【コミックアンソロ配信中】婚約者を押し付けられた聖女、嫁ぎ先で辺境伯様からの溺愛が待っていました

三崎ちさ

第1話


「あー、姉様。私と替わってくれない?」

「ええっ?」

「ホラ、こないだ姉様ってば、コンヤクハキ? されたでしょ? だから、ちょうどいいかなーって」


 コンヤクハキ。……婚約破棄。


 双子の妹はわたしとお揃いのふわふわのくせっ毛を手で弄りながらこともなげに言った。


 ええ、この間我が国の第二王子殿下から婚約破棄だー! と言われましたとも。なんと、すでに平民の娘を孕ませていたという衝撃の事実も多くの観衆に見守られるなか自らご公表された。結果、彼は王家を追放されるなんてことになってしまった。その後のことはよく知らない。


 わたしは王家直々に謝罪を受けて莫大な慰謝料と『本来聖女は王家の決めた相手と結婚してもらう習わしだが、アリーシャ殿については特例で自由恋愛を認める! だが、もしも良い相手の紹介を求める場合には全力を持って応援をさせていただく!』という破格のご対応をいただいたばかりだ。


「私、結婚したくないのよね。ホラ、私って仕事中毒? みたいなとこあるじゃない」

「いや、あるじゃない、って言われても」


 わたしと妹はこの国の聖女だ。双子のわたしたちは容姿だけでなく、持って産まれてきた力も同等のようだった。十歳を迎えたころから『聖なる双翼』と呼ばれて活躍していた。


「結婚したら聖女としてのお勤めって今みたいにガンガンとはできないでしょ? ホラ、処女失うと力が半減するっていうし……」

「ちょ、ちょっと、はしたないわよ」

「ヘンキョーハク? と結婚して、辺境の守りと後継作りに励めって言われてるけど、私、ぶっちゃけ辺境にも行きたくないっていうか」

「……別に辺境って、必ずしも田舎って意味ではないわよ」

「私はこの王都でバリバリのワーカホリック聖女してたいっていうか?」


 妹は胸の前で手を組み、ルビーピンクの瞳を輝かせた。お得意のおねだりポーズだ。

 自由恋愛。言い換えれば、結婚が強制されない。聖女でありながら未婚が許されたとも解釈ができる。その身分が欲しいのだ、と妹はねだっているのである。


 いかに愛くるしい仕草を見せても、けして頷かないわたしを見て、妹はわざとらしく肩をすくめると、部屋の本棚に向かい、何冊か引き抜きわたしに見せつける。


「ちょ、ちょっと!」


 わたし秘蔵の、巷で大人気の虐げられてきた可哀想な女の子が貴族の令息にみそめられて溺愛される小説だ。聖女として忙しく暮らすわたしの唯一の娯楽。


「姉様、素敵な溺愛嫁に憧れてたでしょ? ホラ、だから、交換。よくない?」

「そっそれはっ、置いといて……いや、あの、それ、わたしにメリット……なくない?」


 物語のご都合主義のように必ず溺愛……大事にしてもらえるとは限らない。というか、現実は厳しいだろう。


「そう?」


 妹が小説の表紙をどんどん並べていくのを制しながら言うと、妹も「うーん」と首を捻った。


「まあ一度会ってみたら? それでもしいい人だったら姉様winしかなくなるんだしさぁ」

「……いや、あなたがひたすらwinじゃない? 都合良すぎじゃない?」

「姉様、こういうのさぁ、ホラ、Win-Winって言うんだって」


 ニヤ、と笑う妹の表情。まずわたしはしないようなちょっと意地悪げなこにくたらしい笑みだった。

 わたしと同じ日に生まれてきたくせに、この妹はわたしの数倍要領がいいし、なんというか、こう、敵わないと思わせるなにかがあるのだった。



 妹のドレスを着て、わたしは王城の庭園に訪れていた。聖女の結婚は王家が選定し、顔合わせも王城の敷地内で行われる。

 顔合わせ、とはいっても実際にはほぼ内定してしまっているのだが。


 柔らかな色のブロンドヘアー、パッチリとしたアーモンド型のルビーピンクの瞳、どこからどう見ても今日のわたしは妹・カミーラだった。……いえ、まあ、顔と髪の毛は双子なんだからいつもと一緒なんだけど。カミーラのドレスさえ着てしまえば、それだけでわたしはカミーラになれてしまう。


 わたしが案内役の王家の侍女を伴って待ち合わせのテラスに足を運んだのとほぼ同時に、妹が宛がわれた婚約者殿も訪れた。


 彼の容姿の見事さに思わずわたしはハッと息を呑む。雲ひとつない晴天、青い空に銀の髪が映えていた。


 辺境伯イグニス・ベルディグリ。濃い銀の短髪が精悍な顔つきによく似合う。しっかりとした眉と高くスッと通った鼻筋。意志の強そうな瞳はライトグリーン。有り体に言ってしまえば、美青年だった。また、辺境の地にて、魔物の侵攻防衛の要の任についているだけのことはあり、衣服を着ていても、広い肩幅と胸の厚みから鍛え上げられた肉体の持ち主であることがわかる。


 目が合って、ニコと微笑んだ様は例えようもなく爽やかだった。


(め……)


 めっ……ちゃくちゃ、好みなんですが!?


「……聖女、カミーラ殿」

「……?」


 妹の名前を呼ばれ、呆けるわたし。

 ややあって、あっ、わたしだ!? と合点して慌てて返事をする。


「は、はい」


 そう、わたしはいま、妹カミーラなのだ。双子聖女の姉アリーシャはここにはいない。


「お初にお目にかかる。私は辺境伯イグニス・ベルディグリだ。ありがたくも、王よりあなたの婚約者として御指名をいただいた」

「は、はい。初めまして。聖女の……カミーラです」


 ちなみに、平民生まれのわたしに家名はない。

 慣れないカーテシーをしたわたしの顔は真っ赤になっていた。


(ど、どうしよう。声、声もいいわ、この人……)


 低く落ち着いた声が心地よく耳朶を揺らしていた。呼ばれた名前が妹のものであるのが残念だと思うほど。


 侍女たちが場を整えてくれて、お茶を飲みながら彼とのご歓談の時間になってしまう。

 彼はとても物腰の柔らかい人だった。緊張してしどろもどろなわたしの話も静かに聞いてくれた。本当ならもう少し妹らしく振る舞うべきだったけど、そんな余裕はなかった。


 まあ、でも、わたしと妹は双子というだけあって、実は物事の考え方や主義趣向は似ていた。妹の方がサバサバしているけど、表出の違いがあるだけで、わたしと妹は大抵同じことを考えているのだった。だから、サバサバカミーラなのにこんな感じなのは慣れない異性を前に意識しまくってちょっとカッカしてるせいだからしょうがない、ということにしておこう。受け答えの内容自体にはそう問題ないはずだ。


(う、ううー! カミーラ! わたし! めちゃくちゃこの人、好みなんだけど、カミーラ!)


 好みだからこそ、困る。カミーラは信じられないほど軽いノリで「私結婚したくないから。チェンジしよ」って言っていたけど、こんなに軽々しく人生の伴侶を入れ替わりでゲットして良いのだろうか。いや、人生の伴侶を、というか最大の問題点はわたしと妹の人生がまるっと入れ替わるところにあるんだけど。


「……この婚約だが」

「は、はい……」


 わたしが脳内でうんうん悩んでいると、彼の真剣な声が急に低く響いてわたしは露骨にびくりと肩を揺らしてしまった。


「あなたが望まないのであれば、断っていただいて構わない。……ああ、いや、聖女は王家の命は断れないのだったな。もし、あなたが望まないのであれば、私のほうからそう伝えよう」

「いえ、結婚します」


 間髪いれず答えた私に、彼はライトグリーンの澄んだ瞳を一瞬見開いた。


 ――姉様、Win-Winだね! やったね!


 そんな妹の声が頭に響いてきて。


(あ、ああ〜〜〜!?)


 わたしは文字通り頭を抱えるのだった。



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全4話です、本日中に完結予定です。


コミックシーモアさんにて配信中の『一途に溺愛されて、幸せを掴み取ってみせますわ!異世界アンソロジーコミック 5巻』内に作画:此匙先生にてコミカライズ収録されておりますのでそちらもぜひ!

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