第17話  ノック式のボールペン

「大丈夫ですか?傷や怪我があれば治しますよ?」


 まだ朝の9時ごろだというのに、元気で騒がしい集団から少し離れた男性に近づき、声をかけた。彼は俺と同じくらいか...いや、もう少し年上だろうか?西洋系の顔立ちは年齢が分からなくて困る。


 まあ、そんなに年は離れてはいないだろう。確か名前はサイモンと言ったはずだが...。


「大変失礼を致しました。本来ならまず、私の方からあなた様にお礼を述べに行くべきはずでしたが...」


 俺に対して深々と頭を下げた。何でもサイモンさんによると戦闘後、俺の元へすぐにお礼を述べに来たが、護衛の者達が俺を取り囲んで、たどり着けなかったと謝って来た。


 いやいや、バロンやエメリア...確かに凄く迫力あったもんな。人気店のタイムセールのような勢いで俺に押し寄せて来たからな。あんな状況じゃ、サイモンさんが割って入ってこれるわけがないな。


 更には、俺が皆んなの怪我を治す光景を見て、その場で立ち尽くしてしまったらしい。


 そんなサイモンさんは、「なかなか挨拶にこれ無くて申し訳なかったです」と俺の前に立ち、襟を正して笑顔を向けながら片手を俺の前に差し出した。


 爽やかだな。外資系の商社マンと商談を交わす感じがする。


俺とがっちり握手を交わした後、サイモンさんは「改めまして。私はイースカンダスを中心に商会を営んでおります、アーレント商会の三代目会長、サイモンと申します」と、活舌良く挨拶し、深々とお辞儀をした。


 こっちの世界に、名刺の様なものは無いんだな。


 さらにサイモンさんは 「私以外も、“飲んで飲みつぶれてまた眠るだけ”のメンバー全員、あの数のシルバーウルフに囲まれて、誰一人として命を失うことなく、更には、欠損した腕までを治すという奇跡まで...。感謝してもしきれない恩を、あなた様から受けました!!」と、俺の手を力強く握りしめながら熱く語った。


 握った手を離してくれない。いや、離さないどころか、さらに強く握りしめる。金髪サラサラヘアーのイケメンに握りしめられると、何だかドキドキする。あっちの気は無かったはずなんだけどな...。


 興奮しまくっているサイモンさんを少しでも落ち着かせようと、「サイモンさん、怪我などはないですか?」と聞くと、サイモンさんは擦り傷を少し負った程度で、護衛の“飲みつぶ”たちが身を挺して、守り抜いたらしい。


 ただ、それも限界が近づいていたらしく、俺と源さんの到着が少しでも遅れていれば、間違いなく全滅をしていただろうと述べてきた。「ですから、太郎様と源様は、私たちにとって救世主様です!!」と、瞳をキラキラとさせて大きな声で称えた。


 源様って...。まあ、分からんでもないけどね...。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 それよりも、や,やめて、そんな純粋なキラキラとした瞳で俺を見ないで。そして、そろそろ開放してくれないかな...?


 お魚が取れる場所も俺のナビゲーションシステム“森本オレ”さんに尋ねれば分かるし。強引にダッシュして逃げようかな?このサイモンさん、悪い人ではないけどあんまりぐいぐい来られるのが、俺はどうも苦手なんだよ。


 そんな思いを込めてサイモンさんに、「俺と源さんは魚の仕入れのために海に向かっていたら、戦闘に出くわしたので助けたただけですよ。あと、俺に”様”はつけないで下さい。俺も”サイモンさん”と呼ばさせて頂きます。ですから、”太郎さん”で結構ですよ」と告げた。


 ”様”付けをやめてもらい、さらに、たまたまを強調して”お礼はいらないよ”アピールをしてみたのだが...。おお!魚の仕入れですか!それでしたら海辺の貿易都市、イースカンダスに本部を置くアーレント商会にお任せ下さい!お礼もかねて、漁場をご案内致します!!」と、ぐいぐいと俺に近寄ってきた。


 しまった!裏目に出た。やんわりと“お礼はいいから、早く俺と源さんを解放して下さい”作戦は、見事に撃沈してしまった。


 こっちの世界の人は、皆んなこんなに義理固いの?奴隷になりたい人が多いの?そして人の話を聞かないの?


 日本人の感覚と違うんだな。あと治療魔法もまずかったな。バロンとムーグの欠損部位を治したら、“神の奇跡”や“もしかして神様?”なんて言っていたし。やばいことしたな~。


 でも分かってはいるんだけど、自分に力があるのに目の前で苦しんでいる人を見過ごせるほど、図太い精神をしていないし、対価を求める基準も分からない。


 綺麗ごとかもしれない。


 こちらの世界は皆んな、対価を求めたり、支払ったりするのが当たり前のようだな...。そのことだけは”飲みつぶ“やサイモンさん達と出会って、はっきりと学ばせてもらった。


 しかし、圧倒的にこちらの世界の常識が足らない。このままでは目立ちまくる。


 日本とは文化が違うことが分かった。ならば、俺は魔法を何でも作り出せる能力を得ている。いっそ、秘密厳守の制約のみの奴隷契約や箝口令カンコウレイの魔法を創り出し、今回のような場合、相手の同意のもと使用してもいいのではないだろうか?


 そうでもしないと、どこからか俺の情報が漏れた場合、関わった人全員を無意識のうちに疑ってしまうかもしれないし、自由にサーマレントに来づらくなってしまうかもしれない。


 やばい、やばい。


 早くエリーと会ってこのサーマレントについて詳しく教えてもらおう。知識のある人を雇うしかしないな。でも俺には秘密が多すぎる。なんていっても向こう地球の住人だし。


「やっぱり知識奴隷が必要かな。でもお金が無いからな~」と、ついつい小声で呟いてしまった。


 そんな俺の凡ミスを見逃すサイモンさんではなかった。


「奴隷でしたらご案内致しますよ!イースカンダスはサーマレント国、第二の都市でございます!奴隷も様々、取り揃えております!あと、お金の方を心配なさっておられるようですが、そこのシルバーウルフの革と魔石を、我が商会にすべて売ってくだされば、白銀貨2枚の値段が付きますよ!!」


 良く聞こえたな...サイモンさん。もしかしたらエルフなの...?



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「また、先ほどの神聖魔法代を彼らに請求すればミスリル貨、いや、赤金貨の価値は、十分にあると思います」


 ミスリル貨、赤金貨などの貨幣価値についてはエリーから、オークのおおよその価値を知るために学んでおいて。また、友三爺さんが日本の貨幣価値と照らし合わせた、貨幣基準も教わっていた。


 良かった学んでおいて...。


 日本の貨幣価値と比較をすると、白銀貨一枚で約100万円、ミスリル貨一枚で1000万円、赤金貨1枚で一億円らしい。


 俺は神聖魔法を一回唱えるだけで、一億円近くも貰えるらしい。ありがたいことですわ。もう“根津精肉店”や“柳ケ瀬風雅商店街”にこだわらなくても、いいのかな?こっちの世界で遊んで暮らせそう...。


...。


 嘘ですよ。そんなことしたら、色々な方面から怒られそう...。


「何といっても、あなた様の倒したシルバーウルフは、物がいい!外傷が殆ど無い、いや、無さすぎるのです!普通なら刀傷や魔法攻撃による爆破痕などがあって、当たり前です!!でも太郎様たちが 倒したシルバーウルフは内臓を破壊されての死亡。この為、毛皮の状態が非常にいいんですよ!!我々、アーレント商会に全部売って頂けるのでしたら、”勉強させて頂きますよ“!!」


 やや、いや、相当興奮した口調で、買取りを迫って来た。それにしてもこちらの世界でも“勉強させて頂きます”とか使うんだな。なんとなく親近感がわくよな。


「あと、私個人としてのお礼として、私が信頼を置いている“ヒルメス奴隷商会”でよければ気に入った奴隷を1人差し上げます。現在ヒルメス奴隷商会は、二代目のシリウスが引き継ぎ、健全な経営を行っている良質なお店です」


「はあ、あの、あ、ありがとうございます...」


「太郎様の希望される知識系の奴隷から、絶世の性奴隷、太郎様なら必要ないと思われますが、護衛が出来る戦闘奴隷まで、幅広く取り揃えていますよ」


 もう...“はあ“や“あの“としか言えなかった。奴隷をくれるって言って喜ぶのも、日本人の倫理観としてはあまりピンとこない。ただ、絶世の性奴隷...見るだけならね...。それに不幸そうなら、俺が購入して幸せにするのもありかな...? 


 でも絶世の性奴隷って...女性だよね?

  


◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 煩悩と戦っている俺に対して、サイモンさんが「太郎様、先ほどの戦闘の時に、これを落としましたよ」と言って、を胸ポケットから取り出し、それを俺に差し出した。


 うわ~懐かしい。うちのお店でよく使っていた、“BOWWY”だ!ノック式の先駆けみたいなボールペン。


 ノック式のボールペン。サイドのボタンでノックを戻すと、頭部のノックボタンが勢いよく戻る構造。この“BOWWY”を使って、友達と休み時間に消しゴムを弾く遊びが、うちの親父、正の時代に大流行したそうだ。


「そのボールペンは俺のじゃないですよ。しかし懐かしいタイプだな~。うちの店にもあったよ!!」


 俺は懐かしさで、サイモンさんの存在を忘れてしまい、一人勝手にテンションを上げていた。サイモンさんの意図も知らずに...。


 サイモンさんは俺の言葉を聞いたあと、ただただ思い出に浸って“BOWWY”を、カチカチとノックしている俺を見つめていた。


 そして、サイモンさんはゆっくりと俺に...。


「やはりあなたはの世界の人じゃないのですね」と言ってきた。


「そのボールペンは私の祖父、アーレント商会初代会長のアーレントが、という異世界の友人から貰ったモノの一本です」


サイモンさんは、俺の目をじっと見つめて、そう言った。

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