第4話 私がお嬢様を嫌うなんてありえませんから!

「失礼します」


 私は気持ちを切り替えたあと、お嬢様の部屋に入ります。


 お嬢様は机に向かって、お勉強をされています。


 それは、いつもの風景。


 学園が休みのときでも、長い時間――机に向かわれて頑張っているそのお姿が、私はとても大好きです。


「それではお嬢様、お部屋のお掃除をさせていただきますね」

「ええ、お願いするわ」


 私は部屋の掃除を始めました。


 余計なことを考えないようにし、無心で仕事をしていますと――後ろに、お嬢様がいることに気付くのが遅れてしまいました。


 私は作業を止め、お嬢様の方に振り向きます。


 水色の――上品なワンピースドレス。


 本当に、お嬢様は何を着てもお似合いです。


「どうかされましたか?」


 お嬢様は、じっと私の方を眺めてきます。


「……リッカ、私に隠し事してない?」

「え!?」


 ランス様のことが思い浮かびましたが、私はすぐにそれを打ち消しました。あの方のことは、お嬢様にはまったく関係がありません。私自身の問題です。それなのに、そのことについてお嬢様を煩わしたくはありません。

 だってお嬢様は、こんど入学する学園でも一番を目指して頑張っているのですから。


「そ、そんなことはありませんよ」


 私は疑われないよう、笑顔を作ります。


 お嬢様は目を細め、無言で私を眺め続けます。


 圧が強く、冷や汗が流れてきました。笑顔が崩れてしまいそうです!


「な、何故、そのように思われるのですか?」

「……だって、いつもは私に構ってくるじゃない――今日みたいに、ただ淡々と仕事をするリッカなんて見たことないから。なんだか、冷たいなって――そう、思ったのよ」


 お嬢様はむくれたように、頬を膨らまします。


「す、すみません。そのようなつもりはなかったのですが」

「では、どう言うつもりなの?」

「それは、余計な事を考えないようにしていただけであって、他意はないです」

「やっぱり、何かあったんじゃない」

「あ! ひ、引っ掛けですね、お嬢様! 卑怯ですよ!」

「そんなつもりは一切なかったわ。リッカが単純なだけ」


 ぐぬぬぬぬー。


「リッカ、私には教えてくれないの?」


 お嬢様が、悲しげな顔をなさります!


「ほ、本当に大したことではないですから」

「どんな些細なことでも、リッカのことなら――私は知りたいの」


 お嬢様は、真剣な目で――私を見つめてきます。


 私は、胸の内にあるもの全てを、吐き出したい衝動に襲われます。


 ランス様からのプロポーズ? の件は、私の中ではかなりおおごとですが、お嬢様にとっては些細なことです。そのため、お話ししても、特に問題はないのかもしれません。

 

 しかし、私は何故か――その話を、お嬢様にはしたくないのです。


 それは、何故か。

 

 その話をして――私がランス様の元へ嫁ぐことを、お嬢様に賛成されることが怖いのかもしれません。


 そうなれば、私はこのお屋敷からでていくことになりますから。


「リッカ」


 お嬢様は私の肩に手を置き、私を心配そうに見ています。


 どうやら私は――物思いにふけってしまっていたようです。お嬢様を心配させてしまうとは、つくづくメイド失格です。


「お嬢様、本当に大したことではないのです。だから、心配そうな顔はなさらないでください」


 私は心配をかけないよう、精一杯の笑顔を作ります。


「リッカ」


 お嬢様は再び、私の名前を呼ぶと――私の頬に触れます。


 咄嗟のことで、身が固くなってしまいました。


 しかし、その手はすぐに私から離れます。


「――昨日、私があなたの額にキスをしたからではないのよね?」

「え?」


 予想外の言葉が出てきたため、私は驚いてしまいます。


「何故そう思われたのですか?」

「あれから、何度も考えてはいたのよ? もしかしたら、リッカはあの行為が嫌だったんじゃないかって」


 お嬢様の言葉に、私はますます驚いてしまいます。


「朝の挨拶のときはいつものリッカだったから安心していたけど、さっきは全然、私の方を見てくれないから――嫌われたのかと思って、私は――」

「そんなことはありえません! 私がお嬢様を嫌うことなんて絶対にありえませんから!」

「本当に?」

「本当です!」

「では、もう一度してもいいの?」

「え?」

「やっぱり、嫌なの?」

「そんなことはありませんから!」

「じゃあ、いいのね」


 そう――なるのでしょうか?


 頭がこんがらがってしまい、訳がわからなくなってきました。


「リッカ」


 お嬢様が私の名前を呼びます。


 その声が好きです。


 その喋り方も。


 お嬢様に名前を呼ばれるたび、私の心は満たされます。


「目を閉じて」


 私は条件反射で目を閉じてしまいます。


 私の前髪が流れ、私の額にお嬢様の吐く息が触れます。


 そして――お嬢様の柔らかい唇の感触。


 それが離れた瞬間――急に抱きしめられ、目を開けてしまいます。


 お嬢様は私を強く、強く抱きしめています。


「お、お嬢様?」


 私の言葉で、お嬢様は驚きの速さで私から離れます。


「ご、ごめん。ここまでするつもりはなかったのだけど」

「い、いえ、お気になさらないでください」


 数年ぶりの抱擁は――懐かしいというよりは、初めての感覚。


 お嬢様は真っ赤にしたお顔を私から逸らしました。


「仕事の続き――してくれればいいから」


 そう言って、お嬢様は机へと戻り、お勉強の時間へとお戻りになります。


 私は急いで仕事を終わらせると、再び逃げるようにして――お嬢様のお部屋から出ていくこととなりました。

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