第41話:お泊りの夜、ベッドで

 初のお泊りで、食器を片付けた後、お風呂を入れた。


「君は酔いすぎやけんシャワーだけね」

「わかった」

「一人で入れる?」

「流石にね」

「なんかあったらすぐ呼んでね」


 僕はフラフラとしながらもお風呂場に向かい、シャワーを浴びる。「下着と寝間着の着替えここ置いとくよー」という姉さんの声に、「うーん」と生返事をした。シャワーを浴びると少しだけ酔いがマシになり、少なくともフラフラとはしなくなった。


 お風呂場を出てタオルで全身を拭き、着替える。ふと、用意された寝間着に目がいった。着ぐるみパジャマだ。流石にこれを着るのは少し恥ずかしいと思ったが、酔っていたからか、「まあいいか」と袖を通し、歯を磨いた。


 脱衣所から出てきた僕を、姉さんが笑って「かわいい!」と抱きしめてくれた。


「なんでこれ?」

「ふっふっふ、似合うと思って買ってたのだ」

「なんでいつもピッタリなのにこれはぶかぶかなん?」

「そのほうがかわいいやん」

「なるほど?」


 頭にクエスチョンマークを浮かべていると、今度は姉さんがお風呂に入った。僕はノートパソコンを開いて、保存していなかった小説のデータを上書き保存し、適当にネットの動画を漁りながらベッドに倒れ込んだ。姉さんの匂いがして、すごく落ち着く。


 ベッドの隣に、冷えた水のペットボトルが置かれているのが目に入った。「飲んでね」と書かれた付箋が貼ってある。


 起き上がって水を飲むと、やけにおいしく感じたのを覚えている。酔ったときに飲む冷えたミネラルウォーターほど、おいしい飲み物はないのかもしれないと思った。何口か飲んで、またベッドになだれ込んでぼうっとノートパソコンで動画を見る。


 しばらくすると、姉さんが脱衣所から出てきた。裸だった。


「もう、服着てやー」

「私ね、ひとり暮らし始めてから夜は裸族なんよ」

「ええ……」

「ま、流石に着るよー、待っててねー」

「裸族なのはまじなのね」


 再び現れた姉さんの格好は、妙にセクシーだった。ネグリジェというのだと、後に知った。着ぐるみパジャマを着る厚着の男子中学生と、ネグリジェを着る薄着の社会人女性。季節感がまるでわからなくなるが、薄着で寝ると寒い季節だった。


「寒くないん?」

「君を抱き枕にするからいーの」

「そ、そうですか」

「あ、照れとるー」

「んー」

「眠そうやね」

「ばりねむい」


 姉さんが笑いながら僕からノートパソコンを取り上げ、一度起き上がらせた。また水を飲んでトイレに行き、手を洗って戻って来ると姉さんがベッドの中で手招きしている。僕は電気を消して、姉さんの隣に寝転んだ。すると布団を被せてくれて、宣言どおり僕を抱き枕のように抱きしめてくれた。


「はあー、あったかい」

「ねえ、好き」

「素直だねえ、私も好き」

「姉さん」

「んー?」

「顔近い」

「へへへ、たしかに」


 いつもは胸に顔を埋めさせようとしてくるのに、この日はそうじゃなかった。姉さんの顔が、僕の顔のすぐそばにあった。足も妙に絡ませてくるし、雰囲気が少しおかしいと思った。


「あ」

「ちが、生理現象やけん」

「ふふふ、しょんなかよねー、もう14やもんね」

「う、うん」

「出会ったときは8歳だったのにね」

「もう長い付き合いやね」


 小学2年生から数えて、実に6年間の付き合いだ。この年の頃の6年間というのは、異様に長い。大人のそれとはまた感覚が違う。このくらいの期間に、人間の人格形成は完成するという説がある。長い時間を姉さんと過ごした僕は、どんな人格が形成されたのだろうか。


「ね、ヒロくん」

「んー?」

「愛してるよ」

「今反則」

「ね、私達って、姉弟って言えるのかな?」


 それは、僕も考えていたことだった。姉弟というには、あまりにも距離が近すぎるし、一線も何度か越えている。そのせいか、キスは病んでいなくても、そういう雰囲気になればするようになってしまっていた。僕らは、きっと姉弟とは言えないのかもしれない。


 だけど、姉さんと呼び続けたい。そんな風に、思った。家族愛以外の愛情を自覚していても、そう呼びたいと。


「わかんない」

「だよねー……ま、いっか」

「うん」

「トラウマ、なおった?」

「あー、多分」


 何度か病んでる姉さんに襲われてきて、フラッシュバックする回数は度々減っていた。このお泊りから見て最後にしたときには、ついに一度もフラッシュバックしなかった。この頃には、もう性行為に対するトラウマが消えていたのだろう。エロ本を見ても、エロゲのシーンを見ても特にフラッシュバックはしなかったし。


 今思えば、二次元の性行為シーンを見せるのは、姉さんの荒療治の一つだったのかもしれない。


 いや、流石にそれはいい風に捉えすぎだな。


「よかったあ……」

「心配してくれとったと?」

「うん、というか、トラウマあるのに何度も……ね?」

「あーね」

「君は優しいから、嫌なのに嫌じゃないって言ってるんかと思ってた」

「本当に嫌じゃないんよ、むしろ……なんでもない」


 ほぼ言ったようなものだが、なぜだかこれは言わないほうがいい気がして、咄嗟に言葉を引っ込めてしまった。姉さんは、何が言いたいのかを察したように、ニマニマと笑っていたが。


「ウトウトしてきたね」

「ちょっとね」

「あっちは元気なままやのにねー」

「……うるさい」


 姉さんの手を握って、僕からキスをした。姉さんがゆっくりと口を開いたから、舌を絡ませたキスに、気づいたら移行していた。僕からここまでするのは、はじめてだったはずだ。唇を離すと、姉さんが目を丸くして頬を染めていた。


「あの、えと、えと、あの」

「愛してるよ」

「えと、その」


 珍しく、姉さんが恥ずかしそうにしている。言葉が出てきていない。


「おやすみ、姉さん」

「へっ? あ、えと、おやすみ?」


 そのまま、僕は目を閉じた。眠りにつく前に、一度姉さんに口づけされたのをしっかりと覚えている。姉さんはもう寝たと思っているのか、何かモゾモゾとした音を立てて声を漏らしていた。隣でやるな、開き直りにもほどがあるだろ。僕は内心「寝れるかーい」と思いながら、よほど眠かったのか、気がつけば寝ていた。


 今思えば、酔っていたうえに眠かったとはいえ、だいぶひどい男である。この日の日記の姉さん加筆部分の最後の一文は、「あの場面で普通寝る?」だった。ごもっともだ。

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