ハマルティアの扉
堕落
Τέσσαρα μεγάλα ἁμαρτήματα, εἷς αἴτιος
朝、といっていいのかわからない。
とにかく私は目を開けた。
薄暗い聖堂のような場所。
まるで何十年、何百年と放置されてきたかのように息を吸い込めば埃が肺に流れ込んできそうであった。
灯りは二つの燭台の火が、ぼうっとゆらゆらと揺れているだけ。
埃の被った不気味な女神像の周囲に四つの扉が並んでいる。
だがおかしなことに、その扉は"扉だけ"置いてあった。
いわば家や部屋のドアがぽつん、とそこに取り残されているかのような。
左からそれを見ていく。
一番左の扉は、鉄で出来ているが茶色く錆びついている。
そしてかすかに海のような磯の香りがする。
次に、左から二番目の扉を見る。
重厚な木製の扉に、金属の
まるで中世から出てきたかのようなその扉も年月を感じさせ、取っ手の金属は錆びている。
さらに、左から三番目の扉に視線を向ける。
ピンクに染められた木製の扉は、一見可愛らしいが大きな爪跡が残っていた。
まるで熊がひっかいたかのような激しい跡が生々しい。
時節、誰かの囁くような声が扉の先から聞こえてくる。
そして、左から四番目。一番右の扉。
それは、吐き気を催す醜悪な見た目だった。
扉を構成している素材は金属でも木造でもなく、なにかの皮と肉だ。
無理やりに、継ぎ接ぎされたかのような"それ"には血管のようなものが薄く見えており、生きているかのように脈動している。
極めつけは、扉の取っ手に当たる部分が人の手であったということだ。
一通り見た私は思う。
ああこれは夢なのだ、と。
夢ならばいずれ覚める。
そう、そのはずであった。
後ろを振り返ればそこには何もない。
石の壁で聖堂は囲まれており、出口のようなものが見当たらないのだ。
あるとすれば不気味に鎮座している女神像と、意味不明な四つの扉のみ。
夢だとしても、その扉を開けるような勇気が私にはなかった。
こういう時、物語や映画の主人公は必ずその扉を開き冒険や複雑な展開に巻き込まれていく。
あるいは...惨劇のスプラッター映画のような結末だってありうる。
...
......
..........
どれぐらい経っただろうか?
もう何時間も、この夢の中にいる気がしてきた。
念じれど覚醒する兆しはみえないし、それどころか定番の頬をつねっても痛みが走るだけなのだ。
痛みがあるとすれば現実なのかと思ってしまうと、
ドクンと心臓が跳ね上がるように鼓動を早めた。
冷静に自分を落ち着かせる。
これが、現実のはずがないのだと。
そのはずなのだが...腹は空いてきたし、喉も乾いた。
私はおもむろに女神像の前に立つ。
石像は何も言わず、何もしてはくれない。
そもそも何の宗教の神なのかも不明なのであるが...。
そして扉を再び見る。
気付けば私は、一番左の鉄の扉を開こうとしていることに気づいた。
急いで手を離す。
抗いがたい魅力。
その錆びた鉄の扉が恋焦がれた相手であったかのように、私の心を捉えて離さない。
開けてはいけないと本能が分かっているのに。
腕が、指先が、その扉の取っ手を掴む。
どうせ、夢なのだ。
そう思ったが矢先、少し扉をガチャ...っと開いた途端。
押し込まれるかのように、私の体は扉の中に吸い込まれていく。
誰かの泣き声が、聞こえたような気がした。
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