第16話  私が、あたしが、俺が、わしが奴隷になる!

 とりあえずこのウルフの群れを倒せたようだ。ホッとした。しかし、ここに横たわっているシルバーウルフって食べられるのかな~?あと、この人たちと戦っていたから、この人たちの獲物になるのかな?


 シルバーウルフの毛皮を加工して、コートやマフラーにしたらそれなりの値段が付きそう。だけど、日本では動物愛護団体が黙っていないだろうな。いくらサーマレントで人を襲っていた、害獣の毛皮ですよ!と言っても通用しないだろうし...。


 “柳ケ瀬風雅商店街”で、抗議デモを起こされたら、違う意味で商店街が満員御礼になってしまう。そんな賑わいはいらないな。


 話を戻して、別に欲張るつもりもないから、5匹ぐらいもらえないかな?サーマレントでシルバーウルフを売って、現地のお金が欲しい。それと、シルバーウルフの肉ってどんな味がするのかな?あとで“鑑定”をかけてみようかな?


 いや、そもそも食べられるのかな?まあ、二足歩行であんな不気味なオークが食べられるんだ。シルバーウルフの方が食べやすいと思うけど。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 あーだこーだと考えていると、脚の怪我の治療を施した、ずんぐりむっくり体型のおじさんが近寄って来た。俺の魔法が効いた様で、脚を引きずっている様には見えない。よかった。


 そんなおじさんは自身をバロンと名乗り、「先ほどは危ない所をお救い頂き、誠にありがとうございました」と目頭を熱くさせながら、何度も感謝の言葉を述べてきた。そして、源さんに対してもお礼を述べた。


 バロンの感謝の言葉に対して源さんは「わん!わん!わん!」と、しらっと犬の言葉で返事をした。


 俺が「バロンさん、そんな勘弁して下さい」と言うと、飲むつぶのメンバー全員から「さん付けは止めてくれ」とすごい勢いで言われた。どう見てもバロンさんは年上なんだけど...。やり辛いな...。


 俺以外のみんなが、“あれ、こいつ話せるんじゃなかったっけ?”という表情をしてきたが、全部無視を決めさせた。


 先程、シルバーウルフとの戦闘時は俺も源さんも人命救助優先で、この人たちの前で源さんと普通に会話をしてしまった。でも、あくまでも他人の前では“念話”を使うように源さんに告げた。いや、お願いをした。


 ただ、やっちまったことはしょうがない。すっとぼけて白を切り通そう。そして、さっさとこの場を離れよう。


 俺には”柳ケ瀬風雅商店街“会長じきじきの使命があるからな。ここで足止めをくらう訳にはいかない。


 魚探し、魚探しと。


 そういえば以前、日本の俳優がマグロを釣り上げる番組があったような...松村弘樹だったっけ?俺も真似して釣り上げてみようかな?


 そんな浮かれ気味の俺に対して、バロンが言いにくそうに、「後で...必ずお金を払うから、奴らも助けて下さらぬか!!」と、立派なひげを蓄えた顔貌を俺に近づけてきた。ちょ、ちょっとバロン、顔が近い、近い!!


 バロンの後ろを見ると、腹部を辛そうにおさえるエルフや、片腕が千切れている男性が立っていた。それぞれ、エメリアとムーグというらしい。片腕がちぎれている男性は汚らしい布でぐるぐると切断面を巻いている様だ。ダメだよ、滅菌した綺麗な包帯で巻かないと...。


 早くこの場から解放されたい俺は、「ああ、やりましょう...」と返事をしようとしたところで、とても身軽そうな男性が俺とバロンの傍に慌てて駆け寄って来た。それも、ものすごく神速な動きで。


 そして...。「おいおいバロンの旦那、旦那の脚の様に回復してもらうとして、幾らかかると思っているんだよ!!」 と言いながら、俺とバロンの間に割って入って来た。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 このグループで、斥候を担当しているサイアスという若者らしい。


「そ、そうよ、バロン、貴方の脚の代金だって天文学的な値段がするわ!!返せる当てもないのに、返すなんて言ったら、間違いなく死罪よ!!」と、先ほどまでお腹を押さえて痛そうにしていた、綺麗な女性が、必死な形相で話に加わる。


「うるさい!!お前らは黙っていろ!!」


 バロンがギャーギャー耳元で騒ぐエメリアやサイアス、そして...エメリアにぶちぎれた。まあ、100%エメリアにぶちぎれたようだ。


「うるさいって...ですって~!!どういう事よ⁉私がこんなに心配をしているっていうのに~!!あなたっていう人は!!」とエメリアは、今にもバロンに殴りかかるかの勢いで突っかかりに行く。


 エメリア、お腹痛いんじゃないの...?何だか、メンバー内で揉め出した様だ。さっきシルバーウルフから助かった時は、みんなで抱き合って喜んでいたのに...。


 この場から離れたい...マジで...。だが、言い争いはまだまだ続いている。


「あちらの旦那の魔法は、そこいらにいる陳腐(出来の悪い神父のこと)とは違って、本物の神聖魔法だ。比べ物にならない値段が必要だろ?これでエメリアやムーグまでとなったら、とてもじゃないが払えねって!!」


 サイアス本人は小声で言っているつもりかもしれないが、興奮しているようで俺にも聞こえてしまう。


「大丈夫じゃ!お金ならわしが何とかする!!わしはお前らの中で一番老いている。みんなの力になり、土に帰るのが我が一族の誇りであり、ドワーフの使命と思っておる。安心せい!!」


 あ、あのー、誰かを忘れていませんか?もしもーし⁉


「ちょっとそこの、くそドワーフ!自分を売ろうとか考えているんじゃないでしょうね!あんたみたいな戦闘馬鹿で汚い爺より、綺麗でナイスなプロポーションを誇るエルフの方が、いいに決まっているでしょう⁉私があんたとムーグの代わりに、性奴隷でもなんでも、慰み者にでもなってやるわよ!」


 性奴隷、慰み者って...。やっぱりこっちの世界って奴隷制度があるのね。やっぱりファンタジーの世界だな。性奴隷は必要ないけど、こっちの事に詳しい奴隷が一人いてもいいかもしれないな。


 今の俺はイメージで念じれば、好きな魔法を創り出すことが出来る。そんな俺にとって、今欲しいのは力や金ではない。


 サーマレントの品物の価値や地理、倫理観や社会の仕組み等などを教えてくれる存在が欲しい。


 サイアスが持っているダガーやエメリアが所持している、綺麗な彫刻が彫られた弓など、その価値が全く分からない...。この近くに村や町があるかも分からなければ、どんなお店があって、どんなものが売られているかなども全く分からない。


 宗教上のタブーやマナー違反などもこのサーマレントにもあるだろう。今の俺は、平気でやらかしてしまうだろうな。


 怪我を治してあげるから、俺に知識を授けてくれないかな?奴隷落ちしなくていいから。


 チラッと冒険者たちの方に視線を向けると、まだ揉めている。そして、まだあの美人なエルフは「私があの人の性奴隷になって毎日夜の相手を...」とより具体的に語り出した。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 もう、俺のことなど完全に無視。空気。更にも一人、“自分を売ります”宣言をしてくる若者が現れた。


 片腕がもげているムーグだ。「俺でよければ奴隷となって用心棒でも、魔物との戦闘でも何でもします。だから、だから、バロンさんとエメリアさんを助けてあげて下さい。孤児院で育った俺らを...」と、涙を流しながら俺を真直ぐに見つめながら語りかけて来た。


 何なの、この人たち?俺はどうすればいいの?こんな状況でエメリアを「今からお前は...俺の性奴隷だ、げへへへへ!!さあさあ、さっさと俺の下の息子を...」何て、いえる日本人なんているの?


 俺は言えない。そして俺以上に感動にひたっている生き物がいる。  


 足元を見ると源さんが、両目から滝のように涙を流し「いい話ですわん。いい話ですわん。仲間たちとの友情を描く長編ファンタジー小説ですわん...」と呟きながら、おろろん、おろろんと泣いている。


 源さん、泣き過ぎ。そして、また人前で言葉をしゃべっちゃっている。あまりに感動しすぎて、感情のブレーキが利かないのかもしれないな。まあ、しょうがないか。それよりも、いつ長編ファンタジー小説を読んだんだ?


「ま、まあみなさん、誰が奴隷になるかとか物騒な話はおいといて、とりあえず怪我を治してしまいましょう!」と、一人ずつにキュアをかけ、それぞれの怪我を治していった。 


 これがいけなかった...。


 より私が、あたしが、俺が、わしが奴隷になる、なりますと、ヒートアップし始めた。中には「母国の国王にお金の相談をします!!」って言いだす、獣人の女の子まで現れた。な、冗談だよね...?


 それよりも、そんなに奴隷になりたいの⁉逆に、そんなにすぐに奴隷になれるものなの?


 今は何を言っても無駄だと思い、少し落ち着くまで、放って置く事にした。


 その間に俺は、この冒険者一同の雇い主であるサイモンさんの様子を見に行くことにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る