンスターはヤオに気づくことはない。

 

 ネズミは一斉に巨人の死体に群がった。

 久しぶりの食事なのか、一心不乱に遺体に牙を入れている。


 食欲を満たしたネズミたちがいなくなったのを音で確認すると、ヤオは再び作業を開始した。


 ネズミに喰われまくったせいで、サイクロプスの亡骸はそれはもうひどい状態になっていた。詳細に書こうと思ったらホラーになってしまうが、短く説明するとしたら、穴だらけ、唾液まみれ、血まみれといったところか。


「お前らのおかげで時間オーバーだよ」


 と言いつつ、ヤオの表情はさほど暗くない。

 

 ヤオは知っている。

 ネズミのおかげでレアな素材が手に入る。


 サイクロプスが持っていた巨大な棍棒が、ネズミにかじられたことでいびつになっている。

 鉄のように硬い素材に頑丈な木板を何枚も重ねた造りになっているのだが、ネズミが鋭すぎる歯で穴だらけにしてくれたおかげで、棍棒の芯がむき出しになっている部分がいくつかあった。


 ヤオは短剣を取り出し、慣れた手つきで棍棒の芯をゴリゴリ削る。

 そして削り落とした黒い粉末をビニール袋に入れていく。

 この粉が良質な火薬になることをヤオは知っていた。

 無論、高く売れる。


「たまにはおこぼれに預からないと」


 しばらくは日々の食事に困ることはなさそうで満足げに笑うヤオだったが、あることに気づいて、その笑みの色を変えた。


「俺もネズミと変わらないな」


 資格を持つ冒険者は自ら手に入れた素材で生計を立てることが許されているが、基本、ダンジョンに落ちているものは新政府の所有物と見なされている。

 つまり冒険者以外がダンジョンの素材を拾って勝手に売り買いしたら、それは窃盗と見なされて処罰の対象になる。

 

 しかし掃除屋はその対象から外される。

 掃除を担当しているそのダンジョンに限り、落ちているものを拾って売り買いしても構わない。


 掃除屋の労働環境があまりに劣悪で、収入も安定しないことを憐れに思った新政府の指導者オリビアが、特別に作った救済措置である。


 これこそが、掃除屋が忌み嫌われる最大の理由であった。


 ハイエナ以下の人間。

 他力本願の怠け者。

 厚顔無恥な物乞い。


 そんな視線と言葉を浴び続けるのが、掃除屋の日常であった。

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