第59話 本人の目の前で

「や、やめて、リンカ!ニックって人と何かあったとしても、太郎君には関係ないでしょ!太郎君に暴力を振るわないで!」


 リンカと俺の間に無理やり手を差し入れ、壁ドン状態から俺を解放してくれた。


 静かな特別室に、山ちゃんの大きな声が響いた。さっきまでオドオドしていた山ちゃんとは違い、必死に俺を助けようとしている。その気迫に押されて、リンカは慌てたように俺と山ちゃんに対して...。


「ご、ごめんなさい。暴力とかじゃなくて、ちょっと興奮しちゃって。ニックはSNS上だけど、何でも言い合える友達だったの。私、モデルとかやってて、どうしても周りにそんな子しかいなくて...。そんな中で、ニックだけが本音で話せる相手だったの。でも...いくらメッセージを送っても返事が返って来なくて」と、涙をためて俺に話しかけてきた。


 こんな可愛い娘を泣かせるなんて...。あの赤ハゲオークめ、なんて罰当たりな奴だ。でも、そうか...リンカは知らないんだな。ニック、いや、うちの親父が3ヶ月前に亡くなったことを...。


 事情をちゃんと説明してあげた方がいいよな。親父も心配してたし。それに、親父の奴、”リンカを異世界に連れて行ってやってくれって...”そう願っていたと思うし。はっきりとは分からないけど、多分そう思っていたと思う。いや、多分...きっと。


 自分が叶えられなかった夢を、友に託す、そんな感じなのかな。


 まあ、親父は今頃、ダンジョン内ではっちゃけてると思うけど...。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 俺は親父が亡くなったこと、その後東京から戻って精肉店を継いだこと。そして、その精肉店の地下室にある壊れた冷蔵庫から異世界に行けること。さらにはその異世界で不思議な力を手に入れたこと等、すべてをリンカに話した。


 隣りで聞いていた山ちゃんも、「そんなことが太郎さんの身にあったんだ...」と真剣に耳を傾けてくれた。


 話があまりにも現実離れしているため、驚きを隠しきれない様子だった。しかし、ニック、いやが親父亡くなったことを知ると、涙を流しながらも、その後もなお自分を助けようとした行動に深く感動していた。


「ニック、ありがとうね。私を助けてくれて...。そして、私に太郎さんを引き合わせてくれたんだね」と、嗚咽を交えながら何度も感謝の言葉を述べていた。


 親父、株を上げたな。


 俺はリンカに「親父から、自分がいけなかった異世界にリンカを連れて行ってあげて欲しい」と頼まれているんだけど、行ってみたい?と尋ねた。すると、リンカは戸惑った表情で、「ニックが行けなかった世界に私が行ってもいいの?そもそも行けるの?」と聞いてきた。


 そればっかりは分からないな...。


 でも...源さんやカンナ、ボルトは異世界に行けた。それになぜか山ちゃんも。


「えっ、山ちゃんも異世界に行けたの⁉ 異世界ってどんな場所?ゴブリンやオーク、エルフとかいるの⁉ 魔法もあるの⁉ コピー用紙を持っていったら高く売れるの⁉ マヨネーズ作ったら驚かれるの⁉」と、山ちゃんに次々と質問を浴びせた。


 やっぱり向うの世界に、コピー用紙やマヨネーズを持っていくのって、異世界あるある何だな。


「わ、私は...」リンカの言葉のラッシュに山ちゃんは困惑した表情を浮かべている。「私は太郎君をカーシャさんとユリ―さんに頼まれてサーマレントに運んだだけだから、エルフとかには会ってないんだ。ごめんね。」と、そう言ってリンカに謝った。


「そ、そうなんだ...」とリンカは少し寂しそうに山ちゃんを見つめた。彼女の瞳には、ほんのりとした悲しみが宿っている。


 リンカの頭の中では、もう自分がゴブリンを倒している姿を鮮明に思い描いているのかもしれない。それとも、街の人たちにマヨネーズの作り方を教えている光景が浮かんでいるのかもしれない。


 どちらにせよ、彼女の心は遠く異世界に思いを馳せているようだった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 山ちゃんは、がっかりしているリンカを励ますために、明るく微笑みながら「リンカ、心配しないで!サーマレントに行けば、きっとリンカにも素敵なことが起こるよ。実はね、私がサーマレントに行った時、思い描いていた理想の自分に変身できるようになったんだから!」と元気づけた。


 山ちゃんは体をくねらせながら、リンカに自分に起きた体の変化を伝えた。どうやら、感情が高まると体をくねらせるのが山ちゃんの癖のようだ。


 そんな山ちゃんの言葉を聞いてリンカは、「なりたい自分に⁉ イメージしただけで⁉」と驚いた。エルフやゴブリンに会えないと落ち込んでいたリンカの目が、山ちゃんの言葉で輝きを取り戻した。


「そうなの。私、見た目は男性だけど、心は女性なの...。だからこの外見が嫌で嫌で、ずっと悩んでた。でもね、サーマレントという場所に行ったら、なりたい自分をイメージするだけで本当にその姿になれたの!」


 山ちゃんは目をキラキラさせながらリンカに伝えた。もう全身をくねくねさせまくりながら...。


 その言葉を聞いたリンカは、「ねえ、山ちゃん、話を続けて!そして見せてもらう事って、アリ?」と急かすように言った。


「う、うん。もちろんいいんだけど、リンカ...ひかないでね」と一言謝って、可愛らしく「えい!」と言葉を発した。


 ボン!


 ちょ、ちょっと山ちゃん、本人の目の前で”サキュバス山ちゃん”というか、”山ちゃん第二形態”はまずいだろう...。止める間もなく、山ちゃんは変身してしまった。


 そこに現れたのは、ボンテージ姿の美少女、”サキュバス山ちゃん”だった。ボンテージに身を包んだとてもグラマラスな美少女。山ちゃんの好みにより、顔はリンカそのもの。違いは髪が長いだけ。めちゃくちゃ美人な姉妹が俺の目の前に揃った。


 一卵性双生児みたい...。


 そんな山ちゃんの姿を見たリンカは、驚いた表情を見せた後、「キャ~!もう一人の私がいる!!しかもすごくエロチックな格好をしてる!」と頬を真っ赤にしながらオロオロしている。


 そりゃ狼狽ウロタえるよな。目の前のゴリゴリの男性が、急にボンテージ姿の自分に変わったら。普通なら、怒るよな。


 チラ...。


 あれ?


 リンカは...怒っていない⁉



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 リンカの反応は予想外だった。怒るどころか、彼女は喜びを爆発させ、目を輝かせながら山ちゃんに抱きついた。


 そして...。


「私、一人っ子だったから、ずっと兄弟が欲しかったの!すごく嬉しい!ちょっと衣装は恥ずかしいけど、モデルの仕事で水着とか着てるから、今の山ちゃんの姿もそんなに抵抗は無いわよ。でも、ズルいよ山ちゃん!私より全然お胸もあるし...私もサーマレントに行ってもっと大きくしたい!!」と、笑いながら山ちゃんに話しかけた。


 すげえな。美人姉妹の誕生だ。でも、俺も願えばリンカみたいになれるのかな。まあ、俺がリンカの姿になっても意味がないか。


 リンカの態度に安堵した山ちゃんは、ほっとしたのか、また泣いてしまった。


 本当に山ちゃん...乙女だなぁ...。

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