第5話 異世界名物 オーク肉
俺は突然の事態に戸惑っていると、突如として、様々な大きさと太さの薪がどこからともなく現れた。エリーさんはそれらに対して、さも当たり前かのように、「ファイア」と静かに呟いた。
エリーさんの指先からは、20㎝ほどの火の玉が現れた。それはまるで生命体のように、薪の中へと飛び込んで行った。そして、ほんの数秒後には、陽の光のようにパチパチと音を立てながら、薪の中で火の玉は燃え広がっていった。
もう...魔法だよね。間違いないよね。「ファイア」って呟いたのをはっきりと聞いていましたから、はい。
ここはやっぱり異世界なの⁉いや、もう異世界と認めざるをえないよね。何もない空間から生肉が出現し、突如として火の玉が現れた。これが日本だったら、Hey Tubeで大騒ぎになるだろう。
エリーさんは、俺の存在をすっかり忘れてしまったようで、黙々と作業に没頭している。まあ俺も、驚きのあまりぼんやりと彼女の流れるような動作を見つめているだけで、何もできない。
俺がそんな状態にあることを気にも留めず、エリーさんは楽しげに鼻歌を歌いながら焚き火を始めた。そして、先ほど取り出した生肉を適当な大きさに切り分け、細長い棒に刺し、焚き火の周りの土に立てた。
「準備完了」
エリーさんは、慣れた手つきで肉を遠火で焼き始めた。時折、肉の向きを反転させて、全体がまんべんなく焼けるように調整を加えている。エルフのソロキャンプ、なんとも風情がある。これをHey Tubeで公開したら、間違いなく人気が出そう。
数分後、肉の表面が焼け始め、脂が滴り落始めたた。滴り落ちた脂が火に触れ、「バチバチ!」という音と共に、美味しそうな香りが広がる。
俺は他のことが目に入らなくなった。肉の食感は?味は?といったことを想像しながら、焼ける肉をただただ見つめていた。
早く食べたい...。
ご飯を待つワンちゃんの気持ちが、初めて分かった様な気がする。
さらに数分待つと、肉汁が滴り落ち表面が程よく焦げた串焼き肉を、エリーさんが俺の前に差し出して、優し気な笑顔と共に「タロウ、どうぞ♡」と言った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「すごく美味しいいいいい!!!」
信じられないほどの美味しさだ。今まで食べてきた肉が何だったのかと思うほど、衝撃的な美味しさだ。
本当に美味しい物を食べると、美味しいとしか言えないし、余計な言葉は必要ない。言葉を発するよりも、次の一口が欲しくなる、そんな感じだ。
一体これは何の肉だろう?牛?豚?猪?分からない。精肉店の息子として育った為、色々な肉を食べる機会はあったはずだけど...。
多分、違法な肉ではないと思うけど...。いや、そうだと信じたい...。
考えても想像がつかないから、エリーさんに恐る恐る聞いてみた。「エリーさん、これって何の肉なの?」
もし、禁猟の肉だったらどうしよう...。
すると、俺の不安を知ってか知らずか、エリーさんは可愛い笑顔を浮かべながら、「んー?オーク肉だよ。タロウ、食べたことが無いの?」と、逆に質問をされてしまった。
「いやないよ!」と即答でエリーさんに告げた。
あるわけないじゃん!俺の住む世界には、オークはいないから...。って、こっちの世界にはオークが存在するの?
俺は今食べている肉をマジマジと見つめる。
こ、これが良く小説や漫画に現れる、オーク肉か...。小説中では美味しい肉として描かれているが、本当に旨い!何で小説を書いている人たちは知っていたのだろう?小説家の中には異世界に行った経験がある人でも紛れ込んでいるのかな?
しかし、本当にうまい。いやもうマジもんですよ。高級デパートで売られている、神田牛や松田牛など、まったく比較にならないと思う。オーク肉の圧倒的な一人勝ちだ。
噛みごたえがありながらも硬すぎず、柔らかすぎない。いやもう神
何だかグルメリポーターになった気分。でも、そんな言葉がスラスラ出てくるぐらい旨い!
いや、まだまだ言葉が出て来るぞ。そして何よりも、肉を噛む度に肉汁が終わりの無い物語の様にどんどん溢れ出てくる。
それでいて脂っぽすぎることもない。やばい。食べるのを止められない!そして止まらない!
異世界の人たちは、こんなに美味しい肉をいつも食べているの?
小説ではよく塩や胡椒は高級品として描かれている。特に胡椒は一部の貴族しか使用できないイメージがあるけど、この肉だったら塩や胡椒はいらないかも。
こんなに素材が良ければ、調味料が無くても十分美味しい。
食べ物って本当に不思議だ。美味しい物を沢山食べたら、心に余裕が生まれた。
上手く表現ができないけれど、何というか、心が温かくなった様な気がする。
久しぶりだった。こんなにも心が温かく感じる事。3流企業に勤め、日々の業務に追われ、そして...親父が死んだ。
最近では、お袋にも心配をかけていた。
「東京での生活に馴染めないのかい?」って。無意識のうちに、きつくあたっていたのかな?
でも不思議と、このオーク肉を食べたら気持が暖かくなり、心にも余裕とゆとりが生まれた...そんな気がする...。
お袋にも味あわせたいな。誠也にも、成やんにも...。
そうだ!是非この肉を、潰れかかった"根津精肉店"でお客様に売りたい!目玉商品にしたい!起死回生の起爆剤にしたい!
そう思った。
そうと決まったら...。交渉あるのみだ。ふふふふふ。こんなところで3流企業で飛び込み営業をしていた経験が役に立つとは...皮肉なものだ。
名刺を忘れてしまった。いや、必要ないか...。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「エリーさん?まだこのお肉は残っていますか⁉」
恐る恐る聞いてみた。あれば安く売って欲しいと思ったからだ。
でも、通貨とかどうなのだろう?円、ドル、フラン⁉一回、銀行に行かないとな。でも、銀行ってあまりレートが良くないんだよな。
そんなことを考えている俺に対して、エリーさんは 「んー、タロウ欲しいの?欲しいのならあげる。それと"エリーさん"やめる。"エリー"でいい。私も"タロウ"と呼ぶから。それでOKなら、オーク肉をあげる」と告げてきた。
オーク肉よりも名前の呼び方の方が、気になっていたみたいだ...。
「えー⁉いやいや、やばいでしょう⁉こんな旨い肉。タダという分けにはいかないよ!!」
慌てふためく俺をしり目に、エリーは笑顔で微笑んだ。
「うふふ。タロウったら慌てて可愛い♡大丈夫よ。沢山あるし。それにオークを一体倒すと大量の肉が取れるの。他の冒険者もオークを頻繁に狩ってくるから...オーク肉は案外安いんだよ」
まだ焼いていない、オークの生肉を見つめながら教えてくれた。
異世界分からねー。でも本当にいいのかな?俺が迷っていた。
「いいのよ。友三さんには本当にお世話になったの。あの人がいなければ、今頃私は死んでいたか、
そう、エリーは晴れやかな笑顔で俺に伝えてきた。
この世界の治安の悪さが、少し
何?死んでいたとか、慰み者って?よく小説とかに出て来る、性奴隷とかの事かな?本当にあるのか?物騒な場所に来てしまった様だな。
それにしても、友三爺さん、グッジョブ!だけど友三爺さん、いつこっちに来たんだ?それも誰にも告げずに。俺の親父ぐらい、こちらの世界への扉を教えてあげても良かったんじゃないか?
俺の親父、正は俺よりも異世界系の物語が好きだったからな。こっそりと小説や漫画を読んでいるのを、俺は知っていた。遺品からは、その種の小説が山のように見つかった。
まぁ、そんな事情は一旦置いといて、まずはオーク肉からだな。
再度、オーク肉の交渉に挑もうとしたその時、エリーは信じられない言葉を口にした。
「今のタロウなら、オークぐらい楽に倒すことができるよ。大丈夫!」
可愛いい顔から、とんでも発言が飛び出した。お、俺がオークを倒せる?子犬に吠えられてもびびってしまう俺が?
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