第18話 コーネル・V・レイバック・1

――そして1週間後、スケジュール通りに補充部隊が到着した。



「まったく、コーネル将軍もお人が悪い。急遽ここに連れてこられるとは思わなかったですよ」


「わざわざ首都からご苦労様。今回の文句はユーバァ将軍に言ってほしいね」


「わかってますよ。それではコーネル将軍が留守の間、この基地を好きに使わせていただきます」


「ああ、頼むよ。ここにある僕の秘蔵酒は残してある。好きに飲んでくれ」


「ありがとうございます!」


 そう軽口を叩きながら、補充部隊長とコーネル様は固い握手を交わす。話を聞いたら古い友人との事だ。

 うん。この部隊長ならエレキス基地は大丈夫だ。安心して基地を任せる事が出来る。


 更にアテラス本部長の主導で、任務の引継ぎや部隊再配置の方法も概ね決まっている。

 先行して本部長が来てくれて本当に良かった。だから私達は自分たちの事に専念が出来る。


 補充部隊が到着した事が隣国に気づかれている可能性がある以上、私達もすぐ出陣しないといけない。

 この補充が純粋な戦力増強だと思われた挙句、敵軍もそれに合わせて戦力を増強される事を避ける為だ。


 ここはなるべく平和であってほしい。

 私達は心からそう思っている。


 * * *


「よし、これも3番に詰め込んでくれ!」


 コーネル様から離れて外に出ると、アドラーさんの張り上げた声が聞こえてきた。


 補充部隊が持って来てくれた遠征用の物資を荷馬車に詰め込む作業が始まったみたい。

 本来は一旦全軍が集結する街で行うのが慣例だけど、遅れて合流する事によるトラブル、ハッキリ言えば嫌がらせが無いとも限らない。

 それよりは兵站関係はここで出来る事はしておきたい。何しろ後方支援のエキスパートが2人もいるのだ。


「おーいたいた。副官さん!」


「ファン整備長。どうしました?」


「ちょっと来てくれ!」


 整備長は私の手を強引に引っ張ってどこかに連れて行こうとする。


「ちょ、ちょっとっ……!」


 * * *


 連れてこられたのは荷馬車4番の前。そこには、整備室から運び出されたらしい見た事の無い兵器が置かれていた。

 コンパクトに纏められた弓が連結されて1つの車輪付き台に設置されている。


「これは俺から副官さんへの贈り物だ。是非使ってくれ!」


 そう言いながら、運用方法が書かれた紙を私に渡す。


「……三十連装弓矢台?」


「おうっ! 小さいサイズながら同時に30もの弓が斉射される俺の自信作だ!」


 発明好きな整備長は、またとんでもない物を作ってしまったようだ。


「移動性を重視して軽量コンパクトにした分、射程や威力は落ちるが見た目は凄いぞ! 少なくとも相手の足を止める事は出来る!」


 なるほど。機動力で相手を翻弄する戦術が好きな私に向いている兵器だ。そこまで見越してコレを発明したのなら、とても嬉しい。


「……はい! この大きさなら十分入れられますし、使い方も兵士に教えられそうです。是非使わせてください!」


「流石、副官さんだ。話がわかる! これで断られたら本部長さんに怒鳴られ損だった所だぞ……!」


「は、ははっ……」


 思わず失笑してしまう。やっぱりアテラス本部長に怒られていた。いくら廃棄予定のモノを流用するといっても限度というモノがある。


「……セラ副官。生きてここに戻って来てくれ。俺はこれからずっと副官さんと一緒に仕事したいからよ!」


「はいっ!」


「よし! 副官さんらしく頑張ってな!」


 そう言って手を振りながら、ファン整備長は整備室に戻っていった。


 * * *


「まったく。あの男は本当にあなたにこれを預けたんですね」


 整備長と入れ違いにここに来たアテラス本部長は、三十連装弓矢台を積み込む所に鉢合わせてしまう。


「ほ、本部長……!」


「構いません。そのまま積み込んでください。専用の矢のストックも忘れないように」


「あ、ありがとうございます!」


「本当はこんなふざけた物を作るなんて私が許しません。でも、あの男は私の目をしっかり見ながら涙目で懇願してきたんです」


「整備長はなんと……」


「副官はこんな所で死んでいい人じゃない。俺が副官の為に出来る事はこれくらいだから許してほしい。だそうです」


「整備長……」


 それを聞いて私はうるっとしてしまう。私の事を本気で考えてこれを作ってくれたんだ。


「それにしても、セラ君は不思議な人です。あなたは人を惹きつける力がある」


「そ、そんな事……」


「私もまったく同じ気持ちなんですよ」


「……ありがとうございます」


 面と向かってそんな事を言われたら、恥ずかしくなるけどそれ以上に嬉しい。こんな私にそんな事を言ってくれるなんて、信じられない。


「そんなセラ君に私からお願いがあります」


 そう言いながら、本部長は真剣な表情になる。


「……はい。何でしょう」


「コーネル君の事を支えてやってください」


「ええっ!?」


 まさかそんな事を言われるとは思っていなかった。むしろ逆に私が支えてもらう側だ。私は思わず大声を出してしまう。


「そうですね。セラ君はわかりませんよね」


 私の表情を見て何かを悟ったのだろう。


「ご存じの通り、コーネル君は高い理想をもっていますし、その実現の為に努力しています」


「はい。知っています」


「でも、それが原因で結構無理してるんですよ。本人にどこまで自覚あるかは知りませんが、私やアドラー君はずっと心配していました」


「……」


「しかし、コーネル君はあなたと一緒になれた事で間違いなく変わりました」


「……」


「コーネル君は同じ理想を持つ、かけがえのないパートナーを得ました。それにより今の彼は自信とゆとりを手に入れる事が出来たんです」


「そう、なんですか」


 知らなかった。私が知っているコーネル様にはそんな様子は一切無かったから。


「ええ、そうなんです」


 本部長はそう言って穏やかに笑う。その笑顔でコーネル様への好意がよくわかる。


「彼は戦術はもとより、高い戦略眼も持ち、人懐っこく人心の掌握にも長けている。まさしく人の上に立つ為に生まれた天才なんです」


「はい。私も心からそう思います。あの人は天才です」


「しかし、それだけ自分の心への負荷も大きいんですよ。コーネル君は全ての人に優しすぎる。良い人過ぎるんです」


「……」


「ですから、セラ君はコーネル君の側にいて、ずっと支えてやってください。彼にはあなたが必要なんです」


「……はいっ」


 そう言いながら、私の目か潤んでくる。私は何も知らず、何も気づかずに今までのほほんとこの基地にいたんだ。それが恥ずかしく、そしてとても申し訳ない。


「……ちょっと言い過ぎましたかね。すみません」


 本部長はその私の様子を見て、少し困った表情を見せる。


「いえ。教えていただいて良かったです。これから私のすべき事がハッキリわかりました」


「それなら良かったです。でしたら、ここは私に任せて彼の所に行ってあげてください。出発直前で色々と疲れている筈ですから」


「はいっ。ありがとうございます!」


 私は目の前の後輩想いで素敵な人に深く頭を下げて、指令室に向かう。

 心の中にあるのはただ一つ。それはとても純粋な思い。



――はやく、あの人に会いたい

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