第35話 アリーシャ①

 私は結界の中へ入る。

 その瞬間、自分の体へ纏うように結界が張られたのを理解した。

 歩くたび、足元から波紋が広がる。

 まるで、水の上でも歩いている気分だ。

 それにしても――外の音が拾えない。

 おそらく、中と外は完全な別の空間となっているのだろう。この中の音が聞こえるのは、結界を発動したシオン様だけのはず。


「お互い杖を出したら試合開始――でどうかしら? アリーシャ」

「ええ、それで全く問題ないわ」


 ツインテール女はこちらを見て、にやにやしている。正直、気味が悪い。


「私たち、昔どこかで会ったことでも?」

「多分、ないと思うわよ」


 ますます、訳が分からない。


 形の上では――まだ、クレイワース家は公爵家。


 このような態度を取られるのは初めてだ。いくら侯爵家の人間であろうとも、少し、首を捻りたくなる。


「それなら、なぜ敵意を向けるのか――理解できないのだけど」


 私の言葉に、ツインテール女は下品な感じで笑いだす。


「まぁいいわ、教えてあげる。あんたも、理由も分からず私に敗れ、恥をかかされてはあまりにも哀れだからね」


 大して興味はなかったが、私は特に口を挟むことを止めた。


「私はね、セリーネ様に憧れていたのよ」


 予想外の名前に、少しだけ驚いた。


「私は彼女に近づきたくて、魔導書を読み漁った。努力し努力して努力したわ。努力するたびに、彼女への憧れは増していった。ベルエール家は候爵家――彼女に会い、彼女の魔法を見る機会は何度もあった。私が学べば学ぶほど彼女の偉大さを理解していく。次第に、憧れの感情は別の何かへと変化していったわ。我慢できなくなった私は12歳の誕生日――セリーネ様に直接、弟子入りをお願いしたの。当然、当主の許可をちゃんと貰ってからお願いしにいったわ」

「そう、良かったわね。では、そろそろ始めましょうか」


 私は手元に魔法石を取り出すと、そこにマナを集約し杖を生成した。

 

「ま、まだこれからよ! これからが重要なとこだから!」

「……早くして」

「あんたは、人のやる気を削ぐ女ね!」

「では、試合を始めましょうか」


 私は、杖の先端を相手に向けた。


「じ、冗談に決まってんでしょ!」


 ツインテールは咳払いをすると、表情を引き締めた。


「とにかく、私はセリーネ様に弟子入りを志願した。私の魔力適性値は周りと比べてかなり高かったから、私は彼女の弟子に相応しいと自負していたわ。しかし、断られた。彼女は言ったわ――誰が相手だろうと弟子を取るつもりはないし、派閥をつくるつもりもないと」


 思っていた以上にくだらない。それなのに、相手は話に夢中となっている。私は空気中に自分の魔力を流し込んだ。


「だけどね、勘違いしないでよ。そのときの私は彼女の言葉を聞き感激した。天才らしい孤高さに痺れたぐらいよ。だけどね――その数ヶ月後、私は耳にしてしまった。セリーネ様が弟子をとったことを。しかも、私と同い年の女の子を選んだ。さらにそのあと、結婚し――その女まで、派閥へ入れた。私に言った言葉とはなんだったのか、訳が分かんなくなったわよ」

「セリーネ様が憎いから、私が憎いと?」

「そうね、憎いわ。憎いから、決めたの。あなたを打ち負かし、あなたを弟子にしたことを後悔させてやりたいとね!」


 ツインテールは手元に魔法石を取り出すと、杖を生成する。


『私は光となり世界を移動する』

 

 その瞬間、姿を消した。


 私は目を閉じて、気配を探る。


 ツインテールは私の背後に現れ、マナの流れを急速に変化させた。


 魔力を感知し、防御魔法を展開する。マナを六角形の板状にしたものを3カ所発動させた。相手の攻撃を防ぎ、後ろへと身体を向ける。


 ツインテールは杖をこちらに向け、不敵な笑みを浮かべていた。


「なるほど、この程度では倒せない訳か。小さい街に引きこもったお嬢様のわりに、よく反応したと褒めてあげるわ」


 ツインテールが使った攻撃魔法は、マナを魔力で圧縮し飛ばしただけの初歩的な魔法だ。しかし、精度は高い。一度に放った数は3発。どれも相手の急所を狙っていた。放った距離はざっと3mからであり、魔弾の秒速は約300kmといったところか。相手が魔弾を放つ瞬間の魔力の練り方からして、おそらく手を抜いている。


 ツインテール女と同じく、私も――なるほど、と感心した。


「どうやら、増長するだけの実力はあるのね」


 ツインテールは眉を顰める。


「……それ、褒め言葉のつもり?」

「好きに受け取ればいい。それはあなたの自由だから」

「言っておくけど、私は実力を――」

「分かってる。手を抜いていると言いたいんでしょ?」

「よく分かっているじゃない。そうよ、その通り。あんたはセリーネ様から師事したときに刻印を授かり、魔法を覚えた。私とは年季が違う。だから、攻撃に関しては初歩的な魔法しか使わないと決めている。この優しい私に感謝しなさいよね」

「それは私も一緒よ。こんなお遊びで、手の内を明かすほど馬鹿じゃないわ」


 ツインテールは口元を引き攣らせる。


 十分時間をかけた。彼女の頭上に漂うマナへ――私の魔力を練り込んでいる。余程意識しなければ気づかないぐらいな微小な魔力を。


「強がりを――言うな!」


 ツインテールが杖を向け、5つの魔法弾を放った瞬間、防御魔法を展開する。それとほぼ同時に、彼女の真上から微小な魔法弾を落とした。その雨粒のような害のない魔法が彼女の肩に触れて弾いたのは、私の防御魔法が攻撃を受けてから数秒も後の話だ。

 

「試合終了です」


 凛とした声とともに、周りを覆う結界が解除された。


 ツインテールは、茫然とした顔で自分の肩を眺めている。


 私はリッカの方へ顔を向けた。


 相変わらず、可愛い顔を私に向けている。


 先程までの不快な感情など、すぐに洗い流された。


 ああ、今すぐあなたに触れ――今すぐにでも、あなたを押し倒したい。

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