ノー・バイタリティ,ノン・ヒロイン!
猫墨海月
Prologue
「聖女よ、今此処に顕現するのだ!!」
神官の声に合わせ、光が辺りを包み込む。
暖かいその光に、この場にいる全てが期待をした。
聖女が召喚されれば、きっとこの国も救われる。
何故なら聖女様は慈愛に満ちた、素晴らしい力の持ち主だからだ。
「…あぁっ、聖女様よ!!」
収まってきた光の中で女が叫ぶ。
その声に全てのものが動き出した。
「どけぇ!!聖女様を見るのは俺だ!!!」
「聖女様ぁぁ!!こっち見てください!!!」
我先にと飛び出す貴族達。
その中心にいる聖女様は、空を見上げ口を開いた。
「…△。◆,✕?」
途端に神殿が静まり返る。
誰一人として聖女様の言葉を理解できなかったからだ。
「…ぁ、□△☆…?」
聖女様の言葉は動物の鳴き声のよう。
あまりに滑稽な言葉に、男達は顔を見合わせ、女達は冷ややかな目線を送った。
それに耐えきれなかったのか、聖女様の顔が青ざめる。
そして彼女は下を向いた。
―次の瞬間、
「…◁○☆■…ぇね。し⬟。ね!!!」
死ね。
彼女は確かにそう発した。
慌てて走ってくる衛兵達。
今日この場には王家の方々が参列しているというのに、聖女が発した言葉はあまりにも醜悪なものだ。
こんな言葉を発するものは、聖女とは呼べない。
「衛兵、こいつを引っ捕らえろ!」
「はっ!」
指示する声に驚いたのか、ソレは急いで立ち上がり、走り出す。
「ぁあ!!」
「きゃぁ!!」
貴族達が居ることもお構い無しにソレは走るので、ぶつかられた女達は大袈裟に悲鳴を上げた。
衛兵達は指導を受けているため、貴族の間を縫って走るだなんて許されない。
やはりアレは聖女ではなく、醜悪な動物だったのだ。
群衆から消え去ったソレに吐き捨てる。
神殿には賑やかさが戻っていた。
それは、始まりとは違うものだったが。
◇◇◇
「……っ……ぁ、っ……ぅ」
森の中を息も絶え絶えで走る。
一刻も早く離れなければ。
本能がそう、言っていた。
私は今危機に瀕している。
目が覚めたら真っ白な場所で。
事情を聞こうと思ったら、冷たい目で見られて。
「…っう……」
あの冷ややかな視線を思い出す。
あれは私の心臓に深く突き刺さっていた。
だって、部屋で寝てたはずなのに。
気が付いたら知らない場所で。
口を開けば蔑まれて。
相手の言葉はわからず。
最終的には、剣のようなもので私を…!!
薄く涙が浮かぶ。
私は何もしていないのに…。
どうしてこうなっているのか、説明すらない。
もう分かんないよ…。
「ぁ……人、だ……」
走っていたら遠くに見えた人影。
反射的に足が止まってしまう。
どうする?話しかけてみる…?
いや、無理だよ…だって話せないもん…
でも…
…やっぱり無理…!!
パーカーのフードを深く被り直す。
なるべく気配を消して、そっと迂回をした。
何があるかわかんないから、なるべく早く遠くに行きたい。
できることなら、街の灯りも届かないような田舎に行きたいよぉ…。
というか、お家に帰りたい…。
半泣きになりながら進む暗い森。
体力が無いくせに全力疾走したせいで、歩くことすらままならない。
こんな状態で家まで帰れるのだろうか。
…ううん。帰るんだ。
私は明日部屋でイベントを攻略するって決めたでしょ。
そのためには、進まないと…。
…辛い、けど……。
このときの私はまだ気付いてないのです。
ここは私の家があった地球ではなく、異世界であるということに。
そして私が此処に来た理由は、聖女召喚の儀のせいだということに。
…気付いたところで何かできるわけではないのですが。
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