異世界の力で奇跡の復活！日本一のシャッター街、”柳ケ瀬風雅商店街”が、異世界産の恵みと住民たちの力で、かつての活気溢れる商店街へと返り咲く！

第58話 疑念

「な、何を言っているんだい？リンカ？三人で話したい事って、どうしたんだい改めて...」

　リンカのお母さんは、重厚なカーテンと高級感あふれる家具が揃う部屋の中で、急に三人で話したいと言い出した娘を不安と戸惑いの目で見つめた。また、俺たち全員の視線もリンカに集まる。

　病院の布団の縁をぎゅっと握りしめ、考え込むリンカの姿がそこにあった。大きな窓から差し込む微かな光が、リンカの表情に陰影を作る。

　何があったのだろう？三人で話したい事とは何なのだろう？

　ユリーが山岩理事長に視線を向けると、「少しだけリンカさんの提案に従いましょうか。ご両親には退院の手続きを進めていただき、他の方々には隣のWi-Fiが使える部屋で待機して頂くのがよろしいかと思います」と、リンカに助け舟を出した。

　その言葉を聞いたリンカは、少し驚いた表情を浮かべ宗太朗さんに向かって「あ、ありがとうございました」と穏やかに述べた。思いつめた面持ちが少し緩み、心の中の重荷が軽くなったように見えた。

　病院の特別室に入るのは初めてだから、豪華な家具や調度品に目を奪われる。高価そうな絨毯も敷かれている。色々と探検してみたい気持ちもあるが、そんなことをするのは大人げない...かな？

◇◇◇◇◇◇◇◇◇

　みんなが部屋から出て行った後、特別室には俺たち三人だけが残された。部屋には静寂が訪れ、何となく気まずい雰囲気が漂っている。

　お互いがどう話を切り出したらいいか伺っている様な、誰か口火を切ってくれないかと互いを牽制し合っている。そんな中、リンカは堰を切ったかのように俺と山ちゃんに話しかけて来た。

「さっきはゴメンなさい。どうしても確認したいことがあって...。私、事故現場での記憶がうっすらと残っているの...」と言った後、リンカの表情には不安と期待が交差していた。

「えっ...」と驚いたような表情でリンカを覗き込む山ちゃん。山ちゃんの目は見開かれ、口元が僅かに開いている。大きな体を少し縮めるように動かしながら、リンカの言葉にどう反応すれば良いのか迷っている様子が見て取れた。

　山ちゃんの困惑した様子をよそに、リンカは勢いよく話し始めた。

「リンカ、頑張って！頑張って！」という声が聞こえてきて...。その後、開かなかったはずの車のドアが急に開いて、「キュア！」と聞こえたかと思ったら、体がめっちゃ楽になったの！まるでファンタジーの世界で魔法をかけられたみたいに！エリクサーを飲んだかのように！」と、リンカは俺たちに言いたいことをガンガンぶつけてきた。

　リンカの顔は喜びに輝き、山ちゃんは困惑した表情を浮かべ、俺は困ったなという顔をしているだろう。特別室の中は、三者三様の表情や態度が入り乱れていた。

「あなたたち...いえ、特に根津さん！笑わないで下さいね。本当は魔法が使えるんじゃないんですか？抜刀少女AYANOに出てくる”バルトックス魔導士”のように、回復魔法が使えるんでしょ？」と真剣に俺を問い詰めてきた。

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　う～ん、”バルトックス魔導士”は知らんが、リンカはベッドの上で、まるで外堀を埋めるかのように話し続けた。彼女の表情は真剣そのもので、目は期待に輝いていた。

「あなたの声を聞くまでは、体がほとんど動かせず、視界もぼやけていた。でも、あなたの”キュア”という声を聞いてからしばらくして意識を取り戻したら、体が自由に動くようになったし、トラックにぶつけられたはずなのに、擦り傷一つない...」

　リンカは興奮を抑えきれない様子で語った。

「美咲さんから聞いたんだけど、車30台が絡む大事故があったのに、死亡者や重傷者がいないって話題になってるんだって！さらに、SNSでは意識を失っていた人や大量の出血や深い傷を負った人たちが、見る見るうちに回復していく様子を生存者やその家族が証言しているんだって！」

　リンカは少し呼吸を整え、俺たちの反応を窺うように間を取った後、さらに続けた。

「こんなの、誰かが治したに決まってる！私を治してくれたように」リンカの言葉には確信があり、目はさらに輝きを増していた。まるで、俺がその誰かであると確信したかのようにじっと見つめている。

　美人からの期待のこもった視線が突き刺さる。瞳は大きく開かれ、俺を見つめるリンカの瞳には、すべての答えを求めるような強い期待が込められている。逃げられる自信がない...。その視線から逃れようとすると逆にもっと追い詰められる気がして、俺は動けずにいた。

　そんな蛇に睨まれた蛙状態の俺を、本当は蛙に含まれる山ちゃんが必死に俺をかばおうと、「そ、それはリンカ、いえ、リンカさん...。太郎君は...」と、山ちゃんが何かを言いかけたところを、リンカは遮った。

「あなたは山ちゃんね。ありがとう！事故現場であなたの声がすごく暖かくて優しかった。あなたの声に私はすごく勇気づけられた！私のことはリンカでいい。ぜひ友達になって、山ちゃん！」そう言って山ちゃんに右手を差し出した。

「そ、そんな、リンカ...さんと友達だなんて...！」

　リンカの言葉に山ちゃんは嬉しそうに両手で口を覆い、涙をこぼし始めた。山ちゃんの憧れの人だからな。そんな様子を見て、リンカは慌てて言葉を続けた。

「なにも泣くことないじゃない！あんなに指を血まみれにして必死に私を助けようとしてくれたんだもん！友達や、彼氏になって欲しくなるのは当たり前じゃない⁉でも、なんとなく山ちゃんって...もう心に決めている人がいそうだし...。だから、友達になって欲しいの。そ、それとも、わ、私じゃダメかなぁ？」と少し心配そうな表情で山ちゃんを見つめた。

　リンカの言葉に驚いた山ちゃんは、一瞬目を見開き、息を呑んだ。山ちゃんの表情は真剣になり、しばらく沈黙が続いた。そして...。

「そ、そんな憧れのリンカに言われて、すごく嬉しいの！でもでも、こんな私でいいの？なよなよしているし。わ、私、こんな見た目だけど気にしない？」と嗚咽を繰り返しながら、伺うようにリンカに尋ねた。

　そう言ってまた嗚咽を繰り返してしまう。本当に山ちゃんは乙女だよな...。しぐさが本当に可愛らしい。同じトランジェスターでも、”おかまクラブジョイフル”の連中とは大違いだな...。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇

　山ちゃんが少し落ち着いた後、リンカは俺の方に視線を移して、「根津さん...あなたなんでしょう？私や事故で被害を受けた人を治した人、いいえ、治してくれたのは...」

　リンカは俺の顔をじっと見ている。返事を聞きたそうだ。もう正直に言うしかないな。事故現場で、あの状態で意識があったなんて...？あの時、リンカはひどい怪我をして意識がないと思っていたけど、記憶が残っていたのか...。

　それに、俺も気になることがある。親父との接点は何なんだ⁉親父は死んだ後も、なぜリンカの危険をわざわざ俺に知らせてきたんだ⁉

　まさか...リンカの本当の父親は...！

　...んなわけないか。

　そういえば、親父からリンカのことを助けてくれって頼まれた時、「ファンタジー仲間」って言ってたよな...。さらに、意味深なことも俺に告げてきた。

「彼女は俺の大切...ンタジー仲間だ。まだ...っちの世界に来てはい...い。出来る...ら、爺さんやお前と一緒の...」

　今になってようやくわかる気がするけど、あれって「リンカを爺さんや俺と一緒の世界に連れていってやってくれ」ってことだよな？

　数時間前に会った赤モヒカンのオークのことを思い出しながら、リンカの質問にどう答えようか悩み続けて、なんとなく「”正”って知ってる？」とリンカに聞いてみた。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇

　リンカは自分が望んでいる事とは全く違う質問を、それも男性の名前を聞かれたことに戸惑いながらも、「ごめんなさい。私の知り合いには”正”って人はいないわ...」と応えてくれた。

　３人の間に沈黙が流れた。気まずい...。

　そういえば正の遺品、”異世界ノートブック”の最後に何か書いてあったな。中二病のようなペンネームの様な暗号のような...。なんて書いてあったけ...⁉それならリンカも知っているかもしれないな。

「何だっけな...肉屋...にく...そうだ！ニックだ！憎々しい肉、292941...ニックだ！！」

　俺がその言葉を発した瞬間、リンカは驚いた表情で目を見開き、息を呑んだ。彼女の顔は一瞬で真剣なものに変わった。

「知ってる、その名前！ニックでしょ⁉私のファンタジー仲間で、大切な友達のニック！三ヶ月ぐらい前から急に連絡が取れなくなって心配してたの！！ニックはどこにいるの⁉それに、どうしてあなたがニックのことを知ってるの？」と、身を乗り出して問い詰めるように迫ってきた。

　三ヶ月前ぐらいって...ちょうど親父が事故にあったぐらいだな...。

　俺が親父の事に気を取られている隙に、リンカはベッドから飛び降りて、俺に迫ってきた。彼女の手が壁に当たり、俺は壁に押し付けられる形になった。リンカの顔は俺のすぐ目の前にあり、その真剣な瞳が俺を見つめていた。彼女の息遣いが感じられるほど近く、緊張感が一気に高まった。

　美少女からの壁ドン、破壊力あり過ぎだな...。