想い人が母親の連れて来た再婚相手とその息子と一緒に暮らすことになったので、阻止しようとしたら俺だった

穂村大樹(ほむら だいじゅ)

第1話

「私、同い年のお兄ちゃんができるみたいなんだよね」


 夜景の見渡せる公園に二つだけ設置されている切り株の椅子に俺、白原しろはらみおと並んで座っている同じクラスの女の子、葉山はやま蒼衣あおいは『昨日のドラマ面白かったよね』という会話と同じ温度感で信じ難い事実を告げてきた。


 最初は冗談で俺を揶揄おうとしているのかとも思ったが、晩御飯を食べ終わった後でわざわざ俺をこの公園に呼び出したという状況を考えても、蒼衣の話が冗談だったり嘘だったりするとは考えられない。


 内心過呼吸になりそうなほど焦っているが、その焦りに気付かれるわけにはいかない。

 焦りを必死に隠しながらできる限り平静を装い蒼衣に質問してみた。


「同い年の兄ちゃんができるってことは、蒼衣の母さんが再婚相手を連れてきて、その再婚相手に息子がいたって話か?」


 蒼衣の父さんは蒼衣が小さい頃に亡くなっており、蒼衣の母さんが再婚相手を連れてくるのは不思議なことではない。

 その再婚相手の連れ子が娘ではなく息子であることは、俺にとってあまりにも最悪なのだが。


「流石澪君、鋭いね。その通り。ママが連れてきた再婚相手に息子さんがいるらしくて、再婚相手とその息子さんと一緒に暮らさないといけないの」


「一緒に暮らす⁉︎」


 蒼衣に俺の焦りを悟られないよう勤めてはいたが、蒼衣が同い年の男子と一緒に暮らすという普通なら天地がひっくり返ってもありえない話に、俺は動揺を隠すことができなかった。


 夜景が見みえる公園でする話といえば、告白とかプロポーズとかロマンチックな内容であるべきなのに、なぜ俺は今にも吸い込まれてしまいそうなほど美しい夜景を見ながら地獄に突き落とされているのだろう。


 ただ蒼衣の母さんの再婚相手に連れ子がいて、そいつが蒼衣の兄になるってだけならまだ我慢できたが、一緒に暮らすなんて現実にあり得る話なのかよ……。


 それが事実だとするならば、娘である蒼衣に対する配慮が欠けすぎている。

 あと俺みたいな人間に対しての配慮も欠けているし……。


「そっ。一緒に暮らすの」


 女子高生が急に見知らぬ男子高校生と暮らしを共にするとなれば、『そんなの絶対に嫌だ!』と家を飛び出し一人暮らしを始めてもおかしくはない。

 それなのに蒼衣はいたって冷静で、もう再婚相手とその息子と一緒に暮らす覚悟を決めているように見える。


 男子の立場からすれば同い年の女子と一緒に暮らすのはご褒美でしかないだろうが、女子である蒼衣からしてみれば男子と一緒に暮らせば様々な問題が出てくるのは目に見えているのに、なぜ覚悟を決めることができているのだろうか。


「なっ、なんでそんなに冷静なんだよ。同い年の男子と一緒に暮らすなんて嫌じゃないのか?」


「……どう? 私、嫌がってるように見える?」


 嫌なら嫌、嫌ではないなら嫌ではないと答えればいいだけなのに、俺に問いかけるような真似をしてきた蒼衣の真意がわからない。

 普段の蒼衣は元気があってふざけた部分もあるが、実は論理的な思考を持ち合わせた人間で、理由もなく無駄な質問はしてこないはずなのだが。


 焦っていないフリをしているのは俺だけではないということなのだろうか。


「……いや、見えないけど」


「ふーん。そっか」


 いや、なんの意味があるのかわからない質問をしてきておいて、『そっか』って、なんだその相槌程度の返答は。

 こちらに球を投げてきたからには、投げ返された球をしっかりキャッチして投げ返してもらわないと困る。


 蒼衣の様子から察するに、蒼衣は再婚相手の息子と一緒に暮らすことを拒否もしていなければ歓迎もしていない。


 歓迎していない理由はわかる。


 年頃の女子が同い年の男子と一緒に暮らすとなれば、下着を干したりとか着替えをしたりとかお風呂に入ったりとか問題は山積みだろうから。


 俺がわからないのは、『なぜ蒼衣は再婚相手とその息子と一緒に暮らすことを拒否していないのか』だ。


 再婚相手の息子がどんな奴かわからないんだぞ?


 ラブコメみたいに最終回直前になるまで全く手を出さないような草食系男子ならまだいいが、その真逆ですぐに手を出す肉食系男子の可能性だってある。


 肉食系男子だった場合、蒼衣の魅力に抗えず理性を失い無理やりにでも蒼衣を襲って自らの欲を満たそうとするかもしれない。

 いや、肉食系男子ではなかったとしても、蒼衣の黒く艶のあるロングヘアに、赤子のように滑らかな肌、少しだけ主張している胸やお尻、そして枝木のように細い四肢、そのどれもが男子たちの琴線に触れ、性欲という醜い欲望を手懐けることはできないだろう。


 賢い蒼衣は自らにそれだけの魅力があることを理解しているはずなのに、なぜ拒否感を示さないのだろうか。


「いやどっちなんだよ。嫌がってるのか嫌じゃないのか」


「んーまあそりゃ嫌だよね。流石に好きでもない同い年の男子と一緒に暮らすなんて勘弁って感じ」


「じゃあなんで覚悟--いや、諦めたみたいな雰囲気出してるんだよ。必死になって母さんに嫌だって伝えるべきなんじゃないのか?」


 先程は蒼衣が再婚相手とその息子と暮らすことについて覚悟を決めたように見えていたが、それは俺の勘違いだった。

 蒼衣は覚悟を決めたのではなく、ただ全てを諦め自暴自棄になっているだけなのだ。


 今蒼衣がやらなければならないことは、諦めて自暴自棄になることではなく、再婚相手とその息子と暮らすことにならないよう抗うことのはずなのに。


「……言いたいよ。そりゃ私だってママの気持ちを考えなくていいなら『再婚相手とその息子とは絶対一緒に暮らしたくない』って喚くよ」


「じゃあなんで言わないんだよ」


「言えないよ。あんなに幸せそうなママ見てたら、『一緒に暮らしたくない』だなんて言えるわけないじゃん……」


 蒼衣とは小学校からの付き合いで、蒼衣の家の事情は一通り知っている。


 蒼衣の母さんはいわゆる男運の悪い女性で、旦那と死別してから数人の男性とお付き合いがあったものの、男性側の問題で一度も上手くいっていない。


 それがいつもと違い今回の相手とは結婚まで話が進むほど上手くいったのだから、それを蒼衣が拒否して破談にさせるわけにはいかないと考えているのだろう。


 蒼衣だけが別の家で暮らすという手段も無いわけではないが、そうなると蒼衣の母さんが寂しい思いをするかもしれないし、最悪の場合『それなら結婚しない』と言い出す可能性もある。


 そう考えると、蒼衣が母さんに向かって安易に『再婚相手とその息子とは一緒に暮らしたくない』と言い出せない気持ちも理解できた。


 それを理解した上で、お節介でウザイ奴と思われるかもしれないと思いながらも俺は蒼衣に尋ねた。


「蒼衣の母さんには幸せになる権利があると思うけどさ、それで蒼衣が不幸になってたらなんの意味も無いんじゃないか?」


 蒼衣の母さんには確かに幸せになる権利があると思う。

 しかし、だからと言って蒼衣が不幸になるべきではない。


「まあそれはそうなんだけど……」


「そう思うなら足掻けよ。別に蒼衣だけ別の家で暮らすって手もあるだろ?」


「……澪君はさ、どうなの?」


「どうって何が?」


「私が再婚相手の息子と一緒に暮らすの、嫌じゃないの?」


 蒼衣は先程の質問と同様に、その真意が全くわからない質問を投げかけてきた。




※この作品は第3回こえけんコンテスト参加作品です。よろしければ星やフォロー、ハートで応援していただければ幸いです‼︎

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る