現代日本から召喚された僕が、異世界エルフの「嫁」になった話

黒ノ時計

第1話 婚活魔法完成! 異世界エルフは結婚したい!

 ここは地球とは全く異なる、魔法が存在する異世界『ニュー』。この世界には現在、大きく分けて二つの種族となる人族、魔族の二種族が生活していた。


 人族とは地球に住む人類と同じような見た目の種族、魔族とは人族が持ち得ない特徴を持って生きる種族のことを指す。人族は主に東側、魔族は主に西側を領土としており、互いに交流しながら平和な暮らしを送っていたのだった。


 だが、そんな二つの種族ですらも足を踏み入れない不可侵領域が存在していた。


 悪魔の森、そこは人族と魔族の領土の中間位置に存在する鬱蒼とした森であり、街一つを簡単に滅ぼせる強力な魔法使いや魔族と渡り合えるような魔物たちがうじゃうじゃと生息している。基本、魔物の習性として生まれた地域を一定以上離れることがない為、大惨事に至ってはいない。


 無論、何度もこの森を攻略しようと様々な冒険者や探索者が調査に来ていたが、帰ってきた者はごく僅かでしかなく、大した成果も今のところは得られていない。


 故に、この森はもう何百年もの間、不可侵領域とされており誰も立ち入ろうとはしない。それこそ、この世界に居場所を失った人でもない限りは決して関わることはないだろう。


 そんな危険極まりない浮世とは隔絶された広大な森の中心地……。そこに、何故かは分からないがとても立派な一軒家が建っていた。


 この森の木々を用いて建てられた堅牢なログハウスの煙突からはモクモクと白い煙が天高く伸びており、明らかに人が生活しているような感じだ。しかし、本来であれば人など森に入れば魔物の餌となるのが宿命のため、ここで生きるにはそれ相応の力と知識が必要になる。


 それこそ、何百、何千年と生きられるような存在でもなければ難しいものだろう。


 しかし、そのログハウスの住人はその要件を完全に満たしていた。部屋の中央でご機嫌な鼻歌を歌いながら幾何学模様の円陣を特殊な魔法役で描くその美少女は何とエルフだからだ。


 この世界のエルフは基本金髪が多い中、世にも珍しい銀色の髪を持つ、長身で、非常に豊かに育った双丘が動く度にたゆんと揺れ動く男性からしたら理想の美少女。色白で、くびれがあって、近づけば甘い匂いが漂ってきそうな桜色の綺麗な唇で三日月を描く様は雪の中に咲き誇る孤高の華のように美しい。


 そんな彼女がシュパ、シュババ! と気合を入れて書き上げたその円陣……魔法陣は、彼女の唯一の願いを叶えるためにどうしても必要だった。ここまでにかかった期間はなんと五十年、それを完成させるに至った彼女はう~んと大きく背伸びをして「よっしゃぁ!」と歓喜の雄叫びを上げたのだった。


「ついに……、ついに完成した! 私の人生三分の一くらいの大結晶! その名も、婚活魔法! この魔法は何と、この世界だけに限らず、ありとあらゆる異世界から私と最も相性の良い男性を呼び出すことができるのだ! ふふん、やっぱり私って魔法の天才よね~。流石に、魔法を完成させるのに二百五十年と少し、凡そ三百年かけてたのに気づいたときは自分でも引いたけど……。そんなことはどうでもいい! 何故なら、もう直ぐで女としての幸せを手にすることができるから!」


 このエルフ、見て分かる通り非常に結婚願望が強い。自分の作った魔法に婚活なんて入れるくらいには、男性という存在に飢えに飢え切っていた。


 何分、先ほども説明した通り『悪魔の森』で生活できる人間は魔族も含めて基本的に存在しないと言われている。そんな森の中で生活なんてしていたものだから、当然、異性との運命的な出会いなんて星が滅びる確率よりもずっと低いくらい訪れない。


 彼女は、生物として本能的に異性というものを求めてしまっていたのだ。


「外の世界の男ったら、本当にどうしようもないくらい下心しかないんだから。そりゃ、私だって下心くらいはあるし? 一定くらいだった許すけど限度はあるでしょ。いきなりセ〇〇スしようとか公衆の面前で酔っ払いながら言ってきたり、私のことを監禁しようとしたり、挙句の果てに強姦されそうになるし……。人を愛玩動物か何かと勘違いしてるんでしょ。確かに、人族や魔族とも違うエルフは基本美形が多いって聞くし、希少だから珍しがるのも分かるけどさ~。私が求める愛って言うのは、そういうんじゃないんだよね~。もっとロマンチックで、時に刺激的で、でも確実に愛を感じられないと」


 彼女の不遇さを考慮したら最もらしいことを言っているように聞こえるかもしれないが、それでも、世の女性たちからしたら非常に贅沢な注文であると断定せざるを得ない。そんな世の中の女性の誰もが考える理想の男性など、普通に探したらそれこそ出会うことなどないのだろう。


「もうこの際、容姿に関しては目を瞑るか……。いや、やっぱりある程度は拘っておく方がいいかな? せっかく魔法で召喚するんだし、これまでこの森の中で溜め込んだ三百年分の魔力を使うんだから贅沢しないと……。私より少し背が高くて、男らしさがあって、ついでに言えば鍛えられてる体の方が好みかな~。性格とかに関しては、私の記憶から一番最適だと思われるものに設定して……。う~ん、貯蓄した魔力はギリギリ足りたけど、本当に大丈夫かな……?」


 彼女が心配するのも無理はない。実はこの魔法、彼女自身はまだ気づいてはいないが「予め設定した条件に適合する相手を探す」魔法であって、必ずその相手を見つけてくれる魔法ではないのだ。


 要約すると、必ずしも自分の理想となる相手が召喚されるわけではなく、最悪の場合は魔力を使うだけ使って失敗する可能性すらあるのだ。


 ……まあ、探索範囲は全銀河系かつ異世界も含めた全平行世界まで探索するので一人くらいは条件に合致しそうな人は見つかりそうだが……。それでも、万が一にも見つからなかった場合はこの物語は終了となってしまう。


「まあ、大丈夫でしょ! 私みたいに、きっと危険な森の奥で籠って婚活の一つもできないような男がいるに決まってる! よし!」


 この娘、清々しいまでに楽観的であった。彼女の特性は何と言っても自然界で磨かれた天然のポジティブさだ、それほどの胆力が無ければこんな場所で何百年も独りきりで生活することなんて出来なかっただろう。


「さあ、じゃあいっくよ~! むむむむ~~~~!」


 彼女は魔法陣の正面に立つと、両手を胸の前で合掌させて眉間に皺を寄せ始めた。彼女の体内で青白い魔力が迸り、やがて無数の糸が体外へと紡がれるとそれらは眩い螺旋となって魔法陣へと流れ込んでいく。彼女の強い願いに呼応するように魔法陣が点滅を繰り返し始め、魔力を注げば注ぐほどに明滅の速度は上昇していく。


 そして、その明滅を肌で感じ取った彼女はここぞという場面で桜色の唇を細やかに動かす。


「『我らが崇拝する偉大なるニューの女神様よ・どうか我の願い奉る声に応え給え・我が欲するは生涯を共に歩み運命の終着点へとたどり着く唯一の旅人なり・我が願いよ・世界の果てを駆け巡りその者を見定めん・そして、我の願い奉る運命の糸によりこの場へと導き給え』」


 鈴を鳴らすような声音で紡がれた、しかし大いなる意志を強く感じさせる詠唱が終わると魔法陣は明滅を終え光量が最高点へと到達した。


 さあ、今だ! 彼女はここぞと目を見開き、魔法陣へと右手を掲げて最後の祝詞を口にする。


「婚活魔法発動! 私の全身全霊の願いよ、成就せよ! 『アブソリュート・デュオ』!」


 彼女が発動した魔法はキラキラと青白い粒子を部屋中へと撒き散らし、やがてそれらの光が何か共鳴し合うように騒ぎ出す。やがて、待ちきれなかったそれらは魔法陣の中央へと集積していき、それらが人の形を成していく。


「これが……。私の運命の人……」


 やがて現れたのは、スーツ姿をした彼女より少し高身長な男性だった。顔は至って普通、髪型も特に珍しくない黒、年齢は三十代に満たないくらいのまだまだフレッシュさが残る様相で、手元には見慣れない小さな薄い板を持っていた。


「……は?」


 男性は何が起こったのか分からないといった様子で、間抜けにも口をぽかんと開いている。


 目の前に現れた銀髪の美人な女性が誰なのか、そもそも自分に何が起こったのかなど色々な考えや疑問が頭の中を駆け巡る。まだ状況への理解が追いついていない中、それらの事象がどうでも良くなるくらいの第一声を目の前の彼女から受けることになるのだった。


「私、シルヴィア・ファイス! どうかお願いします! 私の、「嫁」になってください!」


「……は、はああああああぁぁぁぁ!?」

 この男、この物語のもう一人の主人公となる片桐直人は人生で一度も出した子のないくらいの大声を、喉が千切れる勢いで発していた。


 かくして、直人とシルヴィアの奇妙な同棲生活が幕を開けることになるのだった。


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