第47話 イベント前日
朝の恒例行事である「きゅー♡きゅー♡」と「わん!わん!」の攻撃により、ボルト、カンナ、源さんの”チーム根津”に起こされる。
布団をかぶって防御しても、彼らは潜り込んで顔をペロペロと舐めてくる。また、布団をかぶることで、自分達と遊んでいると勘違いしているらしく、攻撃が一層激しくなる。
みんな元気いっぱいだ。はい、降参です。起きますから、お待ち下さい。源さん一匹ならともかく、ボルトとカンナが加わった今、勝てる気がしない。
さあ、皆で朝食を食べに行くか。源さんも「お肉だと嬉しいわん!!”エガシラ焼き肉のたれ”がしみ込んだご飯と食べたいわん!!」と元気に訴えてくる。分からなくもないけど、塩分の取り過ぎには注意が必要だよ、源さん...。
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”喰って喰って食いまくれ!不味いなんて言わせない!喰わなきゃそんそん肉と魚フェア!!”もついに明日の開催となってしまった。あ~緊張するな。
まあ、そうはいっても腹は減る。眠たい目をこすりながら、朝食を食べに三匹を連れて、一階のお袋やトヨさんの待つ居間に向かう。
「太郎、おはようさん、早くご飯を食べちゃいなよ。
俺がちゃぶ台の前に座ると、お袋が源さんやカンナ、ボルトにエサ皿の準備をする。飼い主の俺よりも先にご飯を貰う柴犬とカワウソたち...。まあ、可愛いからな。
「そうですよ、太郎さん。柏木さんは仕事熱心な方ですから。早くご飯を済ませないと来てしまいますよ」とトヨさんもお袋の意見に賛同した。
そして、居間にはもう一人の少女がご飯を食べている。
「太郎様、おはようございます!」と元気よく挨拶し、ちゃぶ台の前の座布団に正座をしてご飯を食べるカーシャ。源さん、ボルト、カンナもご飯を食べる前に、きゅ~♡」や「わんわん!」とカーシャに挨拶する。これが最近の日課。
金髪で北欧系の可愛らしい少女が、ちゃぶ台の前で背筋を伸ばして箸でご飯を食べる姿は絵になるな。ただ、そんないらんことを思っていないで、早くご飯を食べないと柏木さんが来てしまう。
華乃さん、柏木華乃さん。ユリーさんの直属の部下で、SMRの社員さん。身長も175cm程あり、すらっとした大人びた風貌を持つべっぴんさん。長い髪を後ろで一つにまとめ、いつもグレーのスーツと白いワイシャツで颯爽と商店街に現れる。ちなみに年齢は23歳らしい。
現在、柏木さんはこのイベントに関するSMRの担当者であり、更に俺の秘書的な役割も担っている。SMRとの調整だけでも非常に大変な中、俺や柴さんが手の行き届かない部分まで柏木さんがサポートしてくれている。
世の中には本当に優秀な人がいるものだと、柏木さんを見るたびに感心してしまう。
そんなことを考えていると、お袋がみそ汁とご飯◇と卵焼きを運んできてくれた。
う~ん、これぞ日本の朝食。最高だよな。それもサーマレント産の鮭と、SMRが用意してくれた遺伝子改良された鶏の卵。本当に美味しい。
東京にいた頃よりも食事量が確実に増えた。岩ちゃんじゃないけど、全部が”まいるぅ~”だ。米は岐阜産の”光の銀河”。もう最高だ!
しかし、最近のお米には随分と洒落た名前が増えた。”光の銀河”以外にも、”プラチナ・リッチ”や”明日にかける橋”など、本当にお米の名前かと疑いたくなるようなものが多い。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
イベント準備に追われること約4週間。商店街や俺の周囲では他にも様々な動きがあった。
まず、SMRが本格的に商店街の復興に着手した。シャッター街で閉じたままの店舗や土地を、SMRが合法的に、しかも多少の上乗せをして購入し始めた。
店を継がずに店舗だけ残していた身内にとっては、まさに渡りに船の話。ほとんどが前向きに検討しているようだ。
次にカーシャだが、ユリーの親戚というていで来ている以上、俺の家に住まわせるのは不自然だ。そこで、
ユリーの住まいの正確な場所は知らないが、どうやらそれほど遠くないようだ。カーシャによると、彼女の部屋には多くの観葉植物があるらしい。さすがはエルフ。
また、カーシャの戸籍もSMRが用意してくれた。どうやって手配したのかは深く聞かないでおこう。素直に感謝するだけだ。
カーシャはもう少ししたら近くの高校に転入する予定だ。転入と言っていいのか分からないが、外国の学校から転校してくるていにしてある。
今、カーシャは家庭教師を付けて猛勉強している。カーシャは学ぶことが楽しいと言う。安全な国で、自身の知識を高めるための時間をこんなに取れることが、とても幸せだという。
価値観や生活環境の違いで、数学や四字熟語が楽しく思えるのか...。何とも複雑な気持ちになる。
そして、カーシャにとって高校に通うことは、日本の文化や同世代と時間を共有することになる。こうした時間も大切な学びとなるだろう。本人もこちらの生活にだいぶ慣れてきたようで、高校に通うことにも前向きなようだ。
俺はというと、柴さんや商店街のみんな、そして柏木さんと共にイベントの準備に追われていた。夜な夜なタコマンボウや田中寿司、割烹料理重光などで会合という名の飲み会を開き、PR方法や商店街の盛り上げ方、イベント内容などを話し合った。イベントをやると決めたが、その準備や手配は非常に大変だった。
またイベント当日は多くの人出が予想されるため、違法駐車の取り締まりや交通規制など、警察署への説明と協力も必要だ。まあ、柴さんや柏木さんがほとんど対応してくれたが...。
柏木さんについては、精肉店の若造に秘書なんていらないとユリーに何度も断ったが、柏木さんがいないと4週間でイベントは成功しないとはっきりと言われたため、逆に俺の方から「傍にいて下さい」と柏木さんに頼んだ。
もうプロポーズの様だが…。
さすがユリーの秘蔵っ子のことはある。柏木さんはとびきり有能だった。商店街のみんなをまとめ、俺や柴さんが酒の席で呟いた案を多角的に分析し、無理なことは無理と言い、可能なことは直ぐに着手する。
すげえな。この人...頭が良すぎるだろう。ただ、柏木さんはあまり自分のことを話さない。大学は出ておらず、身内は弟さんだけらしい。話したくないなら無理に話さなくていい。今はそれどころじゃないからな。
そんな柏木さんの尽力もあり、商店街全体がイベントに向けて前向きになり、活気が戻ってきているように感じる。
さらに、FMラジオ局「やなっち」だけでなく、ケーブルテレビや他のラジオ放送、岐阜東農新聞からも取材の申し込みが相次いでいる。これはSMRが柳ケ瀬風雅商店街とコラボしてイベントを行う影響と思われるが、それ以外にも注目すべき点があったようだ。
どうやら、”鍛冶職人、抜刀少女AYANO”の原作者が手掛けるリアル脱出ゲーム、”戦慄商店街”が大きな注目を集めているようだ。
”Wonderful Day”で発表されたリアル脱出系イベントは、予想を上回る反響を呼び、瞬く間に全国のファンに広まった。近隣のホテルは満室となり、体験型イベントは混雑を避けるために事前予約制で1日500組限定としたが、すぐに完売した。
当初は近隣の人々を呼び込むための企画だったが、全国的なイベントに発展してしまった。
恐るべき…西川京太郎先生。
ただ、嬉しい誤算は駅前周辺のホテルだったようで、商店街のイベントに対して全面的に協力を申し入れてきた。駅から商店街までの掃除や交通誘導のお手伝い、商店街マップをカウンターや客室に置くなど、イベントを共に盛り上げることとなった。
消防署や警察署も協力的で、見回りの強化と私服警備員の導入を行うらしい。さらに、急きょ消防車や警察車両に乗れるイベントを1日ずつ交代で実施することになった。幾つになっても消防車やパトカーは人気があるため、これもまたブースが賑わうだろう。
何だか、周りに支えられて、イベントが成功するとしか思えない。明日からの2日間に備えて、前夜祭をタコマンボウで行う予定だ。
みんな、明日の準備で忙しいため、そこまで騒がない予定だが、どうなることやら。でもワクワクが止まらない。このままいけばイベントは必ず成功するだろう。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
こんな太郎とは対照的に、送信したメッセージがつながらないスマホの画面を見つめてため息をつく人物が一人...。
はあ...。また連絡がつかない。せっかく自慢しようとして
ニックったら、何をしているのよ⁉突然掲示板から姿を消すし、LOINEは届かない...。勝手にアドレス変えたのかしら...。ねえニック、貴方に何があったの⁉私たち年齢や生きている環境は違えど、何でも話せる仲だと思っていたのに...。
ニックにつながらないイライラをぶつけるかのように、握りしめていたスマホを目の前のクッションに投げつけた。
せっかく、”鍛冶職人、抜刀少女AYANO”の原作者、”西川京太郎”先生が考えた体験型脱出ゲームがあるのに。そこで私が2日間公開ラジオを行うのに...。真っ先に知らせて、自慢して、その話で盛り上がりたかったのに。
ニック...。本名はあえて聞かない。私たち抜刀少女愛好会内でのネームは、自分の事を”292941ニック”と名乗った。だからニック。ちなみに”292941"は”肉々しい”らしいが...。
はあ...。もう連絡がつかなくなって3ヶ月ほど経つじゃない。何してんのよ。お互い大好きな異世界について思う存分語り合いたいのに。
それぞれが、それぞれの感情を抱きながらも、明日のイベントが刻一刻と近づいてくる。そう、刻一刻と...。
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