北へ

 王城を追放されたセレスティアは、僅かな私物を鞄に詰め、二人のメイドを従えて北の森へと通じている細い街道を歩いていた。国外追放された『偽聖女』に馬車など与えられるはずもなく、移動手段は完全に徒歩のみ。

 そして何故北なのかというと、それ以外の方角に通じる城門は固く閉ざされていた上に、兵士が待ち構えていて剣を向けてきたからだった。追い立てられるようにして北門へ向かうと其処だけは大きく開いていて、兵もいなかったのだ。


「アルバート様が獣姦女は北以外に行かせるなとのご命令でなぁ」

「ケダモノ聖女には相応しい行き先だろう。良かったな。はははっ!」

「隣国まで辿り着けなかったとしても、森の中にはオトモダチがたくさんいるんだ、夜の相手には困らないだろうさ」


 下品な笑い声を餞別代わりに叩きつけられ、セレスティアたちは城を去った。

 北の森は、魔獣蔓延る暗闇の森。そしてその先にあるのはストゥルダールに蛮族の国と伝わっている、獣人族の国だ。兵士が相応しい行き先と言っていた理由は其処にある。

 か弱い女とメイドだけの旅では、仮に奇跡が起きて森を抜けられたとしても蛮族の慰み者になるだろうと踏んでの命令だった。



「それにしたって、あんまりです! ティア様が偽聖女だなんて!」


 いまにも頭から湯気が出そうなほど怒っているのは、セレスティアと幼馴染の獣人メイド、エディだ。栗色のくせ毛をお団子にまとめ、衣装は脛丈のメイド服。荷物は大きなリュックを一つ背負っている。

 身長は小人族ほどしかなく、後ろから見ると、まるでリュックに脚が生えて歩いているかのよう。

 大きな赤茶色の目をつりあげて、小柄な体を目一杯使って怒りを表して、精一杯の大股で歩く姿は小動物のよう。だが、胴体を上回るサイズの荷物を軽々運んでおり、人は見た目に寄らないという言葉を全身で体現している。


「あのクソボケゴミ王子、脳みそまでちんこだから仕方ないよ。……何度も何度も、お嬢様に夜這い仕掛けてきやがって。粗チンのくせに」


 此処がまだ城の中だったなら不敬罪で切り捨てられてもおかしくない悪態をついているのは、二人と幼馴染のメイド、ジョゼフ。夜闇の如き短い黒髪と夜色のつり目、そして、すらりとした長身と腰に下げた剣は、メイドというより騎士の風貌である。

 鋏で真一文字に切ったような真っ直ぐな前髪と後ろ髪は、彼女の持つ鋭い雰囲気も相俟って、研ぎ澄まされた刃のようにも見える。


「聖女は清い身でなきゃだめだって、あたしでさえ知ってることなのに! 馬鹿! ヤリチン! 脳みそスッカスカのおちんぽモンキー!! あんなヤツ、きっと頭には脳みそじゃなくってチンカスが詰まってるんですよ!」

「全くだ」


 果たしてそれは、清くなければならない聖女に聞かせていい言葉なのかと、冷静に言える人間はこの場にいない。可愛らしい顔で延々えげつない罵倒を喚くエディと、冷静な顔をしながらも、それを微塵も否定しないジョゼフ。

 そして、追放された本人はというと、二人の怒りの罵詈雑言フェスティバルも耳に入っていない様子で、とぼとぼと俯いて歩いていた。


「……ティア様、あんまり気にしないほうが良いですよ。ずっとあのドブカス王国にいたら、寝てるあいだに豚野郎に貞操奪われちゃってたかも知れないんですから」

「嫌な予感がしてついてきて良かった。これからもあたしたちが傍で守るから、安心してほしい」


 二人から優しく声をかけられ、セレスティアはぴたりと足を止めた。

 俯いている顔の真下に、ぽたりぽたりと雨だれのように雫が落ちる。


「はわわっ! ティア様ぁ、泣かないでください~! あんな小汚い生ゴミ共のことなんか、さっさと忘れちゃいましょ!」

「いや、泣かせてあげよう。ずっとクソ溜まり以下の場所で耐えてきたんだ」


 ジョゼフがセレスティアの華奢な体を抱きしめ、エディが精一杯背伸びをしながらよしよしと背中を撫でる。

 二人の優しさに触れたセレスティアは、暫く声を殺して泣き続けた。


 所々に挟まるお下品な言葉たちは、聞かなかったことにして。

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