恋ほど切ない恋はない

菊池昭仁

第1話

 「今日は秋晴れの良い天気になるでしょう。傘の心配は要りません」


 私はテレビを消し、部屋の内部を確認して家を出た。

 妻とは熟年離婚をして10年になる。独り暮らしにもすっかり慣れた。




 満員電車に揺られ、私は会社の窓際の席に着く。

 一応の肩書は部長だが、会社の役職などただの「渾名」に過ぎない。

 私は60歳の定年までの3年間、この会社で働き続けるのだ。


 最近ではそんな私を「窓際族」とも言わないらしい。

 「Window's」というそうだ。

 若い連中は実にウマいことを考える。



 「唐沢部長、おはようございます。稟議書に判子をお願いします」

 「おはよう吉田君。いいね? 今日の君のその髪型。昨日、美容室に行ったの?

 あっ、そんなこと言うとセクハラになるのかな? 失礼。あはははは」

 「別に構わないんじゃないですか? 言われた本人がそう思わなければ」


 娘の聖子と同じ歳の吉田恵がそう言って笑った。

 私は彼女の稟議書を確認し、印鑑を押した。

 月初の今日は比較的のんびりとしていた。


 携帯にLINEが届いた。中学時代の同級生、木下からだった。

 木下も東京で働いていることは知っていたが、東京で会ったことはない。




      クラス会のお知らせです

      ご出席の方はご連絡をお願い

      します




 (中学のクラス会?)


 私は暇な毎日を送っていた事もあり、出席することにした。

 私にはクラス会に出る密かな目的があった。

 そう、後藤祥子さちこに会いたいと思ったのだ。


 祥子とは小、中学校で同じクラスだったが、お互いに好意はあったものの交際までには至らなかった。

 高校は彼女は女子高へ、そして私は男子校へと進学し、彼女は地元の短大へ進学し、そして私は東京の大学を出て今の会社に就職をした。


 私は後藤のことが以前から気になっていた。

 あれから30年が経過した今、私たちはいつの間にか「熟年」になってしまっていた。

 彼女は今、どうしているのだろうか?


 私は「出席します」と、木下に返信をした。


 そして私と木下は、久しぶりに新橋の焼鳥屋で会うことになったのである。


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