第64話 幸福な人

 メイドさんに連れられた場所は、衣装部屋でした。


 そこで、純白なドレスを着ることとなります。その上、癖毛である髪まで整えてもらい、さらにはお化粧までしてくれました!


 


 次に連れていただいた場所は、天井の高い立派なホール。


 足が沈むと感じるぐらいふわふわな絨毯。


 丸いテーブルがいくつもあり、たくさんの料理たちが並んでおりました。


 まさにパーティ会場です!


 しかし、広々とした空間の中にいた人物はただ一人だけ。


「それではリッカさん、ごゆるりと」


 メイドさんはそう言って、扉を閉めました。


 この広い空間の中、ただのふたりだけとなります。


 私と、ランス様だけ。


 私は小走りでランス様の元へと向かいます。そして、カーテンシーで挨拶しました。


「お久しぶりです、ランス様!」

「あ、ああ。久しぶりだ。リッカ、凄くな」


 ランス様はとても背が高い方で、しかもすんごく足が長いのです。羨ましすぎます!


 いつもラフな格好をしておりますが、今日は軍服のようなきっちりとした衣装を着ており、少し跳ね気味な金色の髪はワイルドな感じで格好良いと思います。


「前髪、また伸びてきましたね」

「ああ――そうだな。どうしても、隠したくなってしまうんだ。本能的なものだろうな」


 そう言って、ランス様は少し恥ずかしそうに前髪を弄りました。


 ランス様の目は、珍しい赤色。それは宝石のように輝き、美しいと思います。


「勿体ないと思います。だって、凄く綺麗ですから」

「……そんなことを言うのは、リッカぐらいなものだよ」

「そうなんですか?」

「そうだ。皆、恐れる。俺の目を見るとな。アレックスだって、昔は怯えていたよ。強がってはいたがな」


 それは、凄く寂しい話だと思います。だって――。


「目を見れば分かります。ランス様が、優しい方だと言うことは」


 しばらく、ランス様は私の目を見て――小さく、笑みを浮かべました。


「俺は、この目が嫌いだった。人の、嘘が分かってしまうから。だから――前髪で視界を遮り、視線を反らした。だけど、リッカに会えて――初めて、この目で良かったと思えたんだ」

「何故ですか?」

「それは、本気でこの目を美しいと――そう、思ってくれたからだ」

「な、なるほど?」


 分かったようで、分かりません。


「……この目がなかったなら、それに気づけなかったはずだからな」


 小声でぽつりと、呟かれました。


 いつもは寡黙な方なのですが、今日はたくさんお喋りしてくれて私は凄く嬉しいです!


「それより、今日は突然すまなかった」

「え? いえいえ、そんなことないですよ」

「どうしても――会いたかったんだ」

「それは仕方がないことかと思います。だって、お嬢様は本当に美しい方ですから!」


 私の言葉に、ランス様は困ったように笑いました。


「相変わらずだな、リッカは」

「そうですかね?」

「ああ、そうだよ。リッカは――相変わらずだ」


 そう言って、ランス様は真面目な顔で――言葉もなく、私を眺めました。


 何か、大事な話があるのだと私は察します。だから、気を引き締めました。


「リッカ――お前は今、幸せか?」


 その言葉に、私は驚いてしまいました。あまりにも、予想外のことを言われましたから。


「アリーシャと婚約し、お前は今――幸せか?」


 私の口元から、笑みが溢れてしまいます。


「はい、私は世界一の幸せ者です」


 つい、そんな――傲慢なことを、口にしてしまいました。


「そうか――」


 ランス様は、笑いました。それは――。


「それなら――良かった」


 ――今まで、見たことがないくらい、幸せそうな笑みを浮かべていました。


「リッカの幸せが――俺の幸せだから」


 ランス様らしい、優しげな――そんな、微笑み。


 それを――私は、とても美しいと感じました。

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