第26話 暗殺計画

 ダイスさんは、サイモンさんを鋭く睨みつけ、それから...。


「サイモンは、太郎様が異世界から来て間もないことをいいことに、太郎様を”太郎さん”と呼び、自分のことも”サイモンさん”と呼ばせていたと聞きましたが、間違いないでしょうか?多くの証言を得ていますので、サイモンをかばう必要はございません」


 そう言うと、ダイスさんは苦々しい表情でグラスに注がれたポーションを一気に飲み干した。


 外堀を埋められているようだ。サイモさんは下を見て、顔が真っ青。そりゃ、ダイスさん怖ぇーもんな...。


 今回、サイモンさんの次女キャロンと三女マーシュンの姿が見えない。多分こうなることを見越して、入室禁止を命じたのだろう。給仕係のロイヒと楽しそうに遊ぶ声が聞こえる。


 ロイヒ、超万能プレイヤーだな。斥候から子守りまで。恐るべし...。そんなことを思いながら、透明度の低い窓ガラス越しに外を眺めていると...。


 ドン!


 ダイスさんは飲み干したポーションのグラスをテーブルに置いた。苦味のせいか、今の話のせいか、表情が非常に険しい。場がシーンとなる。


 俺は怒られているわけではないが、この雰囲気を作った一因でもあるので非常に気まずい。みんなも困っていないかとかと思い、さりげなく辺りを見渡すと...。


 約一名、何食わぬ顔で葡萄酒を平然とラッパ飲みし、スライスした肉を美味しそうに食べている男がいる。


 テーブルの下では、細くて長い美しい脚が何度も蹴りを入れているが、当の本人は何食わぬ顔で葡萄酒を飲み、スライスした肉を食べている。あ、今度はチーズに手を伸ばした...。


 おいおい、一人だけマイペースに葡萄酒を楽しむなよ。だが、そんなバロンは行動を止める様子もなく、ダイスさんは...。


「太郎様、サイモンについてですが、呼び捨てでお願いします。本来ならば3日程地下牢に幽閉しようかと思ったのですが、カーシャやジュージュンがキャロンやマーシュンが悲しむからと言ってきたので止めますが...もちろん私も”さん”付けは不要です!」


 この親父、元気になった瞬間から飛ばすな。まあ、日本も外国の文化の流入で、目上の人を呼び捨てにすることへの抵抗は昔に比べると少なくなったが、まだ俺は根強い抵抗感が残っている。


 大学卒業後、営業でもまれてきた俺にとって、敬語を使う事はあたり前だ。でも、この状況で「いえ、サイモンさん、ダイスさんで今後もお願いします」とは言える雰囲気じゃないし、こんな話で時間を取られたくもない。了承しよう。


「わ、分かりました。ダイスさ...ダイス」


 慣れねー。思ったより辛い。


 そんな俺に対してカーシャが、「今回の件は気になさらないでください。太郎様はこちらの世界に来て間もないとお聞きしました。知識奴隷を購入されたいともパパ...いえ、父から聞いております。太郎様のお目にかなう奴隷が手に入るまでは、私が太郎様を支えますので、何なりとお申し付けください!」


 そう言いながら、カーシャは目の前のお皿に薄切りの肉やチーズ、サラダなどを手際よくよそってくれる。


「は、はあ...」


 サイモンさ...いやサイモンとは違う感じで、カーシャもぐいぐい来るな。まあ、悪い気はしないけど。


 そんな俺とカーシャの様子を見たダイスは、サイモンを見る表情とはうって変わり、超ニコニコしている...。ダイス、分かりやすいな。お孫さんにメロメロ爺さんだな。


「まあ、サイモンもジュージュンやカーシャに咎められ、十分反省したと思います。さ、サイモン。昨日のソマリア神父の件について、食事が終わり次第、説明を頼む」


 ダイスはサイモンに話を振った。サイモンの表情は先程までの委縮した表情は消え、プレゼンに挑むイケメン商社マンのような顔つきになった。


 優秀な男は切り替えが早いよな。後に引きずらない。さすがだな。


 ソマリアの件は俺も気になっていた。なぜダイスを狙ったんだ⁉ 他の教会関係者は関与しているのか⁉ 教会っていいことをする集団だと思っていたのだが、私利私欲に走っているのか⁉



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 朝食が一通り終わると、ダイスの件について説明があるようだ。


「はい。まず昨日、商会の者が教会本部と話をしたところ、”今回の件に関して教会本部とは一切関係が無い”という返事を得ました。教会本部はアーレント商会の怖さを《身をもって》知っております」


 《身をもって》知っているとは、ずいぶんと物騒な話だな。アーレント商会って武装派集団なの?商会って、物を売るお店じゃないの?


「祖父アーレントの時代、教会が友三様の逆鱗に触れ、壊滅的な被害を受けました。当時、友三様と行動を共にしていた者が、我がアーレント商会の現役暗部であることを教会本部は知っております」


 友三爺さん、あなた何をしたの?逆鱗に触れたって、そういえば「バランとエメリア、二人の愛の大全集」の13,14話で、教会幹部にさらわれそうになったエルフを救ったとあったな。そこに関与しているの⁉


 う~ん、よく分からないけど、不義理なことを嫌う友三爺さんを怒らせてしまったんだろうな。


 そんなことを考えている俺をよそに、サイモンさんは話を続けた。


「教会本部に今回の件を確認した後、ソマリア神父を私たちの屋敷の地下室に連行しました。そこで少し”お勉強”をしてみると...」


 地下室に連行?今、地下室って言いました⁉それと、”お勉強”の使い方が間違っていますよ、絶対!


「ソマリアは「お布施を払わなくなったお前らが悪い!教会本部は何とかしろとうるさい。だから、ダイスを消せば、まだ若造のサイモンだ...ダイスがいなくなり弱体化したアーレント商会の隙をつけばと思ったのに...くそ、もう少しだったのに!!」と申しておりました」


 神父...。何やってんだよ。もっといいことをしろよ...。聖書を熟読しろよ。聖書って、いいことが書いてあるんだろ⁉


「ただ...」と言ってサイモンは一呼吸置き、手元のグラスに口を含んだ。そして...。


「釈然としない面がありましたので、もう少し“お勉強”してみると、私の殺害計画もあった様です」


「そ、そんな、あんたまで」と、ジュージュンが青白い顔をしてサイモンを見つめる。


 サイモンは無言でジュージュン見つめ、そしてウナズいた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「どうりでシルバーウルフが多かったわけだ...尋常な数ではなかった」と、バロンは5本目の葡萄酒を飲みながら呟いた。


「そうね。あれは何かの魔道具によって必然的にシルバーウルフを集めたと思うわ。ソマリアか、その関係者達が...」とエメリアが続いた。


 エメリアもグラスに注いだ葡萄酒を口に含んだ。まあ、酒を飲まなきゃやってられないわな。簡単に命を奪い奪われる世界だ、”しらふ”では辛すぎるわな。


「遠話の魔法を使って教会本部に報告をすると、「ソマリアに、アーレント商会をどうこうさせるつもりはなく、いつもと同じ額の寄付を集めろと言っただけです。アーレント商会様に迷惑をかけるようなことは絶対にしていません!!」と、現在の教会トップ、ツベリン教皇が泣きながら申しておりました」


 教会のトップが泣きながらって...。どれだけ怯えさせているんだよ、アーレント商会は...。


「言葉では何とでも言えますよね」と優しく声をかけると、「もちろんです。誠意をお見せします!!必ず、必ず、寄付金の5%、いえ、10%を孤児院や子供を保護している教会と施設に寄付をいたします」と申しておりました。心境の変化があったようです。これも全て太郎様のおかげです」と、サイモンさんは微笑んだ。


 なんか怖いけど...。まぁ心が入れ替わるのはいいことだよね。


 その後、ソマリア神父の件や、ツベリン教皇を中心とした教会の現状や問題点が報告されたのだが、あまりピンとこない。こっちの国の人間じゃないからな。


 だが、俺も友三爺さんの孫だ。毅然とした態度で挑まないと。


「ダイス...。俺はこっちの教会の体制、いや社会情勢自体がよく分かっていない。だが、理不尽に苦しめられている者を救った友三爺さんと心は一緒だ。何かあれば俺を利用して欲しい」


 そう、ダイスに告げた。


「あ、ありがとうございます。さすが、わが父アーレントから聞いていた友三様のお孫様です!!太郎様の手を煩わせることが無いよう、このダイスがさらに目を光らせます。もちろんサイモンもです!!」


 サイモンも俺を見てしっかりと頷く。そして...テーブルの下では華奢な手が俺の手を力強く握りしめてきた。


 "もちろん私もです"と言っているかのように...。隣を見るとウツムき、両頬が朱色になっている。


 こんなかわいい子の信頼を裏切らないようにしないとな。まあ、そんな未来が来ないことを願うけどな。


 さあ、もう一つの仕事、本来の姿に戻らないと。大量の魚を持って地球に帰る事!いけないいけない。シリアスな展開が続いたため、忘れかけてしまった...。柴さんに怒られないように、海に向かわないと...。さーてと行きますか。

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