インターネットウミウシはブログに生息している

R2D2

C:\Users\Unknown\1\苺.png


「インターネット……ウミウシ」


 僕はパソコンの画面に映る謎の生物と、スマホで調べた画像の検索結果を見比べて、一人呟いた。


 僕の目の前では、苺の画像が謎の生物によって虫食いにされていた。


 事の起こりは十分前に遡る。





「よし、アップロード完了」


 描き上げたイラストを載せてブログに投稿する。


 それが僕の趣味だった。

 SNSだと頼んでもいないのにアドバイスしてくる人が後を絶えないと聞いたので、敬遠している。

 かといって反応も欲しかった僕は、ブログという環境を選んだのだった。



 僕は完全に趣味でイラストを投稿していたし、それほど上手では無い。

 雲を描いたり、犬を描いたり、ダンゴムシを描いたり、好きな時に好きな物を描く。何故だが人を描くことは無かった。


 そんなやり方だったから、僕のブログをフォローしている人はたった一人だけ。


「お、コメント来た」


 アップロードしてから数十秒で唯一のフォロワーさんからコメントが来た。

 

 アカウント名の欄には『クレイジーピエロ(37歳)』と記載してある。

 インターネットに疎い僕からすると奇抜な名前に見えるけど、食べ物の名前を付けている人もいるようなので、アカウント名が職業な位はそこまで珍しく無いのだと思う。


 彼から来たコメントを読むのが最近の僕の習慣だった。


 スクロールして、彼のコメントを読む。


 どれどれ……。



『かわいい犬畜生ですね。そういえば先週犬料理なるものに挑戦してみたのですが——』


 僕はコメントを削除した。


 クレイジーピエロ(37歳)氏は犬のイラストに対して犬料理の感想を数百文字に渡って投稿する、困ったフォロワーさんだった。


 彼のコメントを削除するまでが最近の僕の習慣だ。



 僕は中々増えないフォロワーの数を確認して苦い顔になる。

 原因を探すように、画面をスクロールして投稿を遡り始める。


 投稿は一番最新の『絵 その312』から始まり、一分近くスクロールしてやっと『絵 その1』まで戻ってきて、クリックする。


「うん?」


 そのページに表示される筈のイラストが中々表示されない。

 スクロールしてみると、画面についているゴミだと思っていたものも一緒に動く。

 よく見てみると、僕の描いたパンのイラストの一部だった。


「あれ?壊れたかなぁ」


 そう思って、一つページを戻って『絵 その2』をクリックすると、同じように切れ端のようになったイラストがあった。


「う〜ん」


 今度は少し飛んで『絵 その10』を覗いてみる。


「なにこれ」


 すると、僕の描いたイラストにかぶり付くように、ウニウニと体を動かしている謎の生物が居た。


 それが僕とインターネットウミウシとの出会いだ。





「へぇ、インターネットにも生き物がいるんだ」


 本屋で図鑑を立ち読みしていた僕は感心するように呟いた。

 インターネットには嘘が書いてあることもあると聞いていたが、図鑑にまでインターネットウミウシの存在が書いてあるなら、本当にあの生物はインターネットウミウシと言うんだろう。


 僕は『海の生き物』図鑑を本棚に戻した。


 インターネットは情報の海というし、『ネットサーフィン』という単語もあるくらいだから、インターネットウミウシは海の生き物に分類されるのだろうと納得した。


 ふと、気になってスマホでブログのページにアクセスする。

 そして『絵 その11』をタップすると、公園のシーソーを描いた絵にかぶり付いているインターネットウミウシの姿があった。


 どうやら苺の絵は食べ終えてしまったらしい。





 僕は家に帰るとパソコンを起動して、ウミウシが居る『絵 その11』のページを開いた。

 そうすると先ほどよりも虫食いが進んだ絵とウミウシの姿があった。


 僕はウミウシの背中にマウスのカーソルを合わせると、クリックしてみた。


 ウニィ、と体を捩らせた。


 もう一度、クリック。


 ウニィ。


 守るように、体を丸める。

 しばらく放っておくと、防御姿勢を解いてシーソーの絵の捕食を始めた。


 今度はフォルダを移動させる時のようにマウスのボタンを押しながら、マウスを動かす。


「……移動できるんだ」


 画面の端までウミウシは持ってくることが出来た。

 そこでマウスのボタンを離すと、ウミウシはイラストの方を向いてウニウニと進んでいく。


 よくよくみると愛嬌のある姿に、僕はイラストを食われていることを忘れて、毒気を抜かれてしまった。


「おまえ、中々かわいいな」


 キモ可愛い、という奴だろうか。

 形はナメクジのようだが、体表の特徴的な模様が気持ち悪さを相殺している。


 僕は、このインターネットウミウシをウチのブログで飼うことに決めた。


 パソコンの画面の上から頭を撫でるが、ウミウシは身を捩らせることは無い。

 マウス越しでしか、ウミウシとの交流はできないのかもしれない。


 それに、ブログのイラストも食い散らかされているし……。


「まあ、いいや。イラストのデータは残ってるし」


 僕は、アップロードし直そうと、拙い操作でイラストを保存しているフォルダを開いた。

 そして、先ほど食べられてしまったイラストの元のデータである『苺.jpeg』ファイルを開く。


「あれぇ?おかしいな、こっちも食べられてるや」


 パソコンには虫食いになった画像が表示される。

 ブログに載っている

 一度『×』を押して、ウィンドウを消してから、再び画像を表示してみるも、結果は変わらない。


 僕の目の前には、変わらず虫食いの苺が表示された。


 それでも今度は戻っているかも、と思いながら画像を開いては閉じてを何度か繰り返す。


 もちろん、画像は変わらず虫食いだ。


 ペイントソフトの履歴を見ても、虫食いの苺が表示される。


 どこを探しても、僕が苺のイラストを描いた、という証拠は失われていた。


「えぇ……」


 僕はパソコンには疎いが、ブログを始めるときにパソコンについてバイト先の後輩には習っていたのだ。

 だから、パソコンの中にある画像ファイルと、ブログにアップロードしている画像ファイルは別のものであることは知っている。


 僕がパソコンの画像ファイルを書き換えても、ブログの画像が書き換わることは無い、筈だ。


 逆も同じ。

 ブログの画像が変わっても、パソコンの画像が書き換わることは無い。


「も、もしかして……」


 勝手にデータが消えたり、書き換わったり、パソコンに予期しない変化が訪れる場合は、その原因は大抵一つらしい。



「もしかして……コンピュータウイルスに感染したのかな?」


 この時の僕は、パソコンの不調の原因が、ブログに巣食うウミウシであることなど、想像もしなかった。




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【インターネットウミウシの特徴 その1】

イラストを食べる。

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