第12話 到着
駅へと俺は少し急ぎ足で向かっていると、何やら俺と同じ目的でシャーベットのライブに向かっていそうな人たちを数人見た。
なぜそう判断出来たかと言えば、服にシャーベットのメンバーが印刷されていたからである。
俺は恥ずかしくてできないだろう。さすがに公然の場でやる勇気はわかない。
この度量の差で言えば俺は彼らに勝ることは出来ない。
俺はただの一般人の振りをしながら駅につくと、改札を潜り時間通りに来た電車に乗る。
退勤ラッシュの時間なのか非常に乗客が多く、座れそうにないことを残念に思いながら俺は手すりを掴んだ。
電車での待ち時間はとても暇を持て余してしまう。だが、今日は違う。
ライブをどのような態度で望むのかを考えなければならない。
優芽の家族ということで特別席に座れるということだったが、やはり心配だ。
変な人に俺がそこに座っているのを見られて、SNSに挙げられて炎上なんてしたら。
……でもよく考えてみれば俺はメンバーの家族なのだから炎上する意味が分からない。
家族でさえ炎上するのであればこの世のアイドルや女優の家庭は全て崩壊しているはずだ。
心配する必要なんてない。
唯一炎上する道があるとするならば、俺が葉月ちゃんや叶ちゃんに犯罪紛いのことをすることだけだが、俺がそんなことをするわけが無いのだ。
ライブ会場の最寄り駅に着いた。
やはり俺の勘は当たっていたのか、この駅で降りる人がやけに多く見える。
優芽との約束の時間である15分前だ。
案外時間に余裕があることに驚いたが、早く行って悪いことなんてないだろう。
俺は少し早めに待ち合わせ場所に向かうことにした。
歩いて2分もすればライブ会場の全貌が見え、正面入口には長蛇の列が出来ているのが見受けられる。
俺が思った以上にシャーベットは人気らしい。
あの長さの列は産まれて初めて見た。
待ち合わせ場所であるドームの裏の方へとできる限り誰にも見られないように俺は歩いていくと、ある扉が見えた。
あからさまに出演者や関係者が出入りしてそうな扉である。
時計を見れば時間まで5分。
存外ここまで来るのに時間がかかってしまった。警戒が強すぎたかもしれない。
だがおかげで俺に着いてきている人は1人もいなかった。
俺は陰キャだからか周りの視線にはすごく敏感だ。
俺が周りに誰もいないと思えば、その場には本当に誰もいないのだ。
まるで異世界ファンタジーのチート主人公の下位互換みたいな能力。
いわゆるモブだな。
俺は近くに生えていた木の影で身体を休める。
普段外を歩き回らないからか、ごく短い距離だと言うのに疲れてしまった。
体力作りでも始めてみようか。
「ふぅ」
俺は優芽にメンバーに会えないか尋ねてみるつもりだ。ダメだと言われれば、大人しく諦めようと思っているが、仮に許可を得ることが出来れば葉月ちゃんとコミュニケーションを取ってみたい。
彼女の良さに気づきたい。
優芽は既に十分な人気を手にしている。それでも努力を怠らないことは凄いと思うが、正直俺が手伝えることなんてない。
歌手でも芸能人でもないただの一般人である俺にプロのことをあーだこーだ言う権利が存在しないことは明らかだ。
ふと近くでキィーと何かが開くことが聞こえてきた。
音の鳴った方向はと視線を向けると、優芽があの扉からひょこっと顔を出して手招きをしている。
俺は軽い足取りで裏口から会場へと入場した。
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