演劇の亡霊

ボウガ

第1話

 Aさんは役者志望の大学生。古くから役者の家系で、曾祖母も祖父も結構な有名人だが、両親は役者こそしなかったが、劇場の管理や、サポートなどを経営していた。Aさんは才能があったが、けれどあきらめようかとおもっていた。というのもBという友人がいて、そこそこにいい役者なのだが、Aさんが活躍するせいで、Bさんが舞台にたてなかった。


 彼女は家庭が複雑で、両親の育児放棄で叔父叔母にそだてられ、両親の愛情をしらないままそだった。だがその過程はどこか、偽物じみていて、やさしくそだてられこそしたものの、甘やかされすぎたせいか、これまでほとんど苦しい思いをしたことがなかった。


 AさんはBさんと中学生の時に中よくなった。クラスで浮いていた存在だった彼女をうけいれ、オカルト趣味を通じて仲良くなった。だがそれが幸いして、心霊スポットにつれられていたこともあったが、今回ばかりはその切り口で中よくなった自分を呪った。


 というのも、いずれ取り壊す話さえでている、廃虚となった旧劇場へ向かうというのだ。それも、ひやかしか本気かどういう気持ちかわからない。そもそも、こんなうわさがあった。

「この劇場でCとDの幽霊をみたものは、演劇人として大成する」

 そう、それは、Aさんの総祖父母のことだった。


 だがAさんはいやがった、なぜなら、怖い話が嫌いということもあったが、祖父から恐ろしい話をきいたからだ。祖父も、有名な役者であり、かつ地元で権力をもっていたので、《総祖父母の死》に関連する情報をもみけしたのだと。



 Bさんのことは何度も説得し、あきらめるようにいったが、一人でもいくという

彼女をほおっておけず、ついていくことにした。かねてから日常の感情表現が得意でない彼女を、周囲からうかないようにフォローしてきたのは、Aさんだったのだから。もし幽霊に怒りがあるのなら、沈められるのは彼女だけだ。


 しかし、劇場にいくと、状況は望まざるものになった。Aさんはびくびくとおびえ物陰にかくれる。Bさんは驚くことなく、お供え物を手にしている。花束やお菓子である。


 やがて劇場のホール内に入ると、マットがやぶれてむき出しの椅子や机、そもそも鉄骨さえも朽ちて、ところどころ穴がある。まるで空席をおおげさにかたどったような会場には、ただの2席ほどしか、まともな形をたもつ椅子はなかった。

「もうやめようよ……帰ろうよ」

 しかし、BさんはAさんの声が聞こえないように、ずんずんと歩みを進めると、CとDの色あせた写真が飾ってある舞台右へとむかい、舞台のわきにお供えものをした。それは、花束とお菓子だった。そして祈っている様子をみると、どうやらBも良心的に、敬意をもって、この場所に来たのだという事がうかがえた。だが、ここへ来たものの中には失踪者さえいるという話で、Aさんは気が気でなかった。


 やがて、10分も20分もたってもなにも変化がおきず、体の震えを訴えるものの、Bさんは

「別に」

 といつものようにぶっきらぼうの様子。彼女は甘やかされてなんでも与えられていきてきたからか、周りの配慮や気遣いに無頓着だった、いつもはそんなことに怒りはしないものの、Aさんは、直接日ごろの不満をいってくれればいいのにと思ってすねてしまった。というのも、Aさんはそれほど舞台や演劇に執着はなかった。むしろ、両親が常に忙しくしていたのをみていたので、人気な職業や華やかに見える人々が、日常生活がままらないのをみてきた。家族をほっぽりだしてまで必死に何かにすがりつく、その気持ちはわからなかた。

「私、隠れてるから」

 Bさんにそう言い残し、Aさんはいろいろな場所に隠れた。椅子の裏、カーテンの影、支柱のへり。だがまてどもまてどもなにも起こらない、相変わらずBさんは祈りをささげて呪文のようなものをとなえている。このストレスにたえかねたので、Aさんは、いよいよ最終的な定位置をきめた。ロッカーの中だ。


 Aさんは、ロッカーの中でうずくまっていた。ホコリくさいし汚いけれど、外の恐ろしさよりましだろう。持ってきたブルーシートの上で快適に、ここは家、ここは家と自分に言い聞かせるといつのまにか、イヤホンをしてスマホゲームに熱中していた。一瞬声が聞こえた気がして、イヤホンを外す。

「なんだ、何もきこえない」


 けれど、先ほどまで呪文をとなえていたBさんの声も静かになったことがきになり、ロッカーをあける。AさんはBさんの様子をみて仰天した。自分が備えたお菓子を食べて、花束を踏みつけている。


「……よ」

「……だね……」

 まるで、小鳥のさえずりのような話声がきこえる。それは徐々に近くなると、やがて、二人の写真が飾ってある舞台右上からきこえた。視線をあわせると、写真がにやっとわらい、口が裂けるほどに口角がつりあがった。やがて、ボキボキという音がしたかとおもうと、その写真から、ふたつのバレーボール大の球体が落下し、ゴリゴリという音をたてながら、肋骨、肩甲骨、骨盤、手足の骨を形づくっていく。


 まぎれもない、あの写真の輪郭を持つ二つの影、くっきりとした体をもつ、幽霊。二人は、暗がりの中からあらわれた。そして、初めはにっこりとしていたにもかかわらず、徐々に薄暗い黒い霧につつまれ、その表情は険しく、かつおどろおどろしいものになっていく、目は白くなり、美しくなった皮膚が、まるで死人のようにどす黒くなっていく。

「C、Dさん、成仏して!!お願い!!おじいちゃんが殺したんでしょ?おじいちゃんから聞いた!!ひどくあやまっていた!!でもお願い、静まって、私たちは何もしない、何もしないから」

 しかし、CとDの亡霊はひどくこちらをにらみつけている、その気迫でさえ、恨みや憎しみを感じる。こぎれいな顔をしているのに、二人ともあちこちがやけこげて、見るに堪えない。


 やがて、Bさんが前に躍り出ると、奇妙な呪符のようなものをとりだす、すると二人は声を上げて苦しみ始めた。

「また私たちをばかにしにきたのね!!」

「俺たちの苦しみをしらない!!!若い世代が!!」

《ドスンッ!!!》

 その叫びと同時に、Bさんは後ろにふきとばされた。


「やめて!!ひいおじいちゃん、ひいおばあさん!!おじいちゃんは反省していた、二人の楽屋にひをつけたこと、それをもみ消したこと!!」

 そう叫びながら、Bさんにかけより、彼女をかばうようにする。

【その話はウソだ】

 と、どこかから声がきこえた。思えばそれは、祖父の声ににていたきがした。それに合わせるように、CとDの声がきこえる。

「私たちは、お互いの不倫相手に殺された!!」

「私たちは、子供と彼らを愛することができなかった、私たちは私たちの演劇に没頭し、現実に戻ることができなかった!!だからお互いに距離をおいた、だがその人々たちに、殺されたんだ!!」

 幽霊たちは、大げさに身振り手振りでやりとりをする、手を取ったり、こしをまげたり、ダンスをしたり。赤子をだいたり、ねころんだり、情景がうかんだ。だがしばらくすると、家をでて、二人の距離がだんだんと遠くなっていく。

 

 Aさんはパニックになる中で話を総合すると、彼らを殺したのは“不倫相手”そして、それを裏付ける情報を頭の中で導きだした。祖父の言葉だった。

「俺の両親は、俺の面倒など見なかった、叔母と祖母に世話を任せていてな、昔の役者だ、芸事のためだといって、お互い不倫もしていたようだが、そちらにも早く分かれて一緒になってくれと、お互いせっつかれていたらしい」

 なんということだ。彼らは有名な役者だったが、家族を愛せずほったらかしにし、不倫相手に殺されたのか、突然の放火でしんで、同情する人間もいたが、これが真相だったとは。


 彼らが動くたびに、大きな家鳴りのような音や、カーテンがゆれたり、床がわれたりした。床が三度目にわれたとき、悲鳴がきこえた。Bさんの悲鳴だ。

《バキッ》

 床が落下し、先ほどまでの場所に彼女はいない。Bさんが落ちたことにきづいた、Aさんはパニックになった。だがすぐ正気をとりもどし、Bさんをひっぱりあげた。彼女の足には、割れた木の板がささっていた。そして、それに手を伸ばした瞬間、CとDの亡霊は、Aさんのすぐそばにたった。

「生贄はどちらにする?」

 演技ではない、いや、演技だとしてもあまりに迫真めいていて、見るものが圧倒されるような笑み、それに思わずめをそらそうとするが、曰くを思い出す。

【この劇場でCとDをみても、決して目をそらしてはいけない、彼らは死に際にみせた、愛する人の顔を覚えていて、その人たちと同じものをみたとき、地獄へとつれていく】

 ぐっと恐ろしい気持ちを我慢して、涙をためてまっすぐ前をむく。すると、一瞬CとDはひるんだが、後ろでゴトリ、と音がする。みると木の板を足からぬいたBさんが立ち上がり、狂気的な笑みをうかべている。



「血が!!」

「これが!!これがCさんとDさんの覚悟なのね、あなた達は、すべてをうしなったんだ、私とは違う、恵まれていた私とは」

 友人Bは狂ったように叫ぶ。それは演技などではなかった。現実的な危機からくる本当の感情。けれど、どこか演劇めいていた。あのおとなしかった友人が、いまでは、始めて経験した恐怖におののいている。

「殺す!!殺す!!!殺す!!私たちと同じように、同じ苦しみをあたえる」

「私たちのために!!私たちが、手にいられなかった愛情のために!!」

(やめて、やめて!!)

 Aさんは涙をながして、嘆願する、そしてそれは、CさんとDさんのひ孫である、彼女のもっていた写真に零れ落ちた。その時だった。

「!!!」

「まさか、お前は!!」

 CとDが、Bさんに迫る足をとめ、おびえるように、Aさんの方を指をさした。あれほど驚いて、憔悴していた彼女は、いまでは悲しさと哀れさに涙をながしていた、そして二人をみていった。

「ごめんね、ひいおじいちゃん、ひいおばあちゃん」

 その姿をみて、まるで浄化されたように、二人をつつむ黒い影がきえたかとおもうと、やさしく微笑み、やがて、Bさんのもとに近づいて行った。そして、“近寄らないで”といおうとしたときだった。Bさんは、まるで何かに感動したようにそのばに膝から崩れ落ちた。

「大丈夫!!?」

 すぐにかけよると、うわごとのように何かをいっている。

「……そうだったんだ、……そうか、現実と演劇の違いを理解すればよかったんだ!!」

 友人の目は、狂ったように一点をみつめていた。幽霊が消えてもみつめていたから、きっと彼女にはずっと幽霊の姿がみえていたのだろう。


 その幽霊が消えたとき、Aさんは総祖父母の声を聴いた気がした。

【演劇を大事にするあまり、愛する人をおざなりにした、私たちの恨みは……行き場がなかった……】


 その後、Aさんは劇場をやめ、飲食店に就職することになった。Bさんは有名な役者になり、大成したものの、うらやましいとは思わなかった。彼女と違って、人生の全てを演劇に捧げることはできなかったから。

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演劇の亡霊 ボウガ @yumieimaru

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