常世の杜
檸檬京
第1話 森の中の社
寂れた風景が果てなく広がる森の中に孤独でか弱い白い狐がいた。
その狐は飢えを凌ぐ術を知らなかった。
親を早くに亡くし、人間に引き取られてからというものその狐は食糧に困窮したことなどなかったのである。
この狐を飼っていた好事家の老人は冬の寒さに体が耐えきれず数日前に土に還ってしまった。
ただでさえ冬季の寒さが厳しく食料難が続く村で狐など村人にとっては待望の獲物でしかない。
老人があばら家から自分を出さなかった意味をすぐに理解することができなかった狐は村人から追われることとなる。
そんな狐には勿論食糧を自らの手で狩ることなど至難の技であった。
自身の死をその狐が意識し始めた時、ふと視界が開けた。
目の前には小さな社があった。
生命の気配はしない。
『汝の忘れ物はどこぞの物であるか』
社の主は狐に問う。
まだ幼い狐にも声の主が実体のない神であることは薄々認識できた。
「私に忘れたものはございません。ですが私は飢えており今にもこの命の灯火は消えそうでございます。」
神は不憫に思った。
『食べ慣れぬ物であったとしても死に溺れるよりかはいくらか良かろう。』
狐の前に季節外れの蜥蜴が姿を現した。
狐はぎこちない手付きで蜥蜴を貪る。
「命を救って頂きましたこと心より感謝いたします。図々しい願いではありますがこの酷寒の候が終わるまで私をここへ置いてはもらえぬでしょうか。対価として私は貴方様の手となり足となり働きましょう。」
狐の生き永らえる手段はそれしかなかった。
『手にも足にもなる必要はない。その代わりここにいるのなら我の禰宜とならぬか。』
禰宜とは社の儀式を手伝う者らしい。
狐は迷うことなく快諾した。
『我の禰宜よ。汝の名はなんという。』
狐は答える。
「種としての名は狐。人間から貰った個としての名は凪でございます。しかし新しき名の下、禰宜となるのでも構いません。」
神は反論した。
『名というものは容易に変えるものではない。汝のことは凪と呼ぼう。』
狐は凪として禰宜を務めることになった。
『凪、この鈴をつけなさい。村人たちに狙われなくなるから。』
凪にはその鈴が自分を証明する証のように思えた。
「貴方様の禰宜として私には何ができるのでしょうか。」
神は答えた。
『この社を訪れる者たちは皆自身の存在を忘れてしまった迷い人がほとんどだ。その者たちの行く末を見るのだ。』
凪は神の願いが存外、曖昧であることに驚いた。
「承知いたしました。」
そこへ一人の少年が現れた。
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