第25話 世界をつなぐ歌

 * * * 


「で、セラ姉さんはそのまま逃げ帰ってきたんですか!?」


「ちょっとラオ君、人聞きの悪い事いわないでよね。一応予定通りの時間に戻ってきたんだから」


 あれから私達は、部隊に戻ってひと休みしている。その時間を使ってラオ君を指令室に呼ぶ事にした。 

 私達は作戦会議で決まった事の詳細を煮詰める必要があり、その為にラオ君の現状をしる必要があるからだ。


「オレが止めないとまだ続けそうだったがな」


 しかし、本題には入れず雑談は続いている。

 おそらく私達は、今の気分を晴らしたかったのだと思う。


「まったく。セラの護衛を頼んだ奴がどうしてわざわざ波風を立てるかね。爺さんからも怒られただろ」


「ごめんアドラー。僕の事ならまだしも、セラの事を悪く言われた事にカチンと来ちゃったよ」


 そう言いながら、コーネル様は恥ずかしそうに笑う。これは言った事自体は悪くないと思ってる顔だ。


「……はぁっ」


「しかしですね、セラ姉さん。コーネル様が怒ってくれた事が嬉しかったんじゃないですか?」


「うーん。嫌ではなかったけど……」


 そう言いながらチラッとコーネル様の顔を見ると、コーネル様は満面の笑みを私に返してくる。それを見て顔が熱くなるのを感じた。

 

「……それでも、皆に向けて大言を吐きすぎです! 私の本当の実力を知る事になるなんて宣言されたら、溜まったもんじゃないです。そもそも私は副官なんですよ!?」


「えっ? 僕は今回の作戦について、セラを副官だと思っていないよ? そもそも、今回の僕の目的は、セラの評価を上げる事なんだから」


「……はいっ?」


 私の頭の中が一瞬真っ白になった。

 しかし、それに構わずコーネル様の話は続く。

 

「そもそも、今回の作戦は立案の時点からとても酷いものだ。大義もなく、無駄に双方の命が失われる事になるだろう」


「はい」


「勝率は低く、仮に勝つ事が出来て要塞を陥落させたとしても、政治的な混乱が起きてお互いの国が疲弊する事になる」


「そうですね」


「だから、僕は今回の作戦にポジティブな要素は見いだせない。でも、視点を変えたら一つだけあるんだよ。とても大事なモノが」


「……」


「それはこの作戦でセラを活躍させて知名度を上げる事。これを将来への足掛かりにする事だよ」


「そこです! 何でそうなるんですか!?」


 私は思わずツッコミを入れる。


「僕はね? セラが将来、国を背負うような偉大な人になる事を信じている。いや確信しているんだよ。なら僕がすべき事は一つ。セラをバックアップする事だ」


「……」


 この表情は嘘をついていない。目の前の人は心の底からそう思っている。

 まったく、この人の中で私はどういう存在になっているのだろう。むしろ私はコーネル様の方が……


「いえ、むしろ私はコーネル様こそが国を背負うべき方だと確信しています。コーネル様は血統があり能力もとても高く、そして人を良い方向へ導く事が出来る人です」



――だから、私はコーネル様の側で力になりたい



 そう言うと、コーネル様は困ったような、そして少しだけ悲しそうな表情を見せる。


「……うん。そうだね。戦術や戦略の能力は僕の方が高いと思う。でも、それは現時点での話。経験ですぐに逆転されるレベルだよ」


 そもそも模擬戦術戦で僕に勝ったじゃないか。とコーネル様は笑いながら言うけれど、戦力を一部温存してたからだ。


「それにね。セラは僕に圧倒的に勝っている所があるよ」


「えっ? それは……」


 そう言われても思いあたる所は一つもない。一体どこなのだろう。

 

「うん。それはすぐにわかると思うよ」


 コーネル様は私の困惑した表情を見ながら柔らかい笑顔を見せる。

 この流れは答えを言うつもりはなさそうだ。まったく困った人だ。


「そうだな」

「そうですね」


 アドラーさんとラオ君も同様に笑う。

 

 まったく。困った人達だ。


 * * *


「さて。その為にも僕たちは頑張らないといけないけど、ラオの方の準備はどうかな?」


「ミトちゃんの方ですか? はいっ大丈夫です! みんなの為に精一杯頑張ると言ってます!」


「そうか、それは良かった」


「なら、作戦に組み込んでも良いかもしれないね」


 コーネル様とアドラーさんはラオ君の答えを聞いて安心したみたいだけど、私は逆に不安になった


「ちょっと待ってラオ君。ミトちゃんは”精一杯頑張る”と言ったのね?」


「はい。そうですが、どうかしましたか?」


「そう……」


 クリスタルの持つ力について私達は何もわかっていない。その原理も、その力の源も。


 しかし、それは精一杯頑張って出すモノであるらしい。なら、力を出した後は疲れるのかもしれない。もしかしたらそれ以上の事が起こるのかもしれない。


「ねぇ、ラオ君」


「はい」


「ミトちゃんに聞いてみて? 力を出しても身体は大丈夫なのか。そしてありがとうとも伝えて欲しい。お礼として私達に出来る事は無いかとも」


「は、はい」


 ラオ君は持ってきていた宝石箱を開けて直接クリスタルを握り、ゆっくり目を閉じて瞑想を始めた。


 そう。この青いクリスタルはアイテムじゃないし当然兵器でもない。生きているのだから、そしてラオ君の友達なのだから。

 なら、私達はこのクリスタルに寄り添わないといけない。お礼やご褒美を与えないといけない。


 しばしの空白の時間が流れる。


「……うん。わかったよミトちゃん。セラ姉さんに聞いてみるね?」


 ラオ君はゆっくりと目を開き、私に向かって言った。


「ミトちゃんはセラ姉さんに歌を歌ってほしいみたいです」


「う、歌!?」


 予想外の答えに私達は思わず変な声を出してしまう。


「はい。ミトちゃん達は歌が大好きで、それが力の源になるみたいです」


「……」


「そして『優しい言葉をありがとう。あなたの為にもがんばります』ですって」


 ……まいった。こんな展開になるとは思わなかった。

 歌う事自体は嫌いじゃないけど恥ずかしいし、上手い下手は全くの別問題なんだ。


 でも、ミトちゃんがそう言うのなら、それが力になるのなら。


「そっか。わかったわ。なら、私が一番好きな歌を歌うね」


 私はそう言って、心の準備をしようとした。


「……その前にっ! あなた達は出てってくださいっ!」


 視界の端に映る二人の邪魔者を排除するのが先だ。

 特に私が歌いだすのを瞳を輝かせて待っている人が厄介過ぎる。


「いいじゃないか。僕もセラの歌を聞きたいんだ! 頼むよセラ! お願いだ!」


 今まで見た事ない程の、必死な形相で食い下がるコーネル様達を追い出した後、私は心を落ち着かせてゆっくりと歌いはじめる。


 子守唄のような優しい歌を。

 この小さくて不思議なクリスタルに。


 その私の歌に合わせて、青いクリスタルは優しく光りだす。

 ここまでハッキリ光るミトちゃんは初めて見た。凄く綺麗だ。


 これはミトちゃんの心の色なんだろうな。

 根拠はないけれど、私はそうとしか思えなかった。


 緩やかな時間が過ぎていく。私は心から思う。



――この時がずっと続けばいいのに



 しかし、その願いは叶わない。

 私達はもうすぐ戦いに赴くのだから。


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