黄昏の歴史教室で
蒼 湖月
壱時間目
【始まり】
凍てつく空気。鋭い空気が皮膚を刺す。
秋の夜は早くくる。
オレンジ色はもう消えて、真っ暗な闇だけだ。
道行く人の顔は、車のヘッドライトで照らされないと見えないくらいだ。
黄昏。
道の向こうからは、手を繋いだカップル。
後ろからは、部活の帰りの高校生たちがおしゃべりしながら自転車を走らせてい る。
暖かそうなマフラーをした家族が、楽しそうにレストランへ入っていく。
そんな人々を横目で見ながら、私はもくもくと歩き続ける。
黄昏。
私が一番嫌いな時間。
*
なんでこうなった。
あの時、隣の紙を引いておけばよかった。
「
「ホント、羨ましい」
私はこんなに絶望しているっていうのに。
そんな私の思考を知らずに、クラスの女子たちは私に話しかける。
「あ、あはははは……」
私は引きつった笑みを見せる。
自分の運の無さに泣けてくる。
あーあ。
なんで今日はこうも運が悪いのだろう。でもなってしまったからには、平和に終わってくれるのを望むばかりだ。
私は机の上にある紙を開く。そこには『十一』と書かれている。席替えによって私の席は、窓側の列から二つ目で前から四番目に決まった。
ここが私の新しい席。
前すぎず、後ろすぎない席で、席の場所は問題ない。
だけど。
「小夜ちゃん!あたしと席、近いね。よろしく!」
元気いっぱい、声をかけてきたのは右横の席の
目がぱっちりしていて明るい色の髪の毛は風になびいていて、まるでモデルみたいに可愛い子だ。
「う、うん。よろしく」
嬉しい。こんな反応しかできない私にもよく声をかけてくれる。
凛さんは、私の顔を覗き込むと、「あ」と声を上げる。
「
「え、うそ」
私が眼鏡を外す。
「え」
いきなり凛さんが驚いたような声を出す。
「?」
首を傾げる私に、凛さんは「小夜ちゃん、いっそのこと、眼鏡外してみたらどうなの?」と笑った。
誰もが憧れる、理想の女の子って感じがする。
かっこいい子だと思う。
凛さんとの短い会話がおわり、引き出しから本を出す。
これが私だ。
分厚い眼鏡で、顔を見られたくないって理由でロングヘアー。クラスでは完全に埋もれた存在。
……私に友達と言える人はいない。
なかなかきっかけが、つかめない。
暖かい日差しのなか、私だけが夜だった。
チャイムが鳴り、授業に入る。
「歴史のテスト、返すぞ!」
開始早々、先生の言葉にクラスメートたちは悲鳴を上げる。
その声が勢いよく耳に入り、正直うるさかった。
順番に返されていくテスト。
「
私の名前が呼ばれ、席を立った。
今回の歴史のテスト……あまり得意な時代ではないけど、『歴史』なんだし、いい点は取りたい……。
心臓がバクバクと音を立てる。
先生の顔を恐る恐る見ると……。
「橘、よく頑張ったじゃないか。」
先生の言葉に驚き、あわてて答案を確認してみる。
(嘘⁉)
何度も見てしまう。
(九十七点!)
とてもうれしい。
席についても、私は答案用紙を握りしめたままだった。
周りの声も気にならない。
私はしわのよった答案用紙を眺めていると、
「わっ!橘さん、歴史得意なの?すごい」
「!」
いきなり横から答案用紙を覗き込まれて、私は飛び上がるほどびっくりした。
「わっ」
思わず声を上げてしまう。
少しはねているが、綺麗な色の髪が風になびいている様子が見える。
彼は、満面の笑みでこちらを見ていた。
彼の名前は
「すごいね。僕、九十六点だったよ」
水無瀬君は答案用紙を見せながらてへへと笑う。
「そうなんだ……」
(九十六点でもすごいと思うよ)ってことは、言えなかった。だって、自分の点数を なんか自慢しているように思われるかもしれないし。
「え、水無瀬。九十六点なのか?」
「千陽君、すごい!」
水無瀬君の周りに、どんどん人が集まってくる。だから、私との会話は自然と消滅。
水無瀬君は、学校の中でも人気者。彼は誰に対しても優しい性格だった。それにイケメンで頭もよかったりする。
はい。私がこの席が嫌だと言っている理由がわかっただろうか。
右はモデル級の美少女、左は大人気なイケメン。真ん中は分厚い眼鏡の陰キャでブス。
私はテストを握りしめたまま、うつむいた。
昼休み。
私は、リュックサックからお弁当と水筒を出す。
「購買のメロンパン、おいしんだよ」
「マジ?食べたい!」
「買いに行こうよ!」
クラスメートたちの会話に耳を立てながら、私は教室の前の階段を降りる。
私は、一昨日も一人。私は、昨日も一人。
……私は、今日も一人。
生徒たちが楽しそうにおしゃべりしながら一段一段上ってきた。私なんて見えていないかのように、生徒たちが私を追い抜いていく。
別に、さみしくなんかないし。
私は前を向き、足を動かした。
私が来たのは、校舎の端の教室。
教室にいづらくて校舎を彷徨っていた時に見つけた。
ドアの上のプレートには、『空き教室』と書かれている。その教室は私以外使う人がいないのか、うっすらほこりが溜まっている……はずだった。
私は毎日、お弁当はここで食べている。
最初の頃は『本当に誰も使っていない』感じがした部屋だった。
だけど。
「私以外の人も使っているのかな……」
なんていうんだろう。私以外にも人がいた気配がする。
私はいつもの窓側の椅子に座って、お昼ご飯を広げる。
「いただきます」
コンビニで買ってきたおにぎりが包まれているビニールを慎重に破く。
「あっ」
思わず声を出してしまい、教室を見渡した。
……私以外ここにはいないのに。
おにぎりを見ると、見事に開けるのに失敗していて、ノリがビニールに残ったままになってしまった。
さっきから予感していた事がまた頭をよぎる。
「私、居場所がなくなるのかな」
私以外に誰もいない教室に、微かに声が響く。
……不安。
ここも、もうすぐ『誰か』が来るのだろうか。
放送部の昼の放送がなり始める。流れているのは、今話題のヒットソングらしい。
だけど、私には聞こえなかった。
騒がしかった校舎が一瞬、音がなくなった。
私の息遣いだけが響く。
「もし、ここが私の居場所じゃなくなったら」
ほこりが静かに舞って、落ちた。
少し暗いオレンジ色が廊下を照らす放課後、私は珍しく校舎にいた。
数学の教科書……忘れた……。
(もう、最悪だ)
夜は早い。
廊下も、昼間の賑わいを忘れてしまったかのように不気味なくらいに静まり返っている。
この時間が嫌い。
オレンジ色がだんだんと黒色に飲み込まれていくこの時間。
私は、黒に対抗できない。真っ暗な闇に飲み込まれていくだけ。
みんな、部活に行ってしまったのだろう。
時折、応援する声やトランペットやフルートなどの音が聞こえてくる。
私は教室の前で足を止めた。
教室のドアから灯りが漏れている。
(誰か……まだいるのかな)
教室だから、クラスメートかな。
いやでも……部活のミーテイングとかだったら……入ることはできない。(流石にむり)
教室のドアの隙間からこっそり耳を立ててみる。
「今日、すごかったよね~」
この声……。
明るくて、はっきりとした声。
(凛さんかな)
他にも何人かの女の子たちの声がする。
(これなら、教室に入れそう……)
私が意を決してドアを開けようとしたが……
「わかるわかる~。小夜ちゃんってマジで誰とも話さないよね」
その声に私は立ちすくむ。
明るくて、はっきりとした声。
凛……さん?
思わず壁に手をつける。息が荒くなり、手が震える。
「よく漫画とかに出てくるような陰キャじゃん。そっくりだよ~」
「それにさ、水無瀬君にも話しかけられているじゃん。ヤバくない?私だって用事以外で話しかけられたことないのに」
「あんなブスと席が隣で、千陽君がかわいそうだよ~」
息が……荒くなる。
視界が真っ黒になった。私はドアから遠ざかる。震える手で拳を強く握った。
陰キャ、ブス、水無瀬君がかわいそう。
寒くないのに、足も震える。
(だめだ……ここにいちゃダメだ……)
足が勝手に廊下を駆け出す。
(わかってる。わかってるんだって)
全部、彼女たちの言うとおりだ。
私は、陰キャでブスで、誰とも話せないぼっち人間。
そんなこと、わかってる。
何度も何度もそう思ってきた。
私は廊下をひたすら走る。無我夢中に。
目が濡れてきたが、我慢して走り続ける。
でも、それ以上に……。
(まさか、凛さんが……)
それに、クラスメート達も。私のいないところで。まさかこんな話題になっているなんて。
泣いちゃだめだ。泣いちゃダメ……。
こんな顔、誰にも見せられない。
私の足は、あの『空き教室』に自然と向かっていた。
ドアを勢いよく開けて、しっかりと閉める。
ココなら誰にも見られない……
「え、橘さん?」
「っ!」
教室の端っこ、私がいつもお弁当を食べている席。
整った顔に、きれいな髪。その人は……。
「み、水無瀬君……」
なんで、なんで……?
ここは校舎の端っこ。
普段使っている人なんかいないのに……。
私はドアに向かって足を延ばす。
ダメだ、ダメだ。
「ご、ごめん。迷惑だったよね」
やっと絞り出せたのは、その一言。
自分で言って、自分の傷をえぐっているようだった。
『あんなブスと席が隣で、千陽君がかわいそうだよ~』
そんな言葉はフラッシュバックされる。
「え……?」
水無瀬君が驚いたように目を見開く。
やっぱり、学校に私の居場所なんてないんだ。
私みたいな人間は、いちゃいけない、踏み込んでもいけない世界だったのかな。
私が後ろを向いたとき。
「迷惑だなんて、思っていないよ」
「え……」
驚いて振り返ると、水無瀬君が私の後ろに立っていた。
「とりあえず座ったら?椅子はたくさんあるんだし」
彼の顔を恐る恐る見る。
びっくりしたように目を大きく開けているようだったが、次第に目を弓なりに細めた。
「いいの?」
私の中にある何かがフッと落ちたような感じがした。
ぎーと椅子を引き、椅座る。
私が、ここにいていいのかな。
本当に……。
ふと、外を向くと、凛さんたちが校門から出ていく様子が見える。
何か話しては、それにみんなで大笑い。
この教室にも聞こえてきそうだ。
見ていられなくて、私はうっすらとほこりをかぶった机を見つめる。
椅子に座った私に水無瀬君は唐突に言った。
「橘さん、泣きたいときは泣いていいんだよ」
「え……」
なんで、なんで……。
私が泣きそうな事に気が付いていたのだろうか。
でも、泣くわけには……。
水無瀬君は、何も知らない。
私が何を、どう考えているのかも。
友達も多くて、人気で、勉強もできる彼に……私の何がわかるのだろうか。
「だ、大丈夫……。心配してくれて、ありがとう」
私が笑顔を作ろうと口角を上げようとした。
だけど、それはできなくて。
「……え」
なぜか涙があふれだしてくる。
ボロボロ、ボロボロ。
ダムが決壊したかのように。
「ご、ごめん」
それは、ふいてもふいても止まらない。
「抱え込みすぎても、自分がよけい苦しくなっちゃうだけだよ」
「だ、大丈夫……だよ」
「本当は……めちゃくちゃつらかったんだよね」
目頭がもっと熱くなる。
なんで、なんで……!
「橘さん、よく頑張ったね」
……彼は、何も知らない。
本当に何も知らないだろうけど。
(なんで、こんなに……)
「う……うわああん」
ダメだ。涙が次から次へとあふれてくる。
眼鏡を外し、声を上げて泣く。
家族以外で初めてかもしれない。誰かの前で泣くことが。それが水無瀬君の前でなんて、考えたこともなかった。
外はどんどん暗くなり、街頭がともっていた。
「でさ、橘さんはどうしたの?」
私が落ち着いたのを見ると、水無瀬君が訪ねてきた。
「え、えっと……」
あこがれていた凛さんやクラスメートが、私の悪口で盛り上がっていた。
「あの……」
言いかけて私は下を向く。
(違う。彼女たちは……悪くない)
陰キャ、ブス、ぼっち。
(私が……私が……)
水無瀬君にこのことを話してしまったら、逆に彼女たちが教室にいづらくなってしまうかもしれない。もしかしたら、私との仲も、もっと悪くなってしまうかもしれない。これ以上、惨めな高校生活を送りたくない。
だったら……。
私は顔を上げる。
「人って、変われるかな」
私の言葉に水無瀬君が目を見開く。
それからフッと口角を上げる。
「変われるよ。誰だって。僕だって……」
水無瀬君は最後に何かを言いかけたが、口を噤んでしまった。
そのかわり、「見てよ」、と水無瀬君が一冊の本を机の上にのせた。
「『戦国武将図鑑』?」
水無瀬君って歴史が好きなの?
「僕、放課後はいつも一人でここにいて、本を読んでいるんだよ」
「そうなの?」
え、意外。
『誰かが使っている』とは気が付いていたけれど……。
水無瀬君はいつもいろんな人に囲まれているイメージだった。
いつも完璧な容姿端麗。こんな教室でひとり読書している様子なんて想像できない。
「『
「う、ううん。」
武田信玄とか織田信長なら知っているけど。
歴史は好きだけど……戦国武将はわからないな。
「この人はね、文字通り『自分を変えた人』なんだよ」
「……へ?」
ぽかんとしている私を見つめ、語り始める。
「昌景はね、武田信玄とその息子、勝頼に仕えていたんだよ。」
へえ。『武田』って聞くとなんか親近感がわいてくる気がする。
「武田は甲冑とか鎧を真っ赤に塗って敵を震え上がらせる『赤備え』で有名なんだけど、それが昌景だったんだよ」
外は風が吹いているのか、びゅうびゅうと音を立てている。
「すごい勇猛な武将だったんだね」
「そうだね。でも……」
水無瀬君は一旦言葉を切ると、私の目を見つめる。
「彼はね……とても小柄だったんだよ。身長はね……百四十センチくらいだとか」
「え、そんなに⁉」
百四十とかいったら、私よりも十センチ以上小さい。
「徳川家康でも百六十センチくらいはあったみたいだし……昌景は当時の中でも小さいほうだったみたいなんだよ」
でも、と水無瀬君が言葉を紡ぐ。
「彼はね、戦場ではすごかったんだよ。自分より大きな百六十センチもの槍で戦っていたらしいんだよ」
「ええっ。すごい」
「昌景はね、『小男』ってあだながあって、昌景が来ると敵は『小男が来た!』って言ってめちゃくちゃ恐れていたんだって」
私は目を大きく見開く。
「なんで……だと思う?」
「えっ?」
いきなり話を振られ、私は肩をびくつかせる。
「な、なんでって……?」
「なんで昌影は、甲冑を赤色にして、長い槍まで使って戦っていたと思う?」
そういわれ、私は考え込む。
甲冑は黒のほうがいい。だってそのほうが敵に見つかりにくいからだ。
それをなんで、わざわざ真っ赤に染めたのか。……なんで自分よりも大きな槍で戦ったのか。
(あ……)
目を見開く。
私の中に、すっとある考えが降ってきたからだ。
水無瀬君はそんな私を見て、嬉しそうに微笑んだ。
もしかして、昌景は……
「コンプレックス……があったのかな。身長が周りよりもだいぶ小さくて。それをネタに誰かに笑われたこともあったんじゃないかな。だから、自分を変えたいって思って……」
水無瀬君は頷き、口を開く。
「そうなんだよ。どんなコンプレックスを持ちようが、人は誰だって変わることができるんだよ。昌景は『身長が小さい』っていうコンプレックスをはねのけようとして、『赤備え』と『自分の身長よりも長い槍』を持っていたのかもね。まあ、本当のことはわからないけど」
水無瀬君はへへっと笑う。
そんな彼の様子を、私はぼんやりと眺めていた。
……昌景はすごい。
自分の『嫌い』を『好き』に変えちゃった。
私も、『陰キャ』とか『ブス』とか『ぼっち』から変われるだろうか。
いや。
「……私も変わりたいな」
思わずそんな独り言が漏れる。
ずっと前から思っていたのかもしれない。
この思いに気が付くのが遅かっただけかもしれない。
もう、諦めていた事だったから。
こんな自分でも、変わりたい。
彼と話して、ますますこの思いが強くなった。
「橘さんなら……変われるよ」
水無瀬君の言葉に私は微笑む。
私は、机の上の本を見つめる。
戦国時代か……。
私はあまり詳しくないからなぁ。
私が口を開こうとしたとき、
「戦国時代クイーズ!」
いきなり大きな声を出してきた水無瀬君に私は肩を震わせる。
「び、びっくりした……」
戦国時代クイズ?
私にわかるかな……?
「第一問!武士の多くが頭をそっていたのはなぜでしょう」
確かに、歴史の教科書でよく見る戦国武将たちは頭をそってきた……。(ちょんまげってこと)
当時の流行り?みんな同じ髪型……。
当時にあった出来事って……戦?じゃあ、戦で大切なことって……。
「あ!か、兜をかぶるから……頭が蒸れないように……?」
私の言葉に水無瀬君は大きく頷く。
「正解!じゃあ、次は橘さんね」
え、私⁉
最近読んだ戦国時代について書かれた本を脳内で再生する。
「だ、第二問!戦国時代の人は一日に何食ご飯を食べていた?」
「二食でしょ?」
まさかの即答!
「う、うん!正解」
一日三食は江戸時代からだったらしい。
「第三問!橘さんの目の前に敵の軍勢がいます。どこから攻めるのがいいと思う?あ、場所は原っぱで、行軍(動いている軍)ってことね」
「……え⁉」
軍勢をどこから攻めるって⁉
いきなり総大将が先頭にいるわけではないだろうきっと、一番守りが硬いところ……軍の真ん中は一番守りが硬そうだ。
先頭からは……んー目立ちそう?
「え……どこだろう……。う、後ろからかな」
私がボソっというと、
「んー。まあ、惜しい。ほとんど正解」
水無瀬君が笑いながら答えた。
「僕だったら、小荷駄隊……運搬専門の部隊を先に叩き潰すかなぁ」
叩き潰すって……言い方……。
「へ、へ~。軍隊の中には運搬専門なんてあったんだね。知らなかった……」
「うん。武器とか食料とかを運ぶ係だったみたい。行軍では最後尾についているんだよ。荷物運びだから……戦闘能力が低いし、進むのが遅かったみたい」
確かに……戦闘能力があまりなくて進むのが遅いなら……攻めるのは簡単そう。
「じゃ、じゃあ、第三問!戦国時代に全国のお城は何個くらいあったでしょう」
私の問題に、水無瀬君は目を丸くする。
「えっと……」
ここへきて、水無瀬君は言葉に詰まったのか、天井を見て動かない。
天井の蛍光灯がチカチカと点滅する。
外は風が吹いているのか、窓がカタカタと音をたてる。
「わ、わかんない……。二百くらい?」
私はそっと首を振る。
私もお城の数はそのくらいだと思っていた。
「う、ううん。答えは二万個くらいだって」
「え、そんなに⁉」
私の言葉に水無瀬君は目を丸くする。
「僕……全然知らなかった……」
「わ、私もこの数を知って驚いたよ」
私の言葉を聞いて、水無瀬君は口角を上げる。
「まだまだ知らないことばっかりだ。面白いね『歴史』って」
私もその言葉を聞いて、思わず笑顔になる。
「僕、こんなに誰かと『歴史』の事を話したの、初めてだよ」
「私も……楽しいね」
私は……昔から歴史が好きだった。
理由はよくわからないけど……面白いんだ。
自分の好きなことを誰かと話す……私もあまりしてこなかった。
「ねえ、橘さん」
唐突に、名前を呼ばれる。
私は驚き、「えっ」と声を上げてしまった。
彼はそんな私を見て、少し笑ったが、私の目を真っすぐに見てこう言った。
「次の放課後も……ここに来ない?」
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