第6話 私はお嬢様のお側にずっといたいと思っております
私は再び笑顔の練習を行い、自分の両頬を思いっ切り叩きます。
「リッカ、まーたやってんの?」
同僚のミオさんは、私を心配してくれます。
「安心してください、ミオさん。これも全てはお嬢様のためなのですから」
「あー、そう」
ミオさんには納得していただけたのか、それ以上は何も言ってきません。どうやら、私のお嬢様への気持ちが上手く伝わったようです!
私は上機嫌で、晩の料理のお手伝いを行いました。
食卓の扉を開けますと、長方形の長いテーブルが置いてあります。奥には暖炉があり、飾り棚があります。
今日の晩餐のために席へつくのは、お嬢様と、アレックス様のお二人だけ。
旦那様や奥様がいらっしゃるときには奥の席をつかわれますが、お二人のときは入口側で向かい合わせに座ります。入口側から見て左側がアレックス様。右側がお嬢様となります。
お二人は大変仲が良く、楽しそうに談笑します。
私はお嬢様の後ろで待機をします。時々、話題を振っていただけるため、大変恐縮ではありますが、お二人の会話に入らさせて貰うときがあります。
お食事が終わり、食器を片付け、ティータイムとなります。
アレックス様は、優雅に一口だけ口にしたあと、静かにカップをお皿の上に置きます。
「ところでリッカ、ランスのことはもう、アリーシャには伝えたのかい?」
そう言われ、私は何故か背筋の凍る思いがしました。
「……お兄様、それはどう言う意味ですか?」
「やはり、まだ伝えていないようだね」
「それは――私の質問に対する回答となっておりませんが?」
「今日の朝、伝えたんだ。ランスがリッカに婚約を申し込めたい旨をね」
「そんな話、私は聞いておりませんよ。そのような話はまず、私を通してもらわねば困ります!」
お嬢様はテーブルを思いっ切り叩き、勢いよく立ち上がります。
「何故、先にアリーシャへ伝える必要があるんだい? これはリッカの話だ」
「そんなもの、決まっているじゃないですか。リッカが、私のものだからです!」
「前にも言ったが、リッカを物扱いしてはいけないよ」
「そんな言い方はしないでと、前に言ったはずです。私は誰よりも、リッカを大切に想っているんですから」
「それなら、リッカのことを第一に考えるべきだよ。アリーシャは、彼女を飼い殺しにするつもりかい?」
「お兄様は古いんですよ。男の元に嫁ぐことが女の幸せだと勘違いをなされている。心配なさらなくても、私が必ずリッカを幸せにしてみせます。いや――違いますね。私にしか、リッカを幸せにすることができないんです」
「それは、アリーシャの思い込みなのではないだろうか。それは本当にリッカが望んだことなのかい?」
「そんなの、当然です」
「リッカには、ちゃんと聞いたのかい? リッカの口からちゃんと言葉にさせたわけではないのなら、それはただの思い込みだよ」
「違っ――」
「何が違うんだい? アリーシャはただ、リッカの優しさに甘えているだけだよ」
「違う――」
「アリーシャより、ランスの方がよほどリッカのことを大切に想っているし、ランスの方がリッカのことを幸せにできると――僕は、そう思うけどね」
「違う!」
お嬢様は私の方へ振り向くと、私の腕を掴みました。
「アリーシャ」
アレックス様の咎めるような声を聞いても、お嬢様は振り向こうとはしません。
「何度だって言います。リッカを幸せにできるのは私だけですから」
そう言って、お嬢様は私の手を引いて食卓から出て行きます。
お嬢様は無言のまま――廊下を早足で歩きます。私の手を引いたまま。
「お、お嬢様、私――まだ、仕事が残っているのですが」
私の言葉に、反応していただけません。
お嬢様のお部屋にふたりで入ります。
魔法の詠唱が耳に聞こえます。本当に、美しい声です。つい、うっとりとしている間に、部屋が明かりで灯されました。
部屋の奥に天蓋付きのベットがあります。とても大きく、5人でものびのびと寝ることができる広さです。
その前で、お嬢様は足を止めます。
そして私の両肩を掴み、私と向かい合い、私を見つめます。
あまりにもお美しすぎて、私の胸が高鳴ってしまいます。
「リッカ、あなたはランスのことが好きなの? 一緒になりたいの?」
お嬢様の指が思いのほか強く、かなり食い込んできます。少々、痛みを感じるのですが、お嬢様の目がなんだか怖くて、言い出せる空気ではありません。
「リッカ?」
私を見て、お嬢様は訝しむような表情をします。
「そ、そんなことはありません」
私は何とか、声を出します。情けないことに、ちょっと震えてしまいました。
「本当に?」
「ほ、本当です」
私がそう言うと、指の力が弱まり、お嬢様の目も――何処か落ち着いた気がします。
「――そう、良かったわ。本当に良かった」
そう言って、お嬢様は私の頬に細く長い綺麗な指を滑らせます。何だかこそばゆく、背筋がぞわぞわとします。
「でもね、リッカ。例えあなたが、ランスの元へ嫁ぎたいと言っても、私はそれを絶対に認めないわ。それは、相手が誰であってもよ」
「それはどう言う――」
「つまり、私はあなたを手放す気がないということ。それは、永遠に――」
私はずっと、お嬢様のお側にいたいと思っておりました。ですので、そのお言葉は私が望んだこと――なのですが、何故か背筋がゾクゾクとしました。何だか、怖いことを言われた気がします。ですが、きっと気の所為だと思います。お嬢様は、天使のような方なのですから。
「それにしても、お嬢様はもうお休みになるのですか?」
「そうね、長い夜になるわ」
どう言う意味なのでしょうか?
「そうですか、それではそろそろおいとまさせていただきますね」
「何を言ってるの、リッカ。あなたも一緒に寝るのよ」
「え?」
理解できずに、私は瞼をまばたきします。
お嬢様は私を見て、笑います。
何故か――再び、背筋がゾクゾクとしました。
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