第9話 挿話・王宮、廊下
「待てよ、兄上」
王宮の中庭に面した回廊は広々として、すれ違うのに支障はない。それでも敬意を示そうとすれば立ち止まり、時には礼をすべきだ――こと相手が王太子となれば。
アマデオ王太子が数人の護衛に囲まれてなお怯えた表情で、弟と視線も合わせず俯いたまま通り過ぎようとしても非難されるべきではなかった。
だから礼を失した声を掛けた第二王子エドアルドはそこで自制するべきだったが、兄につかつかと近寄っていく。
王太子の護衛たちが制しようとするのをにらみつけた。
「
王太子の護衛は勿論だが、エドアルドと彼が連れている護衛もまた剣を佩いている。王太子たちの持つかたちばかりの美麗な柄ではなく、実際に前線で血を吸った、使い込まれたそれが。
「……」
「退けと言っている!」
エドアルドの声は叫びという程の声量はなかったが、伴う気迫は戦地でまとうものだった。
気圧される護衛の間を縫って王太子の真正面に立つと襟首をつかみ、大理石の壁まで押していく。
「兄上は今度の出兵に反対されたそうだな。おまけに近衛も勝手に使って自分の宮殿を手厚く警備だなどと、そのような臆病者で王太子が務まるものか。さっさと明け渡せ」
「あ……あれは……」
アマデオの両手がエドアルドの胸板を押し返すようにするが、ぴくりとも動かない。
「王都の暖炉の前で数える金を持ってきたのはどこの誰だ? 各地の鎮圧は? 寒さに震える兵らが血を流している間、お前は何をしていた?」
「エドアルド、暴力は……」
「は、こんなもの、ものの数にも入らんだろう? 父上が、どれだけの俺に味方する貴族だの妾だのの屍を積み上げた上にお前の椅子を置いたものだか。さぞぐらぐらしているだろうな。
最近では父上の女遊びに反対する伯母上の病状が、いよいよ芳しくないと聞いている」
「証拠など見つかるはずが」
「そうだろうな、証拠はない。この国に無味無臭の毒など存在しない……何故父上は兄上を王太子などに……」
エドアルドはアマデオの目を覗き込む。自分よりも濃く輝く金の瞳に次第に耐えられなくなったのか、ぱっと手を放すとアマデオはずるずると床に座り込んだ。
「痴れ者らが」
吐き捨てると、エドアルドは勲章が付いた胸元のポケットをはたく。
慌ててアマデオに駆け寄る王太子の護衛に向かっての言葉でもあっただろう。
「……出兵は二か月後だ。せいぜいそこで何がなされるか見ているがいい」
冷ややかな視線と言葉だけ残し、エドアルドは自らの護衛と共に訓練場へ続く廊下を歩き始めていた。
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