花子さんでも恋がしたい

西田河

1 邂逅

 いきなりだが、なぜ幽霊というものが現世に存在しているか知っているだろうか?


 自分を殺した相手を恨む呪いの感情か? それとも、死んでなお達成した強い目標があるからか?


 正解は…たまたまである。


 人間の思いなど1%も介入しない、正真正銘の偶然の産物…それが幽霊の正体


 人間のDNAが間違えて癌細胞を作ってしまうように、神様がうっかり回収し忘れた魂が幽霊になる。


 これが自称霊媒師のヨシばあちゃんから聞いた、「第1章 幽霊ができるまで」の内容である。小学生の僕にも分かるように、お手製の本で説明してくれたのを覚えている。


 もっと幼かった頃は幽霊というものを信じていた僕も、小学生に進級した段階でヨシばあちゃんの話を信じていなくなっていた。理由は単純、僕がこの目で幽霊を見たことが無いからである。


「自分が見たものしか信じない」 これが小学生の僕の定めたモットーであり、僕はこれからも幽霊なんて非科学的なものを認めることはないだろう。




 放課後、高校2年生にもなって友達のいない僕はさっさと帰路につく。正確に言うと1年生の時はいたのだが、クラスが別れてからは疎遠になってしまった。


 仕方ないとはいえ、少しはクラスに遊びに来てくれてもいいだろ…


 そんな他人任せなことを考えながら、下駄箱の靴を取り出していると、


 ぽむん


 左肩に柔らかい感触が伝わって来た。振り向くとそこには赤、血のように真っ赤なベレー帽がそこにはあった。そして僕はそのベレー帽の持ち主を知っていた。


 確か名前は立川鏡花きょうかだったかな? 授業中でも真っ赤なベレー帽を身に着けていて、それが先生に注意される様子もない。また常に下を向いているため、僕と一緒で友達が一人もおらず、こころの中で「赤ベレー」と呼ぶくらいには勝手に親近感を抱いていた人物であった。


 そんな赤ベレーが急に僕の左肩にぶつかって来たのは、とても驚いた。たぶん、今日も床とにらめっこしながら、玄関まで歩いてきたのだろう。


 しかし、もっと驚いていたのは赤ベレーの方だった。


 ぴょん


 ぶつかった直後に後ろ後方にジャンプした赤ベレーは目を丸くしてこちらを見ていた。前髪のせいか片目しか見えなかったが、僕は初めて赤ベレーの目を見た。


 その後は小さく「ごめんなさい…」とだけ呟き、駆け足で校舎から出ていった。


 そんな夕日の中を駆けている彼女の後姿を眺めていると、少しの罪悪感と唐突な便意で胸がいっぱいになった。




 タッタッタッタッ


 僕の階段を上る足音だけが校舎に響く。


 想定外だ。玄関近くのトイレが空いていると思ってケツの穴を調整していたのに…

 まさか全部埋まっているなんて。トイレなんて家に帰ってからゆっくりしろよ。


 スタスタスタスタ


 少しでも肛門に刺激がいかないように、歩き方を早歩きにチェンジした。歩き方を変えた理由は2階のトイレが空いていない場合、3階のトイレに行くまでの余力を残しておかなくてはいけないからだ。我ながらナイスアイディア。


 そんなことを考えていると2階のトイレに到着。トイレの扉を開けると赤、赤、白。一番奥の大便器のみ未使用であった。あとはおしりを便器に突っ込むだけだ…


 僕は左手で崩壊しかけているダムを塞き止めながら、勢いよく一番奥の扉を開け、ズボンを下ろし、便器におしりを突っ込んだ。


 ぴとっ


 僕のおしりの感触は温かく、そして柔らかかった。温かいはまだ分かる。便座が温かいトイレは安心して腰をおろせるため、僕も大好きだ。しかし、柔らかい? そんなトイレが僕の知らない間に開発されたのだろうか? それとも…


 僕は一度目を閉じ、ゆっくりと後ろを向く。後ろには何もないはずだ。鍵も開いていた。何もない。何もいないでくれ。


 そして、閉じたままの状態で後ろを向いた僕の目は…



 親指と人差し指で強制的に開かれることになった。


「あんた、私の膝の上で何してるの?」


 そこには怒りに満ちたおかっぱ頭の女の子が便座の上に座っていた。


 その日、僕と花子さんは出会った。


 そして、ダムは決壊した。

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