リベラルX
@Otonenon
第1話 故郷
蝉が忙しなく鳴いている季節。私は、祖父に言われた。
「いいか。覚悟しておくんだ。君が大人になる頃には、自由はもう残っていない」
私は、その時の言葉を今でも覚えている。当時は、また嘘を言っているんだ。驚かせようとして言っているんだな。その程度で、何も思っていなかった。私は、その言葉を全く信じなかった。それどころか、この国は、今よりもっと良くなっていくんだとまで思っていた。
楽観的な私は、小麦色が暑い太陽の陽気な日差しで焼け始めたくらいの肌になるまで蝉を緑色の虫籠に入れていた。今思うと、皮肉なもので。笑ってしまいそうだ。呆れた笑いが。プラスチック製の緑の虫籠から、蝉の細い足が格子の外に出ていた。その蝉はスライドするプラスチックの部分から最期の空を見上げ、その状態のまま息絶えていた。私は、断片的にその時の状況を記憶していた。
祖父母の家に帰り、私は、緑の虫籠の中の蝉を祖父母に自慢した。その蝉は、すでに息絶えていたが、当時の私の童心という名の、悪魔の心は何も気にかけもしなかった。何故なのか。
答えるに容易い。余りにも人間と蝉とでは違う。何もかも違うのだ。見た目、から思考内容(蝉に思考ができるかは、置いておく)、行動、生態なんかも違う。この、二つの生物は決して、共通の理解を示すことなく、平行線を辿っていくのだ。つまらないかも知れないがここでも、また考えるに容易い現象が起こる。生物的に上の立場にいるものが下の立場にいる者の生殺与奪権を握り始める。
ことは簡単で、思考を巡らさずに、起こった出来事だけを整理すれば蝉が死んだだけであった。しかし、その背後には多大な、自然界の流れがあり、それは、誰も逆らうことのできない者である。それは、マクロな視点だけでなく、ミクロな視点でも起こり得る。いや、実際に起こっている。
一部分を切り取るメディア。それからは、あまり感じ取れないかも知れない。しかし、私の国ではもうすでに起こっていた。見えない迫害が。
祖父は、その蝉を土に埋めてきなさいと私に言った。私は、この蝉に対して何の感情も湧いていない。そのため、容易く、祖父の要求を受け入れた。私は、夕暮れ時に祖父母の裏庭に穴をほり「それ」を埋めた。裏庭の大きな栗の木の下に埋めた蝉は、今も埋まっているのだろうか。
そして、祖父母の家は今、ダムの底である。
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