女子高生の怪異奇譚

風間義介

第1話 好奇心に負けて

「それじゃ、始めるよ?」

 練馬区某所にある北泉桜沢高等学校――通称、北桜沢高校の教室。

 放課後を迎え、最終下校時刻が迫りっていた。四月も半ばに入っていたため、まったく見えないというわけではないが、手元に不安を覚えるくらいの明るさしかない。

 それにも関わらず四人の女子生徒が一つの机を囲んでいる。

 彼女たちの視線の先には、一枚の紙が置かれている。五十音に鳥居と、鳥居を挟むように書かれた「はい」「いいえ」の文字。さらに鳥居の中には十円玉が一枚、置かれている。

 数十年前に巻き起こったオカルトブームの中で流行した『降霊術』、『こっくりさん』と呼ばれるもののようだ。

 どうやら、彼女たちはこの場で降霊術を試すために集まったらしい。

「準備はいい?」

「だ、大丈夫」

「うん」

「ね、ねぇ、文香ふみか……ほんとにやるの?」

 参加者の一人、黒く長い髪を伸ばした大人しそうな女子生徒が、一人の女子生徒に視線を向けながら問いかける。

 文香、と呼ばれた、首元が隠れるくらいの髪を持つ気の強そうな女子生徒は、当たり前だと言わんばかりの視線を向け。

「そのために準備したんだから、当然でしょ? 佐奈さな

「ま、まぁ、そうだけど……」

 最初こそ恐怖より好奇心が勝っていたから参加することを決めたが、いざその場に立った瞬間に恐怖心の方が勝ってしまったのか。

 それとも、もともと彼女の性格が気弱なもので、文香から強引に誘われてしまったのか、参加者の一人である菅原佐奈がここにきておびえ始めていた。

 だが、興味のあることに対し、かなりの熱を注ぐのが女子高生という人種である。

 複数人のその熱量に、たった一人が対抗できるはずもなく、強制参加させられることとなった。

 おどおどしていた佐奈も含め、その場にいた全員が十円玉に人差し指を置くと。

「せぇの……」

 文香が、参加者たちに合図を送る。                    

 その瞬間、その場にいた全員が一斉に口を開く。

『天使さま、天使さま。おいでになりますか? おいでになりましたら、お返事を下さい』

 教室に『こっくりさん』を行うときに必ず唱える呪文に似た呪文が響き渡る。

 呪文の内容から察するに、彼女たちが行おうとしている降霊術は『天使さま』らしいのだが、一度目の言葉では十円玉が動くことはなかった。

 だが、彼女たちは一度で動かないことはわかっていたのか、再び『天使さま』の呪文を口にする。

『天使さま、天使さま。おいでになりますか? おいでになりましたら、お返事を下さい』

『天使さま、天使さま。おいでになりますか? おいでになりましたら、お返事を下さい』

 十円玉が動くその時を待っているかのように、女子生徒たちは呪文を唱え続けた。

 そして――

『天使さま、天使さま。おいでになりますか? おいでになりましたら、お返事を下さい』

 四度目の呪文を唱えた時。十円玉はゆっくりと動き出し、「はい」の位置へと移動し、動きを止めた。

 それは、『天使さま』――降霊術によって呼び出された何かしらの霊がこの場所に降り立ったことを意味している。

 内心、自分たちでも本当に霊を呼ぶことができたことに興奮を覚え、叫びだしそうになった。

 だが、ここで叫ぶことは『天使さん』を行う上でルール違反。

 興奮を抑え、女子生徒たちは声をあげることなく。

「天使さま、お答えください――」

 決めた順番通り、質問を投げかけていく。

 参加する予定の野外コンサートのある日は、天候に恵まれるだろうか。

 気になるあの人に、恋人はいるのか。

 なくしてしまったお気に入りのシャーペンの場所はどこか。

 それらの質問に、十円玉は紙に記された文字を追いかけながら、答えていく。

 この場にいる、視認することのできない何者かとの交流を続けること数分。

 ついに彼女たちは事前に準備していた質問をすべて聞き終えてしまい、女子高生たちは互いの顔を見合わせる。

「ねぇ、どうする?」

「どうするって……もう質問したいこと、なくなったんだけど」

「時間も時間だし、そろそろ終わらせたほうがいい」

 これといって聞きたいことが浮かばないし、もう間もなく、最終下校時刻を告げるチャイムが鳴る頃合だ。

 こんな時間まで残っているところを巡回の教師や用務員に見つかれば、面倒なことになることは目に見えている。

 お説教されることもそうだが、そのお説教を受けていたせいで帰りが遅くなり、両親にもお説教されることになってしまうかもしれない。

 そんなことになることは避けたいと考えたのか、彼女たちは『天使さま』を終了させるための言葉を口にする。

『天使さま、天使さま。お答えいただき、ありがとうございました、どうぞ鳥居よりお帰り下さい』

 だが、彼女たちのその言葉を拒絶するように、十円玉はするすると『いいえ』の場所へと向かう。

 『天使さま』を終わらせるためには、十円玉が鳥居の位置へ戻っている必要がある。

 その鳥居が霊を呼び出し、帰還させるための門の役割をさせているためだ。

 もし、このまま鳥居に向かわず、終了させてしまえば、降ろした霊がいつまでも居座ってしまうことになり、自分たちにどんな災いを振りかけるかわかったものではない。

『天使さま、天使さま。お答えいただき、ありがとうございました、どうぞ鳥居よりお帰り下さい』

 そのため、彼女たちは何度も何度も、十円玉が鳥居の所へ行くまで呼びかけ続けた。

 だが、十円玉も負けじと『いいえ』の部分に向かったり、『い』『や』とか『た』『˝』『め』などの文字を追いかけたりして、とにかく帰還することを拒否し続けていたが。

『天使さま、天使さま。お答えいただき、ありがとうございました、どうぞ鳥居よりお帰り下さい』

 五度ほど、呼びかけただろうか。

十円玉は観念したようにするすると鳥居へと向かっていった。

根競べは女子生徒たちが勝利を収めたようだ。

 呼び出した霊がようやく帰ってくれたことに、生徒たちは安堵のため息をつき。

「せーの」

 一人の合図で、一斉に十円玉に沿えていた人差し指を離した。

「あぁ……びっくりしたぁ」

「帰ってくれないときはどうしようかと思ったよ……」

「ほんと、まじで焦ったよねぇ」

 無事に『天使さま』を終わらせた彼女たちは、興奮冷めやらぬ様子で雑談を始めた。

 だが、これで完全に終わったというわけではない。             

「それじゃ、紙は破いておくから十円玉の処分は文香がお願いね?」

「え……あれ? そういう約束だったっけ?」

「そうだよ! てか、言いだしっぺの法則があるんだから、文香が処分してよ」

「えぇ~……」

 『天使さま』を行った後、残された十円玉は三日以内に使用しなければならないし、紙は細かくちぎって処分しなければならない。

 そうしなければ、呼び出した霊の念が十円玉や紙に残ったままの状態になってしまうため、悪影響が出るとされるためだ。

 だが、ここにきてその処分を誰がするかでもめ始めてしまっている。

 怖いもの見たさ、という好奇心から『こっくりさん』に似ていると、最近、界隈で話題になっている『天使さま』の儀式に参加したはいいが、使用した十円玉や紙の処分は気味が悪いからやりたくないと考えることは、無理からぬことではあるが。

 とはいえ、自分が呼びかけて儀式を始めたことに変わりはないし、言いだしっぺであれば、最初から最後まできっちりと始末をつけることが筋というもの。

「わかった、わかったわよ。確かに、企画したのはわたしだから、わたしが最後まで始末つけるわよ」

 文香は観念したように宣言し、紙を折りたたみ、十円玉と一緒にブレザーの胸ポケットにしまった。

「さ、早く行かないと先生にばれちゃう」

「って、もうこんな時間⁈ 早く帰らないと親怒るぅ!」

「げっ! あたしもだ!」

 文香以外の参加者の女子生徒たちは慌ただしく鞄をつかみ、教室から出ていく。

「あ、ちょ! 待ってよ、薄情者どもぉ!」

 文香も一瞬遅れて、自分の鞄を手に取り、教室を出ていく。

 文香が教室を出ると廊下から響いてくる文香たちの話し声と足音が響いたが、それらも徐々に遠ざかっていき、教室は静寂に包みこまれた。

 そのはずだった。

 だが、文香たちが教室を出てから数時間後。

 警備のため巡回をしていた用務員が、文香たちが『天使さま』を行っていた教室の前を通りかかった時だった。

誰もいないはずの教室の中から、ガタリ、と物音がしたことに気づく。

「おーい。誰かいるのか?」                         

 用務員が教室のドアを開けながら声をかけるが、返ってくる声はない。

 最近は何かと物騒であることから、まさか不法侵入者がいるのではないか、と疑った用務員は、持っていた懐中電灯を教室内に向け、音の正体を確かめようとした。

 だが、教室内には誰もおらず、物音を立てたと思われる存在は何も見当たらない。

「……気のせい、か」

 教室の中に入り、確かめることはせず、用務員は教室を出て、再び校内を巡回し始めた。

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