Practice Magic
砂鳥はと子
第1話 バレる
夏も終わりに近づいてきたものの、車内に差す日差しは助手席の鞄を鋭く照らしていた。
海沿いの道路を走りながら、ラジオから流れるロックに合わせて鼻歌が自然とこぼれる。
教師になった今も、学生時代に浴びるほど聴いた音楽は私の中で絶えず流れていた。一人でいる時だけ、気兼ねすることなく昔の自分に少し戻れる気がした。
暮らしている街から一時間ほど走った場所にあるショッピングモールの駐車場に入る。
職場から離れていれば、夏休み中とはいえ教え子に会うこともないだろう。それでも気休めの度無し眼鏡は忘れない。
車を降りて、熱い空気から逃げるようにモールへ駆け込んだ。クーラーの効いた建物の中をぶらぶらする。目的地は決まっていたが、寄り道しながらのんびりと向かった。
平日でもまだ夏休みとあってか、人はそこそこ多い。見知った顔はいなさそうなので、気を張らずに見て回れる。
適当に雑貨を買って、書店で気になっていた雑誌を覗いて、モールの三階まで辿り着いた。目の前にあるのは全国展開している楽器店。店頭には電子ピアノと電子キーボードが並んでいる。
その横をすり抜けて店の奥まで行く。壁はギターで埋められていた。私はアコースティックギターの前で立ち止まる。定番の飴色から、クリーム色に黒、赤や青にピンクまでカラーリングも様々だ。
気になるギターを見ていると、近くにいた若い男性店員がちらちらとこちらに視線を向けている。
「すみません、試し弾きできますか?」
声をかけると店員は小走りでよって来た。
「はい、できますよ! どちらのギターをご希望ですか?」
「あの青いギターを弾いてみたいのですが」
「はい、かしこまりました。少々お待ちください!」
店員にギターを渡され、傍にあった椅子を勧められる。私はそこに腰掛け、ギターを軽く爪弾いた。どこか懐かしい音がする。
「お客様、手慣れてますね!」
「そうですか? まぁ昔少しだけ弾いてたので⋯」
「そのギター最近人気あるんですよ」
爪弾きながら店員と話していると、背後から視線を感じる。店員も私の後ろへ目を向けていた。振り返ると小学五年生くらいの女の子がじっと見ていた。
店員と二人で何となく顔を見合わせる。
「⋯⋯お姉さん、ギター弾けるんですか?」
おずおずといった感じで、まだ幼さがある女の子は私とギターを交互に見やる。
「少しだけ、だけどね」
「あの、私今度ギター教室に通うことになって、今はお父さんのお下がりのギターだけど、いつか、お姉さんが弾いてるギターで、好きな曲弾けたらいいなって」
興奮気味に女の子は喋る。
同じギター仲間に会えて嬉しかったのだろうか。私もそんな感情に身に覚えがあって、胸の奥がくすぐったいような、少し痛いような感覚が走る。
「たくさん練習したら、君も好きな曲を弾けるようになれると思うよ」
「お姉さんもたくさん練習したんですか?」
「そうだね。遠い昔にね」
「どんな曲弾いてたんですか?」
思わぬ質問攻めになっているが、さすがに小学生を無碍にするわけにもいかない。
何よりギターに向けるキラキラとした眼差しが、過去の私と重なってしまった。
「ロックとかJ−POPとか⋯⋯。古い曲だから君は知らない曲ばかりだと思うけど」
「アコギでロック弾けるんですか?」
「まぁ、弾いてる人もいるからね。私は昔はアコギじゃなくて、エレキで弾いてたんだよ」
「すごーい! 私もギター弾けるようになったら、エレキギターにも挑戦してみたくて」
「その気持ち俺も分かります!」
店員は感慨深けに腕を組んで頷いている。
「エレキギターも楽しいよ」
さっきら自分らしくなく、思ったことを口にしている。好きなものを目の前にすると、嘘はつけないのかもしれない。
「あの私、お姉さんのギター聴いてみたいです!」
「俺も聴きたいですね!」
女の子と店員が期待に目をきらめかせて私を見ている。こんな状況で、嫌だとも言えない。まぁ、元々試し弾きしたかったから、その延長だと思えばいいか。
「⋯⋯少しだけ」
若い人も知っていて、私が弾ける曲。いい曲だから、去年弾いて遊んでた曲にしようか。ヒット曲だからこの二人も知っている可能性は高いし。
私は深呼吸して、弦に指をかける。どうせ聴衆は二人だ。気楽に弾こう。
ギターを奏でると二人は「知ってる」と言いたそうな瞳で、耳を傾けている。
人前でギターを弾くなんて、いつ以来だろう。自然と指が弾む。身体がリズムを刻む。真新しいどこかまだぎこちない音色が、心地良い。楽しい。ギターを弾くのは、やっぱり好きだ。プロになれなくても、一度は捨てたものでも。
好きだから、結局は捨てられなかった。だから教師になった今も、こうして弾いている。
今はだだ過去の苦い思い出に蓋をして、弾くことを楽しみたい。
二人の聴衆も音に合わせて身体を動かしている。
気づけば最後までがっつり弾いてしまった。
「ブラボー!」
店員が拍手をして、女の子も続いて拍手してくれる。
拍手の音が次々と増えていく。
増えていく?
辺りを見回すと、いつの間にか人に囲まれていた。ギターに夢中で気が付かなかった。目立ちすぎたかもしれない。
「お姉さん、すごいかっこよかったです!」
女の子は満面の笑顔で。
「ありがとう」
急に気恥ずかしくなってきた。周りの人たちも何か口々に言っているが、取り敢えず悪く言われてはないようだ。
家を出た時はこんなことになるとは予想外だったけど、遠出してきた場所でよかった。こんな目立つこと、住んでる街ではできない。生徒に見つかったらと思うと、変な寒気がする。
私は立ち上がって一礼した。また拍手が鳴り渡る。
顔をあげると、聴衆の中の一人の女性と目があった。眼鏡をかけた、青みがかった黒髪を胸元でふわりと巻いた、優しそうな女性で⋯⋯。
(こ、
そこに立っていたのは同僚の黒曜先生だった。
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