}第四話{

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 男の首から血が噴き出る。


 当たり前だ。俺が全力で噛みついて首の肉を抉り取ったんだから。


「ヤ……メロ……」


 嫌だ。


「ぺっ!」


 口に含んだ肉を吐き出す。


「おああああっ!!………ぺっ!……おあああああああっ!!……ぶっ!」


 かぶりつく。吐き出す。


 かぶりつく。吐き出す。


「おあああああああっ!」


 かぶりつく。


「やめろ!やめるんだ、トーリ!」


 アレクが俺の両肩を掴み、俺の体を制止する。


 どうして止めるんだ?


 俺はゆっくりと、彼の方に顔を向ける。


「もう……こいつは死んでる」


 こと切れた男の顔をちらりと見て言うアレク。


 そうか。


 それなら……、よかった。


「トーリっ!?トーリ!!!」


 俺は再び、意識を失った。



 ※※※



 死んじゃった。また一人、私の前で死んじゃった。


 どうして、私はなにもできないの?


 せっかく勇者になったのに。


「大丈夫かい?……ミキ?」


 私はどうすればよかったの?


「ミキ!……ミキ!」


 サーニャが私の肩を揺さぶり、呼びかけてくる。


 ごめん、サーニャ。


 私、ダメかもしれない。


「目を覚ませ、ミキ!きみにしかできないことなんだ!」


 そんなこと言われたって、私、怖いよ。


「きみのお兄さんは、フォリアのために戦ってくれている!きみも戦うんだ!」


 兄貴?


 兄貴が、戦ってる?フォリアのために?私の代わりに?


 兄貴。兄貴を助けないと。


 兄貴のために、兄貴の代わりに、私が……。


 私が戦う!


「ありがとう、サーニャ」


 深呼吸を一つする。


 段々と視界がクリアになっていく。   


「よかった。きみも来てくれ」


「うん」


 サーニャはそう言うと、教室を出ていった。


 私も後ろに続く。


「大丈夫かい、アレク!?」


「……ああ、もう終わった。トーリが、こいつを倒した」 


 廊下に躍り出たサーニャがアレクに無事を問うと、彼は視線を男と、男の脇に倒れている兄貴の方に向かわせて答えた。


「兄貴は!?」


「大丈夫だ。かろうじてだが、息はある」


 私は兄貴の元に向かう。

 

 兄貴の体を見ると、男の血が体中についている。血の合間から見える肌は、赤黒く変色していた。


「なにか拭くものを持ってくるよ」


 サーニャが後ろでそう言い、続いて廊下を走る音が響く。


 私はポケットの中をまさぐり、ハンカチを取り出して兄貴の顔を拭く。


 兄貴は安らかな顔をしていた。フォリアの仇を果たせて、安心しているのかな。


「いたっ」

 

 ハンカチから染み出した血液が手に触れ、思わず声が出る。


 ちょっと触れただけでも、こんなに痛い。


 体中にかかった兄貴はもっと苦しかっただろう。もっと痛みに悶えただろう。 


 私のために、命を懸けてくれた。


「大丈夫か?」


「うん」


 兄貴を、もうこんな目に遭わせてはいけない。


 私が代わりに苦しもう。代わりに痛みに悶えよう。


「ねえ、アレク」


「なんだ?」


「提案があるんだけど……」


 私は、あるお願いをアレクに打ち明けた。



 ※※※



「フォリアの持ち物の中に、手記があった」


 サーニャが手にしているのは、手帳くらいの大きさの冊子だった。


 あれから数時間後。


 兄貴の血を吹き終えて保健室のベッドに寝かせた後、私たちはフォリアの弔いと遺品の整理を行っていた。


「日記のようなものだ。かなりプライベートな内容なので全ては読み上げないが、中にはあの男と思しき人物の記述があった」


 サーニャが早口で言う言葉が耳に入ると、私の鼓動が速くなった。


 あの男。フォリアを殺して兄貴をいたぶった、あの男。


「今から読み上げる」


 サーニャがぺらぺらとページをめくってから、唇を湿らせる。


「『エド。エドモンド・ヌガー。私の幼馴染で、ライバル。小さな頃からいつも一緒だった。いっぱい喧嘩もした。口も利かない日もあった。でも、私の好きな人』」


 ここで、呼吸を挟むサーニャ。


 やっぱり、男は人間だったんだ。


 でも、私たちが出会ったときは皮膚の色もゾンビみたいだったし、発する言葉も片言だった。


 これって、人から魔物になったってことだよね?どうして?


「『大きくなって、私たちは神官の試験を受けた。傷を癒し、希望を育み、街の人たちの光になりたかったから。彼も同じことを思っていたと思う。だから、神官を志した』」


 再び、一呼吸置くサーニャ。


 ますます分からない。男は神官になろうとしていたの?


「『でも、私は合格し、彼は落ちた。思えばあの日から、私たちは道を違えたのだと思う。彼は人が変わってしまった。攻撃的になり、なにかと私を責めた。ふらっとどこかへ出かけたと思うと、夜まで帰ってこない日もあった。それを注意すると、うるさい、もう二度と会わないと言われた』」


 そうだよね、ガッカリしちゃうよね。


 でも、それで魔物になっちゃうの?フォリアの気持ちも考えずに?


「『私は泣いてしまった。彼に見せる、初めての涙だった。彼は一言すまないと言って、私を置いて立ち去った。そして、それが私が彼を見た最後になった』」


 なにかあって、男、エドが魔物になっていなくなっちゃったんだね。


 もう一度肺の空気を入れ替えると、サーニャは話を続ける。


「『彼の家に行くと、怪しげな植物や、魔物の肉とかがそこら中に散乱していた。どうしてこんなものを集めているの?そして、彼はどこに行っちゃったの?彼にとって私は、友達じゃなかったの?ライバルじゃなかったの?好きな人じゃなかったの?』……記述はこれで全てだ」


 サーニャが話し終える。


 ……悲しいね。フォリアの気持ち、私には分かる。


 自分が相手を思う気持ちの強さと、相手が自分を思う気持ちの強さは一緒じゃない。だから、すれ違いが起きてしまう。


 エドは絶望したんだ。自分に才能がないと思い込んで、魔物に身をやつしてしまった。


 そして、フォリアを思う気持ちがなくなってしまった。彼女が自分を思う気持ちは大きいままだったのに。


「ありがとう」


 私はお礼を言って、ベッドに横たわるフォリアの亡骸を見つめる。 


「ねえ、サーニャ。アレクには言ったんだけど……」


「お兄さんのことかい?」


 鋭い。私の言わんとすることを分かっているようだ。


「そう。私は勇者。それは受け入れるしかないから、人類のために戦い続ける。でもその戦いに、兄貴を連れていけない。兄貴をこれ以上苦しめたくない。死ぬような経験をしてほしくない。いや、死んでほしくない」


 私は率直に、胸の内を吐露する。


「そう言うと思ったよ。きみはお兄さんに優しいからね。……でも、私は初めから、彼はここに置いていくつもりだったよ」


「え、そうだったの?」


「彼の傷が治るまで、ここで待っているわけにはいかない。そうしている間に、多くの人が血を流し、死んでしまう。……それに、彼は普通の人間だ。そもそも戦いについていけないんだ」


「そう……だね。そうだよね」


「きみとお兄さんを引き裂くことになってしまうけど、仕方がないんだ。納得してくれるかい?」


「うん」


「それじゃあ、アレクのところに行こう」


「うん」


 相槌を繰り返し、私は悲しい気持ちをひた隠す。


「準備はいいかい?これからもっとつらい思いをすることになるよ」


「うん。大丈夫」


「それじゃあ、行こうか」


「うん」


 そして私とサーニャはアレクと合流し、魔王を倒す旅に出発した。

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