第2話:姉さんの生い立ち

 これは、伝聞の話である。姉さん当人から聞いた話と、彼女の養父母さんから聞いた話だ。


 姉さんは小さい頃、親とは良好な関係だったらしい。年の近い妹がいて、姉さんは妹のことを大層可愛がったそうだ。両親は妹の方を優遇してはいたものの、姉を蔑ろにすることは決してなかった。


 ところが、ある日、姉さんが妹と一緒に遊んでいたときのこと。姉さんの悪ノリで、妹が大怪我を負ってしまった。幸い命に別状はなかったが、姉さんは自分を責めに責めた。自分がもっとしっかりしていれば、あのとき悪ノリなどしなければ。


 その日から、姉さんの生活は一変して地獄になった。


 目が覚めると、自分の分だけ朝食が無かった。親が起こしに来なかったこともおかしかったが、朝食がないのはもっと変だ。両親に「朝ご飯は?」と尋ねると、何の言葉も返ってはこない。


 その代わりに、両親が二人で話す声だけが返ってきた。姉さんは必死になり自分の存在をアピールしたが、とうとう視線すらも返ってこず、諦めてその日は学校へ行った。


 彼女は、両親に存在ごと無視されていた。


 ぶつかれば「今なにかぶつけたかな? おかしいな」という反応が返ってくるし、洗濯物を見つけられた際には「こんな服うちにあったっけ?」という言葉が聞こえる。


 そんな生活に耐えかねていたある日、学校から帰宅したところ、彼女の私物が全て捨てられていた。持って行かなかった教科書やノート、仲が良かった頃に買ってくれた玩具やぬいぐるみ、服。全てが無かった。


 ぬいぐるみは特に、誕生日に買ってもらってすごく嬉しかったものだから、ひどく悲しかった。


 気がつけば、姉さんは暗い山道をとぼとぼと歩いていた。足が棒になりながらも、歩き続けなければ、どこかへ行かなければと足を進ませる彼女に、声がかかる。


「え、どげんしたと!? こげなとこで!」


 聞き慣れない方言に振り向くと、車に乗ったおじさんおばさんがいた。


「家出」


 そう短く答えた彼女を、二人は車に乗せて自宅へ招いた。そこで詳しく事情を聞き、二人は大変激怒し、姉さんを引き取ることにしたという。親戚でもない赤の他人が子を引き取るのは大変苦労することだが、二人は以前養護施設を経営していたこともあり、詳しかった。


 それでも、やっぱり色々と大変なことがあったのだという。


 その後、一般的に想像できるような虐待をされていた僕より二つ上の鈴ちゃんと、親に捨てられた僕より一つ年下の藍ちゃんが加わったということらしい。


 僕がこの話をはじめて聞いたのは、姉さんに養父母さんと引き合わせてもらったときだ。姉さんの話は出会ったときにある程度聞いていたが、ここまで詳しくはなかった。当時の僕は、泣きながら聞いていたのを覚えている。


 

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