第44話 MC.リンカ
「みなさん、こんにちは!地域密着型ラジオ局FM”やなっち”のMC、リンカです!土曜日の午後一時、みなさんはどうお過ごしでしょうか?”もう、ご飯を食べたよ~!”や”久しぶりに彼氏とドライブ中です!、”家族旅行中だよ~””何てお便りが沢山届いてます!」
リンカはテーブルに広げた原稿とリスナーからのお便りに目を通しながら、心が弾むような声色をマイクに向かって話し始めた。
「いいなぁ。彼氏や家族とお出かけ、天気もいいですし最高ですよね!でも、まだまだ日中は暑いので、水分補給を忘れずに、残暑を楽しんでくださいね。それでは今日も4時までのひとときを、リンカの番組”Wonderful Day”と一緒に過ごしましょう。ではさっそくこの一曲、サンボ...」
いつものラジオ番組、いつもの時間。でも今日はフロア全体がいつも以上に緊張感でいっぱい。私もその空気に飲まれて、ドキドキしてる。こんなに緊張するのは、初めてメインを任さられた時以来。でもその時は私だけが緊張していたけど、今日はみんながピリピリしてる。現場全体がすごく張り詰めてる...そんな感じがする。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
曲紹介が終わると、リンカは「ふぅ」と背伸びをした。リンカは身長178cmで、武術を嗜んでいるせいか引き締まったウエストと、不釣り合いで魅惑的なたわわなお胸を持っている。
リンカは高校時代からいくつものモデル事務所に声をかけられ、学業に支障がない範囲内でモデル活動を行っていた。その抜群のスタイルと魅力的な瞳で、多くの者を惹きつける美少女。
そんな中、リンカには誰にも言えない夢があった。いや、唯一心を開ける人には話していたけど。その者とは最近連絡が取れない状況だ。
リンカの夢...それは、中学生の頃からずっと憧れていた”異世界の冒険者”になる事だった。本屋で偶然手に取ったベストセラーファンタジー小説”鍛冶職人、抜刀少女AYANO”がきっかけだった。
異世界に転移したAYANOが、自分で伝説の刀を創り、その
リンカはその小説に夢中になり、異世界に行ってアヤノのように刀を作り、ミノタウロスやオークを自分の刀でバッタバッタと倒してみたいと夢見るようになった。
だが、リンカはその時すでに14歳。異世界に行けないことなど分かっていた。それなら、伝説の刀を自分で創りたいという夢を持つようになった。そして、刀そのものの技術を上げるために各務原の居合道場に通い始めた。
それは、高校卒業と同時に鍛冶職人に弟子入りする為であった。少しでも刀の事を学びたい、技術を習得したいと言う少女なりの考えであった。また、居合が部活にある高校を岐阜県で探したけど、どこにもなかった。刃物の街、各務原があるのに、居合の部活がないなんて!当時のリンカは一人で憤慨してた。
あと、高校卒業と同時に親元から離れ、一人暮らしを始めて刀生活に没頭しようと決めたリンカ。将来のことを考えて、高校時代から無理のない範囲でお金を貯めることにした。
そこでリンカが選んだのは、いくつかのモデル事務所の中から今のプロダクション、”XYZ”。大手ほどの知名度はないけれど、ここはリンカの気持ちを大切にしてくれて、無理に仕事を詰め込むこともなかった。リンカのやりたいことや夢を優先してくれる場所だった。
リンカは高校を卒業すると同時に、居合道場の師範の紹介で念願の鍛冶職人に弟子入りした。月曜から金曜は朝から師匠について鍛冶の仕事を学び、夜は居合道場で稽古に励んでいる。
そんな生活ももう2年が経ち、気がつけば20歳になった。土日は本業の収入を補うためにモデルやMCの仕事もこなしている。休む暇はないけれど、毎日が充実している。
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オンエアの数日前、ディレクター
ディレクターの美佳さんは|
「こんな小さいラジオ局なんて、何もしなかったらすぐ潰れちゃうよ」といつも営業に駆け回っている。だけど...すごく楽しそう。同じ女性として、夢を追いかける姿に共感できるし、すっごく恰好いいと思う。もっと割のいいモデルのバイトもあるけど、美佳さんの力になりたくて続けている。
そんな中、美佳さんが大手企業SMRから仕事を取ってきた。”柳ケ瀬風雅商店街”で行われるイベント紹介だけど、 上手くいけばSMRとスポンサー契約も結べるかもしれないって張り切ってた。
失敗する訳にはいかない。今日来る商店街関係者の根津さんと、SMRの重役、ユリ―さんが一緒に来ている。ただ...様子がおかしい。SMRの重役と商店街の関係者があんなにフランクに話しているのは、どうしてだろう?もしかして恋人同士?いや、さすがにそれはないか...。
それに、もう一人、カーシャと呼ばれている可愛らしいお人形さんみたいな少女が、好奇心旺盛な目で二人の後をついて回っている。
あ、もうすぐ曲が終わるみたい。準備しなきゃ。美佳さんが心配そうにこちらを見ている。大丈夫ですよ、美佳さん。さあ、コマーシャルも終わり。一番大事なことをリスナーのみなさんに伝えなきゃ!
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「みなさん、コマーシャル空け突然ですが...素敵なイベントのお知らせがあります!来週の土曜日と日曜日、10月19日と20日に、柳ケ瀬風雅商店街全体で”喰って喰って喰いまくれ!不味いなんて言わせない!喰わなきゃそんそん肉と魚フェア!!”が開催されます!このイベントでは、柳ケ瀬商店街が世界的企業であるSMRとコラボして、選りすぐりの肉と魚を驚きの価格で提供するという、まさに神企画です!!ぜひお越し下さい!!」
~リンカ視点~
少しテンションを上げた声色で、ラジオの前のリスナーに向かって話しかけた。その様子を見ていた美佳さんは、満足そうに私を見つめている。
次に、ゲストとしてトークする予定の根津さんに視線を移した。正直言って、ぱっとしない平凡な男性だ。オークと戦ったら一発で倒されそう。それにしても不思議な三人組だなぁ...。SMRの美人幹部と、妖精のように可愛らしい北欧系の少女。本当に不思議な組み合わせだ...。
~太郎視点~
まだ20歳なのに、すごく大人っぽい雰囲気にドキッとしつつ、どう反応していいか分からずにブースの外からリンカに手を振ってみた。
これで合ってるのかな?
そんな俺の心配をよそに、リンカは営業スマイルを浮かべて笑顔を返し、イベントについて説明を始めた。
「ふふふふ、ブースの外で今回の主催者の一人、根津さんが手を振ってくれています!先ほどの打ち合わせでは、子供たちが楽しめる移動式大型滑り台やジャングルジム、大型トランポリン、ドーム型のエアートランポリンなども用意されていると聞きましたよ!私も童心に帰って楽しんじゃおうかしら!」
凄いなプロって...。本当にリンカはトランポリンで遊びそうな雰囲気を醸し出しながらリスナーに向かって話している。俺には無理だな...。
そんなリンカのMCとしてのスキルの高さを目の当たりにしていると、ディレクターの美佳さんが、「では、根津さんとユリ―さん、ブースの中にお入り下さい!」と声をかけてきた。地方限定だけどラジオデビューをする日が来たようだ。望んでではないけどね...。
ラジオデビューの前に異世界デビューを果たしたのは俺ぐらいだろう。だから、何も恐れることは無い...はず。うそ、緊張して心臓がバクバクしている。
正直、この場から逃げ出したいけど、これも商店街のイベントを成功させるため。覚悟を決めて、俺はユリーと一緒にリンカの待つブースに入っていった。
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