第24話:小学生最後の冬

 とても寒い日だった。着込んでもまだ寒くて、息を白くしながら、この日も嫌がらせの手紙を夜に投函させられた。僕はもう、投函するときに何も感じなくなっていた。流れ作業のように指示された内容の手紙を書き、投函前にチェックされ、それを投函する。


 おぼつかない足取りでいつもの公園に向かい、姉さんの姿が見えた瞬間に駆け寄って抱き着いた。


「お姉ちゃん!」

「よしよし、辛かったね」


 僕はもう、かなり限界だった。死にたいと思う回数が増え、生きていたくないと思う回数はもっと増えていた。この二つは、同じだと思われがちだが、実は違う。死にたいというのは、積極的希死念慮だと言えるだろう。生きていたくないわけじゃない、ただ死にたいのだ。


 生きていたくないというのは、消極的希死念慮だ。生きていたくない、生きることに価値や意味を見出すことが難しい。じゃあ今すぐ死ぬかというと、それもまた違う。嫌だというのではない。違うのだ。


 まだギリギリ耐えられる。まだ、まだ大丈夫だ。それを何度も言い聞かせ、何度も繰り返し、当時の僕はもう完全に壊れていたと思う。親に取り繕うことも、学校で無理をして明るく振る舞うことも、完全に慣れきっていた。そうして自分自身が乖離していく感覚に、麻痺していた。


 当時、僕は鬱屈した気持ちを全て姉さんとネットに吐き出していた。ネットではチャットにハマり、小説を書くのにもハマッていた。悲惨な展開の多い小説を書いて、ブログに投稿するのが習慣になっていた。


 社会人1年目の姉さんはとても忙しそうだったが、いつも来てくれた。


 しかし、そうして辛くなっている自分が一番嫌だった。こんなことに巻き込まれて、嫌がらせを受けている子はもっと辛いのだ。自分は加害者なのだから、辛がっていてはいけない。そんな風に思っていた。


「姉さんは会社どう?」

「んー? しんどいけど仕事は楽しいよ」

「楽しいならよかった」

「やりたい仕事やけんねー」


 そう言って笑いながら、僕をきつく抱きしめてくれた。この頃の僕たちは、会う度に抱き合って互いの辛さや楽しさを全て分かち合っていた。職場に嫌な人がいるけど、仕事が楽しいからバランスが取れているのだとか、「ヒロくんがいると頑張れる」とか、姉さんは笑う。


「ヒロくんは?」

「正直だいぶヤバイと思う」

「死にたい?」

「正直ね……けど、まだギリギリ耐えられる」

「本当弱いね、私達」

「せやねえ」


 死にたいと本気で願えば、それを言えば、姉さんは本当に一緒に死んでくれるだろう。抱き合いながら、愛を囁きながら、心地よい微睡みに落ちるようにして死に誘ってくれる。そんな確信があったし、今振り返っても姉さんならそうしてくれると信じられる。一生を共に生きるということは、一緒に死ぬということでもあるんじゃないかと、姉さんはたまに言っていた。


 今にして思えば、姉さんのこの理屈は全くの間違いだったが。


 当時の僕は、一緒に死んでくれるだろう姉さんの気持ちに甘えながらも、心の何処かではやっぱり姉さんと一緒に生きることを諦めたくなかったのかもしれない。


 どれだけ限界を越えようとも、どれだけ辛かろうとも、僕はただ、本当は死ぬまで姉さんと一緒に生き続けていたいのだ。だって、僕は姉さんが大好きだから。


「もし私が先に死んじゃったら、一生私のこと引きずっててね」


 この日の別れ際、姉さんが、そんなことをポツリとこぼした。


「言われなくても」

「ま、ヒロくん残して死ぬなんてありえんけどね!」


 一生私のこと引きずっててね、という言葉が今も耳にこびりついて離れない。魂に刻み込まれていて、もはや一生消えることはないだろう。

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