自転車で

小日向葵

自転車で

 私と奈津美なつみは、まだ朝もやの残る山の麓を目指して自転車で走って行く。夏と言っても、まだ朝のうちは空気が冷たい。だから、まだ蝉も鳴き出してはいない。


 「それでね、額縁の中の絵から幽霊がずるりずるりと出てくるわけ」


 奈津美は、昨日買った恐怖漫画雑誌に載っていた、怖い漫画の説明を私にしてくれている。けれど、彼女が語るとまるでギャグ漫画のように聞こえるから不思議だ。


 「それで最後は探偵が……あれ、助手のほうだったかな?とにかくイケメンが絵に火をつけて、そしたら絵も幽霊も燃えちゃって、灰になって終わり」

 「なにそれ、幽霊が絵の中に帰れなくなって困る、ってオチじゃないんだね」

 「なんで怪談にそんなオチをつけなくちゃいけないのよ?」

 「だって奈津美の話し方だと、ギャグみたいなんだもん」


 未舗装のあぜ道だから、自転車がガタガタと揺れる。前籠の中て、学生鞄も飛び跳ねる。


 「うーん、あの怖さを伝えるには、あたしの言語能力では足りないか」

 「本を貸してくれればいいのに」

 「まだ全部読んでないんだもん。怖くって怖くって、夜中に妹と騒いで父ちゃんに殴られたよ」

 「あはは」


 奈津美の父親は田圃たんぼの傍らに林業もやっている、俗にいう兼業農家で腕っぷし自慢だ。だから拳骨ゲンコツもさぞかし痛かっただろう。その様子を想像すると、やはり笑いが出てくる。


 「妹はまず怖くて泣いて、その後は痛くて泣いて。もう散々」

 「夜中に怖い話なんて読むからだよ」

 「きりのいい所で止めようとは思うんだけどね?ついつい先が気になって読んじゃうんだ。読み切りのって結構長いじゃん」

 「そうね、一話で起承転結つけるから、どうしても長くなるね」

 「連載のみたいに八ページとか十六ページくらいの単位でやってくれるといいんだけどさ、六十四ページとかで大ゴマとか見開きなしだと、止め時が見つからないんだよ」

 「そういうのに限って面白いんだよね」


 怖い漫画の話なのに、それを笑いながらする奈津美はやっぱりちょっと変だと私は思うけれど、私が彼女にそれを言うことはない。というか、彼女が笑って話すお話はたいていものすごく怖い物語だから、いい判断材料なのだ。


 「あと半分で読み終わるから、明後日には智恵理ちえりにも貸したげるね」

 「今夜は怒られないように」

 「大丈夫。今晩は早く読み始めるつもり」


 くだらない話をしているうちに、私たちの通う中学校が見えてきた。あとちょっとしたら夏休み。都会の親戚が村に来る。


 ちりんちりん。奈津美が特に意味もなく自転車のベルを鳴らす。ちりんちりん、私も続く。今日も仲良く楽しく、一日頑張ろう。


 私はそう心に決めて、ペダルを強く踏み込んだ。




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自転車で 小日向葵 @tsubasa-485

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