最期の時間

神父猫

最期の時間

「貴方ともこれで最後ね。」

「ああ、どれだけの時を共に過しただろうか。」

「分からないわ。もう時間なんて概念が無いもの。」

「そうだな。」

空間の裂け目から、この世界に迷い込んでしまった。

出口を探し求めて、絶え間なく歩き続けた。

「覚えているかしら。遠い昔に歩く事を辞めた時があった。もう出口など無い。だから永遠の時の中で幽閉される事を受け入れるしかない。そう言って、無に溶け込んだ。だけど長くは続かなかったわ。私達は、まだ人間らしかったのよ。再度立ち上がり、歩き始めた。次第に、人間的な感情は失って、歩き続けるだけの生物となってしまった。そして遂に、辿り着いたのよ。これが私達の最期ね。」

「まだ最期ではない。これからだ。忘れていないか。いや、俺も今思い出したのだがな。この出口を抜けると戻るのは、元の世界だ。君しか観測者がいない、この永遠と思える程の時は無かった事になる。何事も無かったように、時間の流れが再開する。」

「そして、私達は出会う事は出来ない訳ね。だって、私と貴方は別の世界からここに迷い込んでしまったもの。私と貴方の罪状は一緒。殺人よ。私は、五十人。貴方は、確か五十二人だったかしら。」

「そうだ。もう顔すら覚えてないがな。だが、最後に殺した男の顔だけは覚えている。俺の親友だった男だ。彼は、知ってしまったんだ。世界の真理を。それを俺に語ってくれた。理解し、納得した。素晴らしい言葉だった。そして、何よりも正しかった。でも同時に悲しかったんだ。俺の目指していた世界とは違った。それは、変えたかった世界のその先にある景色だった。だから、その場で殺した。その時に、目の前に空間の裂け目が現れた。そして、この世界に迷い込んだ。」

「私は、最後に殺したのは女だったわ。実の母だった。本当は、殺すつもりは無かったのよ。私の住んでいた村には、儀式があったの。その儀式では、選ばれた家系が神への供えとして生贄になるの。それに、私達の家族が選ばれたのよ。だから私は、村人を全員殺すことにした。儀式までに、一家ずつ殺害したわ。勿論、家族を守る為よ。ある日、殺害現場で母と遭遇してしまったの。母は、私を見て怯えて罵倒したわ。家族を守る為に、残虐になった私を罵倒したのよ。だから殺す事にした。許せなかった。殺した後、空間の裂け目が現れた。そして、ここに辿り着いたわ。」

狂気的な殺人者の前だけに、現れる空間の裂け目。

それは、私達への罰なのだろうか。

「きっと、俺達への罰なのだろうな。恐らく、ここで歩き続けた時間は、俺達が殺した人が本来、生きるはずだった時間なのだろう。」

「そうね。私もそんな気がするわ。」

私達は、目の前にある出口から元の世界に戻っても良いのだろうか。

殺した人々は報われない。

命の数、歩き続けただけだ。

「私達は、世界に許されたのかしら。」

「きっとそうだ。許されたはずだ。君もここまで歩いて来た道を覚えているだろう。過酷だった。辛かった。一度は諦めた。それでも立ち上がった。そして、辿り着いた出口だ。俺達は、許されたんだ。」

「そうよ。私達は、もう十分償ったもの。」

解放への安心。

そして、未来への期待。

「お別れね。また何処かで逢いましょう。」

「ああ、逢えるといいな。」

出口へ、足を踏み入れた。

「どういうことかしら。」

私達は、顔を見合わせた。

「確かに出たはずだ。何故、また戻っている。」

後ろを振り返ると、二つの看板があった。

一つには、五十と一が書かれた看板。

もう一つは、五十二と一が書かれた看板だった。

「ねえ、そんなはずないわよね。まさか、ここまで歩いて来た道が一人分の命だったってことじゃないわよね。」

「どう考えてもこの数字は、殺した人数じゃないか。恐らく、そういう事だ。君は、あの道を四十九回。僕は、五十一回。歩く事になる。無理だ。こんなの冗談じゃない。」

人間的な感情を失ってしまったはずが、私達はその場に崩れて、絶望した。

「許してください。もう私、殺人なんてしません。」

「許してくれ。罪は犯さない。だからお願いだ。」

私達が殺した人々も、こんな風に命乞いをした。

許されるはずなんてなかった。

私達は、また歩き始める。

永遠と思える程のこの道を。

あと、四十九回と五十一回。

許しを乞う事も考える事も辞めた。

いや、一つだけ考える事がある。

殺して欲しい。

それだけだった。

私達は、この世界を彷徨い続ける。

殺して貰える事を願い続けながら。

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