先輩

杉 司浪

何が駄目ですか。

 大好きなひとつ上の先輩。透き通る様な白い肌、柔らかくふわふわした茶髪に闇を抱えた瞳、小柄で服の上からでもわかるほどの細い腰。性格も知らない、好きなものもしらない、だけど見た目が好みだった。先輩はいつも素っ気なくて、きっと僕のことなんてはじめから鬱陶しいと思っていた。

 僕は何年も先輩に告白し続けた。付き合いたかった訳ではない。ただ見た目が好きで自分のものにしたかった。僕だけが先輩を独り占めしたかった。

「先輩、いつ見ても可愛いですね。好きです。」

 先輩はいつも僕の台詞に心底嫌そうな顔をした。

「私は君とは付き合えない。」

 先輩もいつもの台詞を僕に言った。僕はそれ以上は聞かないし、先輩もそれ以上は言わない。

「先輩、卒業してもここにいてくれますか?」

 今年、僕はまだ学生で先輩はどこかに行ってしまう。もう同じ空間で先輩を近くで見ることなんて僕にはできない。それまでに僕はどうしても先輩と付き合わなければならなかった。

「いないよ。やっと君から解放されるよ。」

 先輩は微塵も僕と付き合う気はなさそうだった。僕が先輩に告白し続けて三年近くになった。先輩はいつも僕を振る。

「僕、先輩の見た目が好きなんです。付き合ってください。」

 先輩はあまり見た目を褒められたことがない様で、最初の頃はこんな僕の台詞にも照れていた。今は鬱陶しいという様子だ。

「わかったから。それ何回も聞いた。」

「何回でも言いますよ。好きです、先輩。」


 いつの間にか一年が過ぎ、先輩はいなくなった。僕の中にはぽっかり穴が開いた。先輩ほどの美人にそう簡単に出会える訳もなかった。僕は学校に行っても授業を聞かず、たった一枚だけ持っていた先輩の写真を見ていた。

「そろそろ諦めなよ。その先輩、そんなに美人じゃないよ。」

 一番と言っていいほど先輩のことを相談した友人が言った言葉に僕は腹を立てた。

「お前にはわからないよ、先輩の魅力は。僕にしかわからない。」

「お前やばいよ。そんなに好きなら卒業したら先輩のとこに行けばいいだろ。」

 そういうことではない。先輩が僕に振り向かない限り、僕が追いかければ僕はただのストーカーになってしまう。もしくは、愛の重すぎる気持ち悪い男になってしまう。黙っている僕に友人はお前の気持ちが理解できないという顔をした。理解されなくてもいい。僕は先輩の見た目が好きで、僕だけが先輩を見ていたい、それだけ。


 先輩が卒業して、もうすぐ一年が経つ。僕は先輩の顔を忘れかけていた。いつものように先輩の写真を眺めていたら、携帯に新着メッセージが届いた。

『今度そっちで集まる話でてるけど、来る?お前の好きな先輩も来るぞ。』

 バイト先が同じの男の先輩からだった。僕はすぐに返信をした。

『もちろん行きます。』

 連絡がきてからおよそ一ヶ月後に集まりが開催された。僕の家から徒歩三十分の個室居酒屋。先輩は、コットン生地のワンピースで僕の前に現れた。

「先輩、いつ見ても可愛いですね。好きです。」

 僕は一年数ヶ月ぶりに先輩にいつもの台詞だった言葉を言った。先輩が少し照れている様に見えたのは僕だけだった。

「久しぶりに聞いた。まだ言ってたんだ。」

 どこか懐かしそうに先輩は僕の顔をみた。僕は何とも言えない気持ちになった。やはり先輩が好きだ。これは今までとは違う気持ち。独り占めしたい、僕にだけ胸を踊らせてほしい、僕以外誰も見ないでほしい、これは恋だ。

「先輩、好きです。付き合ってください。」

 僕は今までとは違う言い方をした。

「君とは付き合えない。」

 先輩の口からはいつもの台詞だった言葉がでた。僕ははじめて何かが胸を締め付けるのがわかった。

 集まりが終わって、僕と先輩はたまたま同じ方向だったので途中まで一緒に帰った。

「先輩、僕の家来ませんか。泊まってください。」

 下心がないとは言い切れない。僕はただ少しだけ、先輩の体に触れてキスしたいと思っていた。

「行かない。ホテル予約してるし。」

 先輩はきっぱりと断った。だが、僕も負けない。

「送っていきますよ。あわよくばを狙って。」

 先輩は少し笑った。笑った顔も可愛い。

「君には送り狼なんてできないよ。私が本気で断ったら君死んじゃうでしょ。今日の告白は本気でしてたの、私気づいちゃったから。」

 先輩の言葉に僕は少し驚いた。僕が本気で告白したことに気づいていた。なのに先輩は顔色一つ変えず、僕を振った。先輩は本当に僕のことが好きではないみたいだ。

「私こっちだから。またね。」

 僕はまた振られた。もう先輩と会えない、次に会えるのはいつなのかを考えていた。先輩は放心状態の僕に追い討ちをするかのようにこう言った。

「君とは付き合っても良かったんだけどね。また最初から出会えたらの話だけど。」

 僕は先輩のこの言葉が今でも頭から離れない。意味はあの時もこれからもずっとわからない。


 先輩と会った日からおよそ二年が過ぎた。僕はもう先輩と出会った町にはいない。先輩との距離はいつの間にか遠くなっていた。僕の携帯には新着メッセージが届いた。

『今度、君の町に行くんだけど会おうよ。』

 先輩からのメッセージだった。僕は今までにない程、喜びで胸がいっぱいだった。

『もちろん会います。』

 先輩からはウサギのスタンプが送られてきた。

 Good


 僕は先輩と会える日に、自分が持っている服で一番お洒落な服を着て駅で先輩を待った。先輩は迷子になっている様で、僕に位置情報をたくさん送ってくれた。僕は先輩を迎えに別の出口へと向かった。

 先輩はシャツにベージュの半ズボンでラフな服装だった。

「先輩、いつ見ても可愛いですね。好きです。」

 先輩は黙って歩きだした。僕はもう諦めるしかないと悟った。

 居酒屋に着くと先輩は、僕たちの唯一の共通点の話題を持ちかけた。先輩が僕の好きなものを覚えていてくれた、それだけで嬉しかった。

 居酒屋を出ると先輩は少しだけ頬がピンクに染まっていた。

「先輩、この後どうするんですか?」

「ビジネスホテルに帰るよ、君も来る?」

 僕は動揺した。酔っているからそう言っただけなのか、それとも僕と。

「先輩、僕もホテル行きたいです。けど、僕は先輩に何もしないと約束できません。」

 我ながら素直だ。僕は先輩と一線を越えてしまったら、もう諦められなくなるのはわかっていた。

「終電ないでしょ。いいよ。」

 僕は理解した。先輩も僕と一線を越えてもいいと思っている。そこから先がないことも。

 先輩はホテルに着いてすぐ、シャワーを浴びた。その間僕はこれまでにないくらいそわそわした。ビジネスホテルだから、あれがないこともわかっていた。なのに何故僕は買ってこなかったのかを後悔した。

 先輩は出てくるなり、僕もはやくシャワーするように言った。シャワー室に入ると、さっきまで先輩が入っていたことを証明するかのように茶色い髪が落ちていた。僕はシャワーをして、すぐに歯磨きをした。先輩も僕が出てからすぐに歯磨きをした。

 二人でセミダブルベットに寝転んだ。先輩は小さい声でおやすみと僕に言った。僕は内心、いつ理性がなくなるかもわからなかった。隣で大好きな人がバスローブで寝ている、それだけで興奮した。

 僕に背を向けて丸まって寝ている先輩のうなじに、僕はキスをした。

「何。」

 どうせ何されるかわかっていたくせに、期待していたくせに、そのつもりで僕をホテルに呼んだくせに。

「わかってるんでしょ、先輩。」

 僕は先輩の細い腰を自分の体に引きつけて、首にキスを何十回もした。

「そっち向くから、それでいいでしょ。」

 先輩の声は僕には届かない。先輩に触れることができた、今は僕だけの先輩。先輩が僕の方を向くと、僕は先輩の唇に自分の唇を当てた。先輩も僕を受け入れる様に抱き返して、僕の口をこじ開けた。

「先輩、最後までできないです。あれがないので。でも、先輩に触れていたいので先輩だけ、いい?」

 先輩は小さく頷いて、電気つけてもいいよと言った。僕は電気をつけて、何度も先輩の唇にキスをした。僕の頭は先輩でいっぱいだった。 先輩が二回疲れ果てると僕たちは互いに抱き合って寝た。

 次の朝、僕は先輩にいつもの台詞を言った。

「先輩、いつ見ても可愛いですね。好きです。」

先輩は俯いて、僕に言った。

「ごめん、君とは付き合えない。」

この日、先輩の口からはじめて謝罪を聞いた。



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先輩 杉 司浪 @sugisirou

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