心に残るファンタジー短編集

崖の上のジェントルメン

リゲルの花

竹田 優輝は、物心ついた頃から、近所の森に住む妖精のリゲルと仲が良かった。


他の人にはリゲルは見えなかったが、不思議なことに優輝だけには彼女の姿が見えていた。


二人はいつも楽しく遊んでいたし、リゲルは妖精の世界の話を優輝に教えてくれた。


「ねえリゲル、どうして君は僕にしか見えないの?」


「それはね、妖精は心に余裕がある人しか見えないからなの」


「心に余裕があるって、どういうこと?」


「自分が愛されてることを、知っている人のことだよ」


「えー?どういうこと?なんか難しくてよく分かんない」


「ふふふ、そっか」


リゲルはそう言って、クスクス笑った。


二人は森の中で鬼ごっこしたり、かくれんぼをしたりして遊ぶ。


そんな時、優輝が一輪の花を踏みそうになった時、リゲルが「優輝くん!待って!」と叫んだ。


「そのお花を、踏まないで。それは妖精なの」


「妖精?」


「妖精は死ぬと、お花になるんだよ」


「え!?お花になっちゃうの!?」


「時々街で見かけない?なんでこんなところに花が咲いてるんだろう?ってお花があるでしょう?あれはね、妖精がそこで死んでしまったからなの」


「そうなんだ……!初めて知った!じゃあ、リゲル以外にも妖精っているんだね!」


「そうなの。でも、この森にいる妖精はみんな死んじゃって、今は私一人なの……」


「じゃあ、今度僕と、一緒に仲間を探しに行こう!きっと見つかるよ!」


「ほんと?ありがとう優輝くん!」


優輝は彼女が喜ぶ顔を見れて、とても嬉しかった。これからもずっと仲良しでいたいなと彼は思っていた。




だが優輝は、中学生になると周りの人からいじめられるようになった。


「森の中に一人で入ったと思ったら、その中で独り言をぶつぶつ言ってて、あいつは頭がおかしい」


そう言って優輝は拒絶された。友達も親も、そして密かに優輝が想いを寄せていた女の子からも、「気持ち悪い」と言われてしまった。


それに傷ついてしまった優輝は、リゲルのことを見てみぬフリをするようになった。


「ねえ優輝くん、最近元気ないね。どうかしたの?」


「……………………」


「あれ?優輝くん?どうしたの?優輝くん?」


「……………………」


最近森へやってこないリゲルが心配して、優輝の元へ訪ねにきた時にも、彼は決して彼女の言葉に反応しなかった。


「ねえ、私、何か優輝くんにひどいことした?もし何かしてしまったなら、謝るから……お願い、無視しないで、優輝くん……」


「……………………」


自分の名前を悲しそうに呼ぶ妖精の声を、彼はずっと拒絶した。


(妖精なんて、いないんだ。見えている僕はおかしいんだ……)


そうやって、優輝は自分に言い聞かせて、まともになろうと必死になった。




それから数年後、彼はリゲルの声や姿が見えなくなってしまった。それを寂しく想いながらも、「きっと妖精なんて、僕の妄想だったんだ」と、自分の気持ちを誤魔化した。


優輝はいじめられた経験から、自分が他人から好かれているかどうかに怯えるようになった。常に人の顔色を気にし、嫌われないよう努める。


だが、そうすればするほど、彼は追い詰められてしまう。


付き合っていた彼女には、「あなたは自分が好かれてるかどうかだけ気にしてて、私のこと見てないわ」と言われ、別れてしまった。


会社でも、人に好かれようとしすぎるがあまりに、他人から仕事を押し付けられてしまい、無意味な残業が増えてしまった。


「なんで期限以内に終わらないんだ!」


「……………………」


「お前だけだぞ!期日を守れてないのは!やる気があるのか!?」


仕事を押し付けられてオーバーワークになり、どんどんと成績が落ちていく優輝の心は、もうギリギリまで擦り切れていた。


「ああ……僕は、一人ぼっちなんだ」


頼れる人が誰もいない彼は、暗い部屋で独り、静かに泣くしかなかった。




ある夜のこと。


優輝は、昔の夢を見ていた。それはリゲルといつも遊んでいた子どもの頃の夢。


「優輝くん!こっちに川があるよ!」


「わあっ!本当だ!ねえリゲル!魚を捕まえようよ!」


昔と変わらぬままに、リゲルと遊ぶ優輝。そんな時、ふと彼はこれが夢であることを自覚した。


(そうだ……僕はリゲルのことを、ずっと無視してしまったんだ。そして愛想をつかれてしまって……彼女はいなくなってしまった)


その時彼は、ずっと胸の中に隠していた罪悪感を払うために、リゲルへ謝った。


「リゲル、ごめんね。ずっと……無視してしまって」


「……………………」


リゲルはそんな彼に優しく微笑みかけると、優輝の頬に小さなキスをした。


「え?」と驚く優輝に、リゲルはまた笑いかけた。その眼には、小さな涙の粒が浮かんでいた。






「……………………」


夢から目覚めた優輝は、クマのできた眼を擦りながら起床した。


(……リゲルの夢、か)


一瞬だけ感傷に浸った彼だったが、すぐに頭を切り替えて、バカな妄想だと自分に言い聞かせた。


(あれは幼い頃によくある、イマジナリーフレンドってやつだ。僕の妄想だ、妄想なんだ……)


そう思いながら上半身を起こした時、ふと、自分の枕元に何かがあることに気がついた。


それは、花だった。


真っ白な花びらを持った、小さな一輪の花だった。


「……………………」


ベッドの枕元に、花が咲くわけがない。驚いた彼の脳裏に、突然ある言葉が思い出された。



『妖精は死ぬと、お花になるんだよ』



「……リ、リゲル?」



『時々街で見かけない?なんでこんなところに花が咲いてるんだろう?ってお花があるでしょう?あれはね、妖精がそこで死んでしまったからなの』



「ま、まさか……君なのか?」


優輝は震える手で、その花びらに触れた。


「君は、君はまさか、僕が君のことを無視して、見えなくなって、ずっと君のことが分からなくなっても……」


「……………………」


「そばに……いてくれたのか?」


「……………………」


「リゲル……」


「……………………」


「リゲル……!リゲル!僕は……!」


「……………………」


「僕はなんて……!!ううう……!!」


彼の眼から涙がつたい、頬を滑って顎から落ちた。


その涙は、小さな花の上にぽたりと落ちた。





優輝はその日、会社を辞めた。


上司からは罵詈雑言を浴びせられたが、彼には少しも響かなかった。


「さあ、リゲル」


彼はベッドに咲いた花を鉢植えに植え替えて、車の助手席に載せた。


「君の仲間を探すって、昔約束したよね。遅くなったけど……その約束、今果たすよ」


彼はそう言って、シートベルトを閉めた。そして、脳裏に彼女との会話を思い出していた。




『ねえリゲル、どうして君は僕にしか見えないの?』


『それはね、妖精は心に余裕がある人しか見えないからなの』


『心に余裕があるって、どういうこと?』


『自分が愛されてることを、知っている人のことだよ』




「……リゲル」


彼は助手席にある花に向かって、こう告げた。


「今ならきっと、僕にも妖精が見えるよ」


彼は、車を発進させた。


遠くに見える山へ向かって、ぐんぐんぐんぐん、走っていった。




おしまい

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