第31話 進軍、森の中へ

 私達が街を離れて数日が経過した。

 エレキス部隊は他部隊とは少しだけ異なったルートで進軍している。


 このルートは主に偵察等の小部隊用として使用され、大部隊での進軍では使われていない。それだけ不便な道だから移動スピードは落ちるし、時には下馬する必要もあった。

 しかし、私達は比較的小規模な部隊だから移動は不可能ではない。そして、だからこそ相手の裏をかくのに最適だと言える。


「予定通りならブーレイ将軍とディモス将軍が要塞に到着する頃ですね」


 ほぼ同時に出撃しているからこれは純粋に移動速度の違い。ただ、それを見越しての作戦だから問題はない。予定通りに進んでいる。


「そうだね。まぁ、向こうは相手の関心を引くのが目的だからね。心配する事は無いよ」


「ブーレイ将軍の所は心配しないんですが……」


「いや、ディモス将軍は優秀な軍人だよ。貴族軍人の中では、ね」


「はぁ……」


 その言い方に私は困ってしまう。というか、その微妙な評価にどう答えたら良いのだろう。これはとても重要な要素なのに。


 私の表情を見てコーネル様は軽く笑いながら話を続ける。


「大丈夫だよセラ。相手が要塞から全軍出撃したら話は変わるけど、わざわざ地理的有利を放棄するとは思えないしね」


 そう。今回の二人の任務は左右の要塞を引きつける事。部隊の合流や連携をさせない事だ。

 だから、増援が来るまでに膠着を破って全面衝突するのは厳禁だ。それで後退や大敗でもしたら作戦が台無しになってしまう。


「引きつけつつ、エレキス部隊や第三攻撃部隊の存在を勘繰られないようにしないといけない。これは演技力が試されますね」


「なるほど演技力ねぇ……。それなら心配ないよ。ブーレイ将軍の老練さは伊達じゃない」


 私達の軍歴はブーレイ将軍には遠く及ばないし、あらゆる場所、あらゆる状況で戦ってきている。それこそ「歩く軍事百科事典」の腕の見せ所なんだろう。


「あとは主力の中央要塞がどう出てくるか……」


「そうだね。中央の動き方次第で僕達の行動も決まる。いずれにせよこの戦いがどうなるかは僕達次第だと思ってるよ」


 そう。ユーバァ将軍とディモス将軍は気づいているかわからないけど、今回私達の存在はかなり大きい。

 確かに私達エレキス部隊は双方の中で一番兵力が少ない。しかし、だからこそ出来る事がある。それを証明するのが今回の任務だと言えよう。


「如何に相手を混乱させるか、ですね」


「うん。普通に戦ったら勝てないし、持久戦に持ち込まれたらこちらが圧倒的に不利だからね。短期決戦だよ」


 先行してる2人は通常通りの戦闘を行い、ユーバァ将軍は1万の大軍勢で一気に突撃をかけて相手を蹂躙。そして私達は機動力と柔軟さで相手を翻弄して戦いの主導権を握る。


 それが今回の戦術コンセプト。しかし、実際にどうなるかはわからない。それは予定外の事が起こったらすぐに頓挫する程度のモノだから。


「本音を言えば、今回は要塞の威力偵察で留めて即座に撤退したいね」


 それが最善だとコーネル様は言う。確かに要塞の情報が不足しているから偵察は必要だ。そして、それが一番お互いの被害が抑えられる。


 無駄な血は流さない。その為に最初にすべき事は外交や戦略を固める事なのに……


「勝つにせよ負けるにせよ、この戦いの終わらせ方が大事ですね」


「うん。それが一番重要で、一番難しい。その決定権を持っているのはおそらく”彼”だからね」


 彼とは言わずと知れた、この要塞攻略作戦を提案した男の事だ。

 そして、勝つにせよ負けるにせよ。とは言ったものの私達の中では答えはほぼ決まっている。

 更に不幸な事に、ユーバァ将軍率いる第三攻撃部隊は編成されてから一度も負けた事が無い。少なくとも本人はそう自負している。


『どれだけ味方が損害を出そうとも、退却さえしなければ負けではないわ!』


 副官時代に何度も聞かされた忌々しい台詞。

 たとえ一人でも戦場で立っていればそれで良い。という恐ろしい思想を持っている。そして、その一人は俺だと信じて疑わない。その自信はどこから来るのだろう。


「そうですね……」


 向こうにいた半年間の記憶が呼び起こされて表情が曇ってしまう。

 正直、どういう戦況になったら撤退を選択するのか予想出来ない。一歩間違えたら全滅覚悟で特攻までしかねない。


「でもね、セラ。僕達はユーバァ将軍に撤退の判断を促せる存在にもなりえる。上手くしたら僕達が決定する事すら出来るんだ。それを忘れないでね」


 そっか。そこまでは考えていなかった。私達の存在が大きいという事は、戦いの鍵になる可能性もあるんだ。


「だからこそ、僕らは頑張らないと」


 そう言いながらコーネル様は微笑む。その微笑みの中に強い意志を感じる。

 これは楽観的な考えでも理想論でもない。私達が実際に起こさないといけない事だ。と私に向けて告げている。


「……はいっ!」


 私はコーネル様の意志と覚悟を受け取った。それを示すようにハッキリと答える。

 これは私達の今回の真のミッション。使命なんだと。


『このくだらない戦争を終わらせよう。共に戦い、平和な世界を取り戻そう』

「僕たち2人で」

「私たち2人で」


 私達は申し合わせたかのように同じ言葉を口にする。

 それは、今回の勝敗の先にある二人の約束。だから私達は死ぬ訳にはいかない。皆を死なせるわけにはいかない。

 それを心に刻みながら私達はゆっくりと、そして確実に決戦の地へ向かう。



――そして、運命の夜がやってきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る