第16話 本部長は元部隊の現状を語る

 あのリリカ襲来から2ヵ月。私達はジェノン要塞攻略戦に向けて、着実に準備を進めている。


 一番の懸念だった補充部隊の手配もアテラス本部長が手伝ってくれてとても助かった。

 各地方部隊からの寄せ集めだけど、実戦経験があるから戦力としては問題無いらしい。流石、実務の鬼と言われる事はある。


 私とコーネル様は、あらゆる事態に備えてシミュレーションを繰り返している。

 その際、一番の不安要素が”ユーバァ将軍がどのような指示や行動をしてくるか”というのが笑えない。


 一番忙しかったのは間違いなくアドラーさんだ。遠征用の装備や物資を準備しながら、自分の騎乗リハビリも行い、ラオ君の訓練も行っているのだから。


「まったく、身体がいくつあっても足りないぞ! セラ! 頼むから助っ人1ダース手配してくれ!」


 と、アドラーさんは事ある毎に私達に愚痴を吐いてくるが、その表情はとても生き生きしていた。


 それはきっと戦線復帰が出来るからだ。そうで無ければ、もう使わないかもしれない自分専用の装備を常にピカピカにはしない。


 1週間後には補充部隊が着任して、それに合わせて私達はここから出陣する。

 かなり過密なスケジュールだけど、それでもリラックス出来ているのは、きっとエレキス基地の居心地の良さがあるからだ。


 参戦が決まり、皆で準備を進めていくにつれ、私の中からとある気持ちが生まれつつあった。


――もし願いが叶うなら、ずっとここにいたい。そして、戦いの無い日常が一日でも続くのなら……


 バァン!!


 その時、横の扉がけたたましく開き、アドラーさんが慌てた様子で走っていく。


「ちょっと待てよ! 何で先行して来てるんだよ、オレは聞いてないぞ!」


 驚いた。あんなに慌てたアドラーさんは初めて見るかもしれない。

 いや、前に一度だけあるか。確かあの時は……


「僕の行動を読まれてた。流石だね。してやられたよ」


「コーネル様。一体何が……」


「うん。先輩が予定より早く来ちゃった。入れ違いにすぐ出発する予定だったんだけどな」


「先輩…… アテラス本部長ですか!?」


「うん。自分はそれでもかまわないんだけど、アドラーが大変だな、と」


 どうやら、このエレキス基地は突然の来訪が標準装備されているらしい。

 それにしても、アテラス本部長とは一体どんな人なのだろうか。


 * * *


 それからしばらくして、噂の本部長に紹介してもらえた。


 私は3人の話し合いには参加させてもらえなかった。戦術学校からの親交がある3人だ。思い出話に花を咲かしていたのだろう。

 ……部屋に戻ってきた時のアドラーさんの疲労困憊ぶりは見なかった事にしよう。うん。


「初めましてセラ・デ・ファンネリア君。私はアテラス。アテラス・オミカです。よろしく」


「よ、よろしくお願いいたします!」


 長旅をした直後とは到底思えない完璧な身だしなみ。歩く姿勢もとても良く、全てを見抜きそうな視線の鋭さが印象的だ。

 なるほど。ここまで見た目だけでどんな男性か一目瞭然なのも珍しい。


「私はセラ君と一度お会いしたかったんですよ」


「えっ!?」


 私は一体何をしてしまったのだろうか。思い当たるフシが全くない。


「出発する前に、第三独立攻撃部隊の頃の実績を精査させてもらいました。セラ君は兵站関係の任務を自主的にやっていましたよね」


「は、はい」


「専門職ではないから色々雑ではありましたが、損耗と交代の激しい部隊に対する的確な対応と報告書でした。とても筋が良いんですよ」


「そ、そんな。私なんて……」


 ファイスで一番の専門家にそう言われるのはとても嬉しい。前部隊では後方勤務なんて、誰にも意に留められなかったから猶更だ。


「本当です。もし、コーネル君が許してくれるなら私の弟子にしたいくらいです」

 

 そう言いながらアテラス本部長はチラッとコーネルさんの顔をチラッと見る。そしてコーネル様の反応を確認したのかクスっと笑う。


 その後、本部長は真剣な表情になって言った。


「……セラ君が去った後の第三独立攻撃部隊の話をしましょうか」


「えっ?」


「あなたの後任になったのはユーバァ将軍と懇意にしている貴族軍人です。彼曰く、人・モノ・金の管理は貴族の専売特許だそうですよ」


 本部長は吐き捨てるように言い捨てる。


「しかし、実際に行ったのは物資の流れを一元管理しての利権化です。彼や将軍に忠実な人に優先して配給していました」


「……」


「更に着服や横領も行っています。貴族らしく巧妙に粉飾報告されてましたが、私には通じません」


 なるほど。上辺だけ取り繕う小賢しさこそ、貴族の専売特許かもしれない。

 形さえ整えれば何でも通ると信じて疑わない。特にルーズバグータ家のような大貴族はそうなのだ。


「そして、本来すべき任務はおざなりにしています。あらゆる状況、効率が大幅に悪化している筈です」


「残念ですが、容易に想像が出来ますね」


「そうですね。部隊が合流した時に、向こうの実情を教えていただけたら嬉しいです」


「……あっ」


 そっか。合流したら当然あの人達と会う事になるんだ。当たり前の事なのに忘れていた。いや、考えたくなかったのかもしれない。


「セラ。大丈夫だよ。向こうに何を言われても僕達がついてるから」


 表情に出てたのだろう。コーネル様がこちらを見て微笑んでくれる。それがとても心強くて、嬉しい。


「そうですね。セラ君一人で向こうに乗り込むのは危険かもしれません。最悪、言いがかりをつけて軟禁もありえます。味方同士で情けない事ですが」


「……」


「向こうと関わる時は、コーネル君やアドラー君に守ってもらいなさい」


「僕はセラを全力で応援するからね。頑張ってセラの理想を叶えていこうよ」


 そうだ。私はユーバァ将軍やリリカとも戦わないといけないんだ。

 この国、この世界の平和の為に。そして守り人としての、私の信念を貫き通す為に。


 私一人では無力かもしれないけど、コーネル様やアドラーさん。そしてエレキス基地のみんなとなら、第一歩が踏み出せる。そんな気がする。


「はいっ!」 


 私は宣言するかのように、大きく頷いた。

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